第139話 大蜂、青縞蛇
リディアとリュドミラの知る魔法について聞き取りをした。
この港より出港して約半年でたどり着く別の大陸には、当たり前の様にみんなが魔法を使う国があるらしい。
でもこの港街、ワーガストでは魔法使いなんていないし、使ってる人も見たことないから、どうせあれだろ? 手品師ってか、ぺてん師ってことだろ? 魔法とか、子供向けの童話じゃないんだから。とリディア。
お姉ちゃんが見たことないからいないなんて失礼でしょ! 確かにこの国では魔法なんてないって思われてるけど、でも実際に向こうに行く叔父さんが魔法はあるって言ってるんだよ!? 絶対いるって! とリュドミラ。
喧嘩しだしたので、ここまでの二人の話をまとめると、要はこの国では魔法使いの存在を知られてはいても、ずっと誰も魔法なんか使わないし、筋肉で解決しろよみたいな風潮もあって、基本的に魔法は子供が信じてる童話のアレね。扱いであるらしい。
リュドミラの魔法への憧れから、シスコンのリディアは過剰に魔法嫌いになっているが、別にそれが国民気性と言うわけでもない。
見たことないから、え、ほんとにあんの?ってくらいである。しかしさすがにそこまでは二人の話からわからないフェイとリナは、面倒なところに来たなと顔を見合わせた。
魔法と言うだけで胡散臭いと思われるなんて、予想外だ。この国に来るまでは依頼をせず飛ばしてきたので、魔法使いと伝えた反応なんて知らないままだったので、一体どの辺から魔法の存在が疑われているのかはわからない。
リナにとっても魔法は確かに珍しかったが、しかしそれは、あ、左利きなんだ、珍しいねーと言うようなものだ。えっ、左利きってなにそれ。みたいな反応されるなんて想像していないし、他国に詳しくはないが、普通に全世界的に知られてるものだと思っていた。
フェイにとっても、すでにリナのところで魔法が珍しいと言う時点でえー?という感じだったので、ごく普通に全世界的に魔法は当たり前だと思っていた。
国が違えば住む人が違い、文化が違い、法律が違い、常識も違うと、何となく頭では理解していたが、これほどの差があるとは思わなかった。カルチャーショックである。
「あ、あの! ま、魔法使いさん!」
「む、なんじゃ?」
リディアと言い争っていたリュドミラが、ぱっとフェイを向いて声をかけてきた。
先程までの怒鳴っていたのとこれまた一転して、リュドミラはもじもじと両手の平をくっつけて、うつ向き気味に上目遣いでフェイを見つめてくる。
「あ、あのね。魔法を、見せてほしいです」
「フェイ、さっさと見せな」
「なんなんじゃ。リディアは信じておらんのではなかったか?」
「信じてないよ。でもね、あの人見知りで可愛いリュドミラが、あんたみたいな馬の骨みたいな男に話しかけてんだよ!? この成長っぷりがわかんないのかい!?」
「わからんわ」
あと、馬の骨の使い方もおかしい。
馬鹿っぽいリディアにげんなりしてきたフェイ。現状はわかったし、さよならしたいけど、リディアの態度にいらつく分、素直に魔法に憧れるリュドミラの態度は嬉しい。
なので仕方なく、リディアのことは見ないようにして、リュドミラに向かって微笑みかける。
「リュドミラ、室内じゃから簡単な魔法になるが、どんなものが見たいんじゃ?」
「えっとねぇ、水! 水をだせるんでしょ?」
「うむ」
思った以上に簡単なお題だ。
フェイは右手をリュドミラの前にそっと差し出し、ちょっとだけ水をだした。ぴゅっと魚が水を吐き出す程度の水が手のひらから上へ向かい、手のひらへ落ちてきた。
「わぁっ、すごい!」
「しょぼっ。もっとどばーっと出せないのかい?」
「出せるが、床が濡れるじゃろ」
「もうっ、お姉ちゃんは黙っててよっ。あ、あの! じゃあ、そ、空を飛べたりとか、できますかっ!?」
「お、そりゃいい。さすがにそれならぺてんじゃできないからね。できるもんならやってみな」
