第131話 突然の旅立ち2

 アーロンはにやけるのを何とか隠そうとするが、どうしたってにやけ自体は抑えることができず、しきりに右手で頬から顎を撫でていた。


 フェイを報告し、宮廷魔法師へすることができた。これで、自分もまた元の地位、とまではいかなくてもそれに近くまでいける。そう考えれば、にやけるなと言うほうが無理だ。


 アーロンの計画を三行で言えば

 1 フェイを宮廷魔法師に推薦して、宮廷魔法師にさせる。

 2 フェイはアーロンに感謝し、フェイほどの宮廷魔法師を推薦したこととをあわせて、城への繋がりを確保する。

 3 そこから城関係の職を得て、出世する。

 と言う非常に雑でお粗末なものだ。特に三行目。しかし実際、直属ではなく軍の関係者つながりで魔法具師の仕事がまわってくるのは珍しくない。国のおかかえではなくても、宮廷魔法師専任の魔法具師となれば回りの見る目もかわる。そしてそこから宮廷魔法具師への道も、可能性は0ではない。


 魔法師の数は少なく、ある程度の実力のある魔法師がいれば積極的に勧誘するのは珍しくないので、フェイの実力を持って報告すれば、勧誘にきてもらえると確信していた。元々アーロンは宮廷魔法師だったので、手紙を送って見てもらえる程度の繋がりはある。

 しかし誤算があった。この計画はあくまでフェイが宮廷魔法師になって喜んでいることが前提だ。


 アレクサンドルとの会話では宮廷魔法師になりたがっていないみたいで非常にはらはらした。しかしフェイの実力を見て、強制的に魔法師にした。これはナイスファインプレー!

 実際になってみれば、宮廷魔法師がどんなにいいものかわかるだろう。今は不満でも、すぐにアーロンに感謝して仕事をまわしてくれるだろう。運が向いてきているぞ、とアーロンはにやにやしている。


 もしフェイがその辺にうとくても、アレクサンドル自体がアーロンと元々面識がある。フェイの有能さを知れば知るほど、アレクサンドルはアーロンに感謝してくれるだろうし、アレクサンドルからフェイにそうするよう話してくれるだろうし、最悪でもアレクサンドルから仕事がまわってくることを期待できる。

 アレクサンドルが来てくれたのは、従者であるビクトールのおかげだ。アレクサンドルはビクトールの兄なのだ。ビクトールのおかげで、普通なら勧誘にくるのももっと時間がかかるだろうが、遠征に来ているついでに寄ってくれた。

 ちなみについでと言っても片道一ヶ月ほどの寄り道になるが、その程度は問題ないと事前の手紙の報告でも判断してもらえたのだろう。ビクトールが付いてくるとなった当初はアレクサンドル恐いしめっちゃ迷惑と思っていたが、今では感謝しかない。


「アーロン、待たせたの」

「フェイ君! いやいや、全然待ってなんかないよ」


 部屋からフェイとエメリナが出てきた。晴れやかな未来を妄想していたアーロンにとっては待たされた時間なんて一瞬のようなものだ。


「アーロン、ところで話してよいか?」

「ん? なにかな?」

「何かな、ではないわ。お主、何を勝手にわしを宮廷魔法師にしてくれてるんじゃ。誰がそのようなことを頼んだか」


 部屋にはいるまでは笑顔ではないものの無表情だったフェイが、明らかに不愉快だと眉をよけてアーロンを睨んでいる。


「う、た、確かに頼まれてないけどね。でも、宮廷魔法師だよ? みんなの憧れだよ?」

「そのようなこと知らん」

「知らないからならないなんて、もったいない! フェイ君にはそれだけの実力があるんだ。魔法師のトップにだってなれる実力があると信じてる! 宮廷魔法師がどんなにすごいか、なればわかるって! きっとすぐによさがわかるから、ね?」

「アーロン、それはお主の意見じゃ。お主が本気でわしを宮廷魔法師にしたいなら、まずそれを話して、わしをその気にさせるべきじゃろう。強制的にされて、気分がいいわけなかろう」

「う……それについては謝るよ。まさか、君が嫌がるなんて思わなかったんだ」


 本当にそれは予想外だ。なれるくらい凄いよと言っても反応の薄かったフェイだったけれど、実際に直接勧誘が来れば喜んでくれると思っていた。

 アーロンとて、フェイを生け贄に自分の出世の足掛かりにしようとは思っているけど、フェイに不幸になってほしいわけではない。自分もフェイもみんな幸せになるはずだと思ってたし、今もそうだと思ってる。


「でも、きっとすぐにその意見もかわるよ」

「ふん。よいか、アーロン。今は面倒じゃし、もうよいけど、いつか、お主をぎゃふんと言わせてやるからの」

「ぎゃふんって……はは、お手柔らかに頼むよ」


 アーロンは頭をかきながら苦笑する。今はフェイにこうして怒られているけれど、都に行って宮廷魔法師としてちやほやされれば、絶対にフェイの気持ちもかわる。それまでは、確かに自分の根回しが甘かったし、あまんじてフェイの怒りを受け止めよう。


