第140話 大蜂、青縞蛇2

 リュドミラは本当にそのまま、文字どおり突撃した。まずは石や何かを投げて、出てきた数匹ずつおびき寄せて、と言うのが手軽で効果的だ。

 しかし突撃。武器も持たず、素手を振り回して重そうな大きな荷物を背負ったまま突撃。


 え、なにこの子と思ったのも束の間。


「えいっ」


 可愛らしい掛け声と共にリュドミラの右手が振るわれ、巣から出てきた蜂を吹き飛ばした。


「えいっ、えーいっ」


 ぶんぶんっと、二度三度と拳が振るわれる度に、的確に蜂が飛ばされ、近くの木の幹にぶつかりぴくぴくしながら落ちていく。それも、一度に一匹などと言う可愛らしいものではない。

 一振りすれば二匹三匹は当たり前。酷いものなら拳に当たってすらいないのに、腕を付きだした方向へ揃って五匹が飛んでいく。


「ふぅ、こ、こんなものかなぁ?」

「油断しない。ほら、巣を叩いてみな」

「うっ、うん」

「そっと! そっとだよ!」

「わ、わかってるよぅ」


 こんこん、とノックするようにリュドミラが巣を叩いた。木の枝にぶらさがっている巣はゆさゆさと揺れたが、蜂が飛び出してくることはなかった。足元には29匹の蜂が転がっている。


「ふー、じゃあ、包むね」


 リュドミラは鞄を下ろして、中から取り出した皮袋に巣を丸ごといれた。その動作も、林檎をもぐかのような動きで、リュドミラの鞄と同じくらいの大きな巣を当たり前のようにいれている。


「よしっ。いい感じだよ。どうだい? わかったかい?」


 リディアはリュドミラを褒めてから、フェイとリナを振り向いた。


「う、うむ。流れはわかったが……あれ、どうやってるんじゃ? リナはわかったか?」

「あれって、腕が当たってないのに、蜂が飛んでったやつよね? まさかとは思うけど、腕の勢いの風力で、とか、ないわよね、まさか」

「それだけど」


 リナが疑うように尋ねると、リディアは何でもないように頷いた。予想していたリナはわずかに目を見開いただけだったが、リナのまさか、にもまっさかー何言ってんじゃ?と思ってたフェイは、目も口も開いて驚愕した。


「な、なにっ!? 腕の力で風を起こすじゃと!? か、考えられんっ。幼いリュドミラができるなら、お主では台風が起こるのか!?」

「そんなわけないだろう。ちっとは頭をつかいな。リュドミラが特別なんだよ。つか、あんたら二人とも見えてるんだね。それはそれで驚きだ」


 リュドミラは昔から、その体躯に似合わないほどの怪力で、腕をふるえば風を切り、足をまわせば水を断つほどだ。赤子の頃からなので調べてもらったが、肉体的には問題なく、先祖帰りだろうと言われている。

 もちろん、そんなリュドミラは非常に珍しく、注目を集めた。幼い頃からそうして好奇の目で見られる日々も、現在の人見知りの一因になっている。


 とは言え、基本的に力が強いほうがよい、と言う土地柄なので怪力が故に遠巻きにされるということはなく、強いんだって!? ちょっと力試しさせて! みたいなのが多いのだが、生来の気質もあり非常に迷惑である。


「お、お姉ちゃん、あんまり怪力怪力、言わないでよ」


 蜂の巣を入れた袋を鞄にくくりつけ、鞄を背負い直したリュドミラは、リディアの隣に戻ってくると頬をそめて、リュドミラの生来の怪力、その特殊性、すごい。とにかくうちの妹ちょう強い。ちょう怪力。と褒め称えていたリディアの袖口を引いた。


「なんだいなんだい? 照れてるのかい? んー?」

「て、照れてるんじゃないよ」


 リディアはうりうりとリュドミラの頬を人差し指でつっついてからかうが、照れてるのではなく恥ずかしいし、ちょっと鬱陶しい。過剰なスキンシップとからかい癖がなければいいお姉ちゃんなのに、と妹さんは不満で頬を膨らませた。


「とりあえずこれがこっちの戦力。私はリュドミラのフォローもだけど、まあ、リュドミラほどじゃないけど、普通に力はあるよ」

「普通とは?」

「んー、そうだな。リュドミラがその木をぱんち一発で折り倒すなら、私は鉈を持てばだいたい5回で斬り倒せる。まあ、私は平均よ」

「そ、そうか」


 リュドミラが凄すぎて霞みそうだが、リディアが指し示した木は幹が人が一人で抱えて収まるかどうか、と言うような大きさだ。普通なら木を切るために作った専用の斧でも、たった5回打ち込んだだけで倒せるものではない。