リュドミラはきらきらと瞳をきらめかせ、リディアは挑発的に鼻をならしている。
フェイはむっとしつつも、ならば驚かせてやる!と二人に向かって右手を付きだして行使した。今まで飛ぶのには逐一触れていたが、触れなければできないわけではない。
「わ!?」
「ん!?」
リディアとリュドミラは突然体が浮き上がったことで、驚きのあまり手足をばたつかせ近くにあった椅子を蹴飛ばした。その騒ぎに回りから視線が集まる。
「とと」
それに驚いたフェイは慌てて魔法を解除した。勢いで魔法を使ったが、胡散臭いと言うこの国で不必要に魔法で悪目立ちするのは避けたい。
「わぎゃっ」
「んぎゃっ」
二人がばたばた落ちてさらに椅子を弾き飛ばしたことで、ああ、単に暴れてるだけか、とあっさり視線は散っていった。普段からどんだけ騒ぎがあるんだよ。
「わ、わぁ! 凄い! 凄かったよね!? ふわって、ふわってした!」
「む、むむ……確かに、魔法とやらは、ぺてんじゃないらしいね。うん……認める」
「なんじゃ、リディア。認めると言うわりに、何故そんなにも不満そうなのじゃ」
「そうですね。見たことがないから信じられないと言うのはわかりますけど、認めても不満と言うのはなんですか? なにか、不味いことがあるなら教えていただきたいのですが」
リナにも問いかけられ、リディアは唇を尖らせて視線をそらさせてから、ふんっと鼻をならして口を開いた。
「……別に、フェイがリュドミラに尊敬の眼差しでみられてるのが悔しいとか、そんなんじゃねーよ」
「ああ……、そうですか」
しょーもない理由だった。ただのシスコンかよ。
「んだよ、その目は。つーか、あんた、エメリナか。敬語使ってんじゃねーよ。鳥肌たつだろ」
「はぁ。じゃあ使わないけど。とりあえず、話してくれてありがと。私たちは、隣の隣にある、インガクトリアから来たんだけど、そこでは魔法は当たり前にあるのよ。だから魔法と言うだけでそんな不信な目を向けられるとは思ってなかったし、勉強になったわ」
「あ、えと、ゆ、弓使いさん」
お礼を言うと、リュドミラがおどおどして、リディアの袖口をつかみながらリナを見つめてきた。
今までの流れではぴんとこなかったが、リディアがリュドミラを人見知りと言ったのは誇張表現や、シスコンフィルターのせいではないらしい。
リナは腰を曲げてリュドミラと視線をあわせ、ことさら優しく微笑んでみせる。
「エメリナよ。なぁに、リュドミラ?」
「え、エメリナさん……あの、魔法って言って、ここまで変な顔するのも、お姉ちゃんくらいで、魔法使いって名乗ったら駄目ってことは、ないから、ね。その、一応、誤解してたらあれだから、説明……わ、わかってたらごめんね!」
「いいえ、わかってなかったわ。説明してくれてありがとう」
「……どう、いたしまして。えへへ」
リナが微笑んでお礼を言うと、リディアに隠れていたリュドミラははにかんでからリディアの服から手を離して、もじもじと自分の手と手をあわせながらリナに微笑み返した。
それを見たリディアは右眉をぎゅんっと曲げた。
「ほう? ……なぁ、フェイ、エメリナ。勝手なことを言って悪いけど、やっぱり一緒に依頼をしないかい?」
「む。別によいけど、どういう風の吹き回しじゃ?」
リディアはうざそうだが、見知らぬ魔物もいる初めての土地では先人に習うのが最も安全なので、断るほどのこともない。
だがどうだろうこの手のひら返しは。一言もの申したい。
「元々、あんたらに声かけたのはリュドミラの人見知り改善の練習だからな。リュドミラが慣れそうな相手だし、あんたらだって損はしないだろ? そーゆー訳で気が変わったんだよ」
「ふむ。まあ、わかった。先もそのつもりじゃったし、お主がわしを胡散臭いと連呼したのを謝罪すれば許そう」
「ちっ、おっとこの癖にちっせぇなぁ。はいはい。ごめんなさいね。これでいいかい?」
