ザグルド村
第132話 行き先について
アーロンの魔の手から逃げ出してしばらく。これまでにない高さとスピードで飛び出したため、振り向いてもすでに街がどこにあったか見えなくなっている。
とにかく逃げることを目的に可能な限り早く、危険がないよう山などのないひらけた方向へ飛んだ。
「フェイ、どこに行くか、決めてないんでしょ? そろそろ一旦止まって、行き先を決めない?」
リナの提案によって降りることにした。アーロンたちが追いかけてくる懸念もあるが、さすがに今すぐ追いかけてくることは不可能だ。
下を見ると木々がが生い茂っている。スピードをおとして、前方に見えた湖の脇へひとまずおりることにした。近くに村も見えなかったので問題ないだろう。
「よっ、と。ふーむ。しかし、さすがにあのスピードで飛ぶと、疲れたの」
魔力消費もいつもより多いが、それよりもスピードがスピードだけに、万が一ぶつかったりしたら一大事だ。結界をつかってはいるが、鳥なんかがぶつからないよう、鳥の影が見えた瞬間には避け出さないと間に合わない。
着地したフェイは目頭を揉みながら湖のすぐ近くに腰を下ろした。まだ左手がフェイの右手と繋がったままのリナも、その隣に座った。
「フェイ、手を離して。飲み物をだすわ」
「うむ」
手を離してもらい、リナは背負っていた大きな鞄を膝の上におろす。上にいれておいた水筒を先にフェイに渡し、さらにサイドポケットをあけて中から地図を取り出す。
「さて、まずどのあたりかしら」
ベルカ街から飛び出す際に、方角は一応見ているし、飛んでいる最中に左右上下に動いたりはしたがほぼ一方向へ向かっていたのはわかっている。
「んー」
「ほい、リナ。わかるか?」
「ありがと」
フェイが自分の分をのんでから、リナにも水筒を差し出してくるので、受け取って一口飲みながら、鞄を隣に移動させてフェイにも地図が見えるようにひろげてみせる。
「こっち方面だと思うんだけど、それらしい湖ってないのよね。大きいから普通ならのると思うけど、森の中だからのってないのかも」
「ふーむ。そうじゃのう。では先に、どこに行くか決めてから、近くに村を探すとするか」
「まあ、それでもいいか。どこかある? 万が一を考えて、別の国には最低行った方がいいけど。んー、私は、海見てみたいかも」
普通なら大雑把にすぎるが、現状がいきなり飛び出したわけだし仕方ない。リナもいずれはまた旅に出るのかと思っていたので、突然のことではあるが順応可能だ。
元々ベルカ街は国境に近いところだったので、すでに他国に入ってる可能性もある。リナは特に行き先が何も思い付かないので、とりあえずの目安としてそう提案する。
「海……おお、いいのう。確かに、実際に見たことはないからの。それじゃな!」
「待って待って。海はあくまで目安なんだけど。結構遠いし」
「別に、ちょっと遠いくらいがいいじゃろ。その次の目的地は、海を見てから考えればよかろう」
「ん、んー、まあ、それもそうね」
このまま海に出るためには、ベルカの向こうにさらに一つ目の国を越えて、二つ目の国の端まで行く必要がある。インガクトリア国は比較的大きく横長なので、インガクトリアを端から端まで横断するよりは短い距離だが、それでも普通に歩いて横断すると半年以上かかる。さらに二つ目の国は海沿いに縦長なのでさらに短いが、合計1年ほどかかる。
しかしフェイの飛行スピードを考えれば、それほどかからないだろう。
「今回のスピードが限界速度なのよね。30分くらいだったけど、どのくらい来たのかしらねぇ。いつもの速度なら、この辺のはずだけど湖は書いてないし」
「うーむ。そうじゃのぅ。その倍の、この森あたりかのう?」
地図を見てみるが、やはり現在地はわからない。少しばかり休憩してから、村を探すことにした。今日中に近くの村を見つけて隣国グリルイア国へ入っておきたい。
「リナ、今更なんじゃけど、これでよかったかのかのぅ?」
「え? アーロンのこと?」
「うむ。その、私は宮廷魔法師には興味がないし、あんな風にされて反発したが、リナはどう思っているのかと思っての。その……」