「頼もしいわね。じゃあ、次は私たちも、どんな感じか見せた方がいい?」

「ん? そうだね。じゃあ、次の蜂の巣があったらやってくれるかい?」

「ええ。フェイからする?」

「うむ」


 話はまとまった。さっそく次のターゲットを探そう、となって歩き出すより早く、リュドミラが少し離れた木の根本を指差し、小さく声をあげた。


「お、お姉ちゃん、蛇、蛇」

「おっと、よしっ。蛇だ。あれ、素早いんだよ。どうする? あんたらがしてみるかい?」


 リュドミラの指差す先には、青くて縞模様のある蛇が草むらにいた。まだこちらには気づいていないようで、落ち葉の中でうごめいている。


「あ、じゃあ、私やるわ」


 素早いなら、フェイがほいほい出てったら逃げられる可能性がある。蜂では弓の腕を見せるのに適していないのでちょうどいい。

 リナは申告しながら、リディアとリュドミラの間に弓を構える。


「ちょっと動かないでね」


 リナの動きを見ているので問題ないだろうが、二人に警告しながら放った。ざくりと蛇ごと地面に突き刺さった。蛇は弓に体を巻き付けたりしてから、ぱたりと地面に尾を落とした。


「よし」


 旅の間は手入れと数回の狩りだけだったが、腕は落ちていないようだ。

 そうして満足するリナに、リディアはリナを睨み付けながら、まだ驚いて目を白黒させているリュドミラの頭を撫でながらリナに怒鳴る。


「おまっ、危ないだろ! 当たったらどうするんだい!?」

「え? でも、あなたたち、ちゃんと弓のこと見てたし、まさかわざわざ弓の前にこないでしょ? 注意もしたし、動かないでくれたら当てないわよ」

「だとしてもこえーよ。すぐ近くを矢が飛んでくんだから。予備動作短すぎて、まじでびびった」

「オーバーね。弓を使う人、見たことないの?」

「あるけど、普通は構えて、照準あわせてって数秒かかるだろ。その間にこっちも退くっての。殆ど構えた瞬間にうってるじゃねぇか」

「私の故郷ではこんなもんよ」

「まじかよ。おー、よしよし、怖いねーちゃんだなー」


 リディアはリナの行動に引きながら、リュドミラの頭を撫でる力を強めた。リュドミラはその手を嫌がって手で遮りながら、リナに向く。


「す、すごかった。あれ、罠を仕掛けないと、なかなか、捕まえるの大変だから」

「ありがとう、リュドミラ」


 リュドミラは可愛いなぁと、リナは微笑んだ。リディアがちょっとうざい分だけ可愛く見える。シスコンのリディアが人見知りのリュドミラをよく見せる為にわざとしてるなら大したものだが、もちろんそんなことはない。ただのシスコンだ。


「うむ。では次はわしが活躍するぞ!」


 そのやり取りを見ていたフェイは、ちょっと羨ましくなって、注目を集めるように右手をあげてそう宣言した。








 その後、フェイの活躍により蜂の巣を二つと、蛇を6匹手にいれた。フェイの活躍? あんまり面白くなかったので今回はカットです。張り切ったフェイが張り切ったままにそのまま活躍しても、何の面白味もありませんから。


 ともあれ、本日のお仕事終了です。


「今日は世話になったの」

「ううん。フェイさんの魔法見れて、楽しかった!」


 リュドミラは力持ちだからと荷物を持ってくれたし、フェイがあれは? これは? と気になったことも逐一教えてくれた。これで明日から二人だけでも問題ないくらいだ。

 フェイは殊更感謝の気持ちを込めて礼を言うが、リュドミラはきらきらした瞳でそう答えた。


 なんとも可愛らしい。他は? 他は? と聞かれて次々と魔法を使わされたのも仕方ない。


 始めこそおどおどしていたリュドミラだったが、一日一緒にいて、すっかり普通に話せるようになった。少しだけたどたどしい話し方だが、あどけない外見とあっていて何の問題もない。


「あの、あのね……明日も、一緒に依頼しませんか?」

「うむ。よいのでないか。のぅ、リナ?」

「ええ。こちらからお願いするわ。よろしくね」

「! うん」

「なんだい、リュドミラ。ほんとに気に入ったんだね。……フェイ、依頼をするのは構わないが、リュドミラにおかしな真似をしたらぶっとばすよ」


 嬉しそうにはにかむリュドミラに、リディアは相好を崩してから、フェイにじとっと疑いの目を向ける。とんだ二面性があったもんだ。


「おかしなことなど、するはずなかろう。と言うか、お主も一緒なんじゃし、自分で見張っておればよかろう」

「見張ってるだけじゃ安心できないよ。なんせ怪しい魔法を使うんだ。リュドミラを惚れさせるような魔法がないとは言えないからね」

「……なんでそうも疑うかの。逆に感心するんじゃけど」


 さっきまでの依頼中は、フェイの魔法を見てキチンと実力を知って認めてくれていたのが行動からわかるほどで、信頼を感じるほどだったのに、リュドミラに関わった途端にこれだ。また魔法使いを悪者にしようとする。