「よかろう。では、どの依頼がいいか、教えてもらおうかの」
渋々ながらもリディアが謝罪したことで、ひとまず先の予定通り、一緒に依頼をすることにした。
○
先程の会話からもわかるように、リディアは少々アホなのか説明が下手だったが、その都度リュドミラが補則説明してくれたのでこのあたりの依頼について知ることができた。
体格差も激しいし、姉妹であることが疑わしいほどだ。顔の作りはそっくりなので、本気で疑うことはないが。
「で、これがいいと思うんだが、どうだ?」
「うむ。お主らがそう言うのなら、任せよう」
とは言え、説明してくれようと言うのは姉も同じなのだから、ここは素直に二人共いい人と言う評価をしてもいいだろう。
提案されたのは、この地域では初心者向けだと言う、海とは反対方向の街の外、山での依頼だった。
ワーガスト街は東が海、西が山にと挟まれた土地のため、海の幸も山の幸も楽しめる観光地として名高い。
もちろんその分、山への採取などの依頼は多く、漁業はすでに産業として確立している分、依頼には山へ行く方が多いのだ。
ワーガスト街では朝から男たちは海へ行き、昼から女たちが入れ替わりに山へ行くと言う家庭が多い。皆がよく働くので男女問わず体格がよく、よく筋肉がついている。それもあってフェイは女と見られやすいようだ。注意が必要である。
「大蜂と、青縞蛇のぅ。どちらもあまり美味しそうではないが」
大蜂は大きく手のひら大ほどもある。しかしその大きさまで育つ個体は少なく、普通の蜂に比べて数は僅かで、巣の大きさも普通の蜂と変わらない。もちろん一匹一匹の凶悪さは段違いで、刺しどころが悪ければ一匹に刺されただけでも大怪我をする。
しかし比較的動作も遅く、的が大きいこともあってそれほど驚異ではない。腕に止まられてから振り払っても間に合うので、初心者向けらしい。
成体は固いが、幼虫がぷりっとふわっと美味しくて、子供のおやつとして売られている。また蜜も貴重な甘味となるので、巣ごと持ち帰る依頼内容だ。
青縞蛇は動きが素早いが、非力で毒もない。体も目立つので見つけるのは容易い。丸焼きにして食べるとそこそこ美味しい。子供のお小遣い程度に安価だが、様子見にはちょうどいいだろう。
お互いに実力を見定められていない状態なので、いざとなれば誘ったリディアたちだけでなんとかなるようなものでなければならない。そのためこのチョイスになった。
「青縞蛇はともかく、蜂の子はうまいんだぞ。クリーミーで。天日干しにしてかじってもうまいし」
「そんなもんかのぅ」
ともあれ依頼はきまった。申請をして出発だ。
道すがら、お互いの実力についてこれができるあれができると話し合う。
二人が50ランクと言うのには、他国の試験レベルを疑われたが、嘘ではないことは信じてもらえた。
フェイとリナの実力は置いといて、問題は二人だ。この二人、軽装のリディアが前衛でつっこみ、普通に着こんでるしリディアよりはがっちりした防具をつけているリュドミラが後衛、と思いきや基本的にリュドミラが突っ込んで、経験豊富なリディアがフォローらしい。
リュドミラはまだ登録して日が浅いからだという。他の人を誘うのは人見知り以外にも、リュドミラに複数人での依頼をなれさせる目的もあるようだ。
「お、いたいた。さっそく大蜂発見。まずは私らがやるから、見てな。いいかい? 蜂は横の動きに敏感だから、もし近寄ってきても手を横に振るんじゃないよ」
「わかっておる」
大蜂のような巨大な蜂ではないが、一応以前にも蜂蜜取りはしたことがある。
フェイの生意気な返事に、リディアはいい子だとフェイの頭を一撫でしてから、リュドミラの背中を押した。
「さぁ、リュドミラ。あんたの実力を、まほーつかいさんに見せてやんな」
「う、うん!」
○
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