言いづらそうに声が小さくなるフェイ。一般的には 城仕えと言うだけでエリートだと思われているし、 宮廷魔法師と言えばみる目は変わる。そのチャンスを当たり前のように蹴ったが、もしかしてリナはそっちに興味があったかも?と今更思ったフェイはそう恐る恐る聞いてみた。
しかしリナからすればまたまた何を仰るうさぎさん、てなものだ。そもそも話が来たのはフェイにだけでリナは行くとしてもおまけだ。決定権はフェイにあるべきだ。
「何言ってるのよ。言ったでしょ? 私はフェイに付いていくって。行き先がどこでも気持ちは変わらないわ。大体何よ、あのアーロンさん、いえ、アーロンの態度。無理矢理騙し討ちみたいにしておいて、開き直って」
それにリナ自身、別に王都で宮仕えしたいとかそう言う欲求はない。大物になりたい欲求がないとは言わないが、それならそれで冒険者として名を売るほうが嬉しい。
なのでフェイが嫌なら、喜んでついていく。そもそもアーロンに対してリナの好感度はひくい。アーロンが喜ぶと言うだけで、ちょっと遠慮したい気持ちになる程度にはひくい。
アーロンへの文句をもらすリナに、フェイはほっとしたように口元をゆるめてから、お腹の中でくすぶってきたアーロンへの怒りが再燃してきて、ぎゅっと眉をつりあげて口を開く。
「そうじゃよな! 本当に、アーロンは腹が立つ。アーロンには嫌々ながら、誘ってきおるから一緒の依頼したり教えてやったと言うに」
「フェイを推薦してアーロンの目的が何かはわからないけど、なんっか怪しかったわよね。絶対なんかあるわよ」
「うむっ。何なんじゃろうなぁ。うーむ、むむ、いかん。もう済んだことじゃし、忘れるとしよう」
「そうね。アーロンのことで怒るのも無駄だし」
「うむ。さて、ではそろそろ行くか」
地図を鞄に片付けて、フェイとリナは手を繋いでふたたび空へと飛び上がり、以前程度の早さで森を越えて、村を探した。
○
空を飛ぶこと10分ほどで村が見えたので早めに地面へ降りた。空を飛ぶので注目を集めるのはよくないとの判断だ。
村に近寄ると見張りの男が気づいてじっと見てくる。フェイは片手をあげながら近寄る。
「おーい、すまんが、ここはどこか教えて欲しいんじゃが」
「んん? なんだ、お前さんら迷子か」
「!?」
「うむ。そうなんじゃ。ちょっと、この地図上でここがどこか教えてくれんか?」
見張りの男性にフェイはリナの鞄から地図を引っ張り出してひろげてみせる。何故かリナはとても驚いたように、フェイを盾にするように後ろに隠れてしまった。男性は何の反応もしていないので、無視して話をすすめる。
「あん? この地図、このあたりじゃないぞ。これどこの地図だ?」
「インガクトリアのじゃ。わしらベルカ街からこっちに来たんじゃけど」
「ここはグリルイアだ。国境に気づかなかったのか?」
「む、そうじゃったか。ちと待ってくれ。えっと、じゃあ、この辺かの?」
フェイが持つのはインガクトリア内だけだが、端っこの方にグリルイア国が少しだけのっている。その部分を指し示すと、男性は頷いた。
「おお、そうだ。ここはグリルイアの西の果てにあるザグルド村だ。詳しい地図は噴水前にある雑貨屋に売ってるから、そこで買えばいい。お前さんらは旅人でいいんだな?」
「うむ。冒険者じゃ。インガクトリア発行のこれ、使えるのかの?」
フェイは冒険者の証、教会登録カードを男に提示する。教会への登録に国境はない為、どこに行っても使える便利な身分証に早変わりする。多くは生まれた国から出ないが、商人などで国を行き来するものの殆どが登録して一時的な身分証とするのも珍しくない。
「おう。そっちの嬢ちゃんも冒険者か?」
「うむ。リナ、カードを」
「え、ええ」
「ん。通っていいぞ」
「うむ。助かった」
「いやいや。ようこそ、グリルイアへ」
男は笑顔でフェイたちを村へ通してくれた。国境だからか、愛想のいい男だった。
ザグルド村はグリルイア国の中では一番端の、インガクトリア国に一番近い村だが、それでもベルカ街からはかなり離れている。予想の三倍以上の距離を飛んでいたことになる。
これなら思ったよりずっと早く海を見ることができるだろう。村へ入ったフェイは期限よくリナを振り向く。
「リナ、雑貨屋で地図を買ったら、経路を確認してすぐ出るかの?」
「え、ええ」
「? リナ、さっきから、何やら挙動不審じゃぞ?」
「あ、う、うん。ごめん。ちょっとびっくりしてて」