 それ魔法関係なく、いちゃもんつけたいだけやん。


「お姉ちゃん! 失礼でしょ! だいたい、フェイさんとエメリナさん、付き合ってるっぽいのに、そんなこと言っちゃだめ!」

「ん!? え、そうなのかい?」

「む? うむ、そうじゃけど、よくわかったの?」


 別にそれ自体を隠す必要もないので肯定するが、別に手も繋いでないし、何故わかったのかわからず、フェイは首をかしげた。


「え? いや、どう見ても、雰囲気で。わからないのはお姉ちゃんくらいだよぉ」

「そ、そうか。そう言われると、何とはなしに気恥ずかしいの」

「そうね。普通にしてたつもりなんだけど……まあ、隠すこともないわ。そう言うわけだからリディア、フェイを無闇に疑わないでくれる? 私もあんまり気持ちよくないし」

「む、む……まあ、悪かったよ。そう言うことなら、安全だし、うん。これからも仲良くしておくれ」


 にっこりと微笑むリディア。清々しいほどの手のひら返しだ。呆れつつも、異論はない。フェイは頷いて答えた。


「うむ。まあ、それほど長く滞在するつもりはないが、それまで宜しく頼む」

「そうなのかい? まあ、それならそれでいいさ。エメリナもよろしく」

「ええ。よろしくね」

「私も、よろしくお願いしますねっ」








「のぅ、リナ」


 夕食を終えて体も清めて着替えてから、ベッドでごろごろしながらフェイはリナを呼んだ。フェイの脇に腰をおろして弓を磨いていたリナは、振り返らないまま返事をする。


「なぁに?」

「次の行き先じゃけど、教会か、向こうの大陸にあると言う魔法使いの国に行かんか?」

「ああ、リディアたちが言ってた? でも、ちょっと眉唾っぽい言い方じゃなかった?」


 話が出たときにリナも気にはなっていた。噂ではそんな国があると、以前にも聞いたことがあったし、いつか行くつもりであるとフェイは言っていたし。

 だけど魔法が信じられていないこの街での情報と言うことで、ちょっと怪しい。別に嘘だったら嘘だったで構わないが、行くか決めるのはフェイだ。と思考を放棄していた。


「まあ、完全に場所がわかっておるかはわからんが、しかし向こうの大陸にあることはあるじゃろうし。とりあえず海を航るのもいいかと」

「ふむふむ。教会は?」

「何度も言うが、私の信仰するシューぺル神の教会を探しだす必要がある」

「何度も聞いたわね。でも、ここのポルバリル教会で聞いた限りでは、知らないって言ってたわね。どうするの?」


 教会に行かないとー、行かないとーと時々思い出しては焦っては、翌日には忘れてるフェイだ。リナもその必要があるとは思っているが、焦ることもないと思っている。

 既にここでは聞き込みをしてわからないのに、まだ何かすることがあるかな?とリナは手を止めて、フェイを向いて訊ねた。

 フェイはじっとリナを見ていたので、すぐに目があってちょっと照れる。


「うむ。今までにも教会で逐一確認しておったが、中にはシューペル神の存在すら知らぬところもあったからの。けしからんことじゃが、マイナー故に仕方ない」

「マイナーなのは認めるんだ」

「うむ。お祖父様からもそう聞いておるからの。で、こちらは見つかったらそちらへ行って、見つからないまま三ヶ月たったら、魔法使いの国を目指すと言うのでどうじゃ?」

「いいんじゃない? 魔法使いがたくさんいる国って言うのも気になるし」


 リナが同意すると、フェイもうむと頷いてから、少しだけ眉を寄せて、リナに体も寄せた。


「うむ。しかし、それと同時に、ちと不安でもあるんじゃ」

「え、なんで?」

「ちゃんとした魔法使いには会ったことがないからの。もし、私がすっごい大したことないレベルじゃったらショックじゃ」


 宮廷魔法師(笑)のことはフェイの中では既になかったことになってます。


 リナの太ももに左手をのせて、意味なくぺちぺち指先で叩きながらそう不安をはきだすフェイに、リナは微笑んで、握っていた弓はサイドテーブルにのせて、フェイのその手をつかんでやめさせる。


「大丈夫よ。フェイ。フェイが大したことないわけないじゃない。むしろ、向こうのレベルが低くてもがっかりしないように心の準備をしましょう」

「大きなことを言うのぅ」

「だって、フェイは一流の魔法使いになるんでしょ? 毎日ちょこちょこ魔法書読んでるじゃない。そんな弱気でどうするのよ」

「う、うむ……うむ! わかった。リナの言う通りじゃな。自信を持つとしよう」

「そのいきよ」

「うむ! ……ところでリナ、これは自信とは関係ないんじゃけど」


 元気に頷いたかと思えば、またも不安そうに瞳を揺らしてリナを見つめてくるフェイ。リナはフェイの手を握り直しながら首をかしげる。


「なぁに?」

「もし、万が一、私よりすごい魔法使いがいても、私と一緒にいてくれるよな?」

「もう!」


 リナは半分苛立ちまじりに、フェイの上に乗り掛かるようにして抱き締めた。


「失礼なこと言わないの。私が、フェイを実力だけで選んだと思ってるの?」

「そ、そうではない。ただの確認じゃ」

「ふーん? ならいいけど。でも不愉快だからやめてね。それに、万が一フェイより凄い人がいても、フェイはもっと努力して、その人より凄くなるまで頑張れる人よ。信じてるからね」

「う……うむっ! リナ大好き!」


 ぱっと笑ったフェイはリナを抱き締め返した。








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