「エメリナ君も、急な話ですまないね。君についても、アレクサンドル隊長なら君に職をまわすこともできるし、宮廷魔法師は家を買うのも補助が出る。悪いようにはしないよ」

「はあ」


 エメリナはフェイの手を握りながら曖昧に愛想笑いをした。これはエメリナにも嫌われたかな、とアーロンは視線をそらす。エメリナに対してはちょっと、申し開きがない。気持ちが変わったらフェイに説得されるのを待とう。


「さ、アレクサンドル隊長が待ってるよ」


 二人を連れて宿を出る。二人が宿の店員相手に挨拶をしている。娘にもなつかれていたらしく、二人して宿の娘らしき少女の頭を撫でていた。少しうらやましい。アーロンはこの街に来て二年以上だが、猫耳を触れたことはない。


「アレクサンドル隊長、お待たせしました」

「おー、よしよし。逃げなかったか。お前、絶対逃げそうな顔してたのにな。その為にちゃんと配置してたのに、無駄になったか」


 アレクサンドルはアーロンがチビりそうなほど凶悪な顔で、にやりと笑う。それにこたえるように、周辺へ散らばっていた兵隊たちが集まってきて、フェイらを囲むように立った。


「ふん。こそこそ逃げるなど、わしの趣味ではない」

「観念したならいーさ。ま、気楽に構えろ。これからお前も、仲間なんだからな」

「それはごめんこうむる」

「あん?」


 フェイはアレクサンドルに答えてすぐ、ふわりと、まるで木の葉が風に舞うように浮き上がり、手が届かないほど高くまで浮き上がった。

 信じられなくて、アーロンはあんぐりと大きな口を開ける。


「な…………噂で、最近近くに空を飛んでた魔法師がいたと聞いていたが、まさか本当に飛んで、それがお前だったとはな。だがな、浮かんだくらいで逃げれると思うなよ。おい!」


 アレクサンドルの怒声にあわせて、フェイとエメリナに向かって網が投げられた。まわりの屋根の上で待機していたらしい。フェイとエメリナのまわりに球体があるように、網は宙で止まっている。


「結界をつかうのは予想内だ。でもこれで、逃げれねーだろ?」

「そんなわけないじゃろ。胸くそ悪い。わしらは、罪人ではないぞ。リナ、行くぞ!」

「ええ」


 余裕な態度を崩さないアレクサンドルに対して、フェイはぷんぷんと怒りも露にして、エメリナの手を握りなおして、繋いでいない左手を空に向けた。その瞬間、大きな炎が現れて、網は一瞬で燃えカスとして消え、フェイはさらに高く高く上昇し、ものすごい早さで東へ飛んでいった。


「は、はぁっ!? おいアーロン! お前、この落とし前どうつけてくれるんだ! ああ!?」


 アレクサンドルは馬から飛び降りて、勢いよくアーロンの襟をつかんで怒鳴った。アーロンはそれに反応することもできず震え上がる。


「えっ、ええっ、ぼ、僕ですか!?」

「当たり前だろうが! お前がちゃんとあらかじめ説得してればよかったんだろうが!」

「そ、そんな」


 アーロンはまさかフェイが空を飛ぶなんて知らなかったんだから、逃げることが可能なんて思わない。むしろアレクサンドルこそ、その可能性を知っていたならもっと燃えない網とかで対応してよ!なんてことは口がさけても言えないアーロン。

 アーロンはアレクサンドルに至近距離で睨まれてぶるぶる震えている。


「あああっ、ぎゃ、ぎゃふん! ぎゃふん! ぎゃふんって言った! 言ったからフェイ君戻ってきて!」

「…………戻ってこねーじゃねーか! つかそりゃ聞こえねーだろーし当たり前だろ! ふざけたことばっかしてると殺すぞ!」


 アレクサンドルは苛立ちからアーロンの頭をばしぃっと、たんこぶができないように張り手で叩いた。


「ぎゃふん!」

「落ち着いてください、兄さん。勧誘に失敗するくらいなら、そう珍しいことではないでしょう。確かに予想外に強力な魔法師でしたが、勧誘の失敗を全てアーロンさんのせいにするのはどうかと」

「……ビクトールか」


 さりげなく輪の中にいたビクトールが、アレクサンドルの脇に近寄り声をかける。アレクサンドルはビクトールの釈明に大きく息をはいてから、手を離して自身のこめかみを揉みながら、だがな、と続ける。


「だがな、これが落ち着いていられるか。あれが他所へついたらことだぞ。それに勧誘のために2ヶ月近くもかけて、収穫0では帰れん。あの網だって、耐火性防刃性にすぐれたいいものだったのに」

「まずひとつめ、彼は冒険自体を楽しんでいたようなので、他の国で研究職をする可能性もひくいでしょう。網はアーロンさんに弁