「む? 何かあったか?」
「当たり前と言えば当たり前なんだけど、言葉違うのを完全に忘れてたわ。私、グリルイアの言葉知らないのよね」
「ん?」
「フェイのインガクトリア語で通じてたみたいだけど、聞き取りもできないから、焦ったわぁ」
フェイと繋いでいない右手で胸を押さえてほっと息をはくリナに、しかしフェイは意味がわからず首をかしげる。
「……何を言っておるんじゃ?」
「ん? どう言うこと?」
「どう言うこともなにも、リナの言ってることがわからんのじゃが」
「んん? え、わかりにくかった?」
お互いに顔を見合わせるが、何故話が通じていないのかちんぷんかんぷんだ。フェイはリナの言い出したことがわからないし、リナも何故わからないのかわからない。
「と、とりあえず、地図買って、どこか落ち着いて話す?」
「うむ。そうじゃの」
「悪いんだけど、フェイが話してくれる?」
「うむ、構わんぞ」
訳のわからないフェイだったが、道端で話し込むわけにもいかない。リナの言う通り地図を購入し、話をできるところ、と言うことで食堂に入って飲み物を頼んだ。客が0だったのもあり、すぐに飲み物はきた。
「で、なんじゃったか。言葉が違うとは?」
「いや、違うとは、とか言われても。話してる言語が違うじゃない。今の店員さんだってそうでしょ?」
当然のように人々の言葉に反応しているフェイなので、グリルイア国の言葉を理解しているのは間違いないのに、何故わからないのか。
しかしそんなリナの気持ちは、フェイには通じない。何故ならフェイの耳には、リナが違う言語と言う話は全て今までと同じで自分と同じ話し言葉を使っているように聞こえるからだ。
「いや、意味がわからん。確かに暗号としてわざとおかしなことを言ったり、文字をあらたにつくったりしていることはあるが、話す言葉は同じじゃろう。わしはずっと、今までと同じ言葉で話しておるし、リナも店員も同じ言葉で話しておる」
「…………どういうこと? 私は、全然違うように聞こえるんだけど。それ、魔法で何か、翻訳とかしてるってこと?」
「むー? いや、何も使っておらんよ。そもそも言葉が違うとかあり得ないじゃろ? 不便ではないか」
「うーん……魔法使いと普通の常識が違いすぎることは、改めてわかったわ」
リナには何一つわからないし、フェイ本人も何もしていないと言っているが、二人の違いなんて魔法しかない。ならばどう考えても魔法が原因だろう。そしてリナは魔法を何も知らない。なら考えても仕方ない。
リナは疑問を放棄して、とりあえずこれからのことを考えることにした。
「とりあえず、魔法で私も、意志疎通できるようにならない? 翻訳魔法とか」
「う、うーむ。リナが本気で言っておるのはわかるが、わしからしたら意味がわからんし、翻訳する魔法はないの」
「そ、そう。うーん、じゃあフェイに頼りつつ、覚えるしかないわね」
がっくりと肩をおとすリナに、フェイは左手でひじをついてカップをつかみつつ、右手で顎を撫でて考える。
リナの言う違う言葉と言うのは実感できないが、リナが嘘を言うとは考えられないので、少なくともリナの耳には先程の店員の言葉も理解できない何かでしか聞こえなかったと言うことだ。
「そうじゃのぅ、意志疎通のぅ……おお、そうじゃ。翻訳ではないが、一つ思い付いているのがあるんじゃが、試してよいか?」
「ん、どんなの?」
「うむ。耳が聞こえなかったり、声が出せなかったりする場合に使う魔法がある。これなら言葉は関係ないんじゃなかろうか」
翻訳についてはフェイにとって言葉は一つなので、そこまで対応しているのかはわからないが、自分の伝えたいことを伝えたり、相手が伝えたいと思ったことを理解する魔法はあるので、試してみる価値はあるだろう。
フェイの言葉にリナは目を輝かせる。
「おおっ、す、すごい!」
「うむ? そうか、では手を」
顎を撫でていた右手をリナに向けて差し出す。リナはそこに左手を重ねる。それを軽く握って魔法を使う。
特に相手の意思を聴く魔法の方が少し難しいが、1分足らずでどちらも魔法をかけることができた。
「よし、では試してみよ」
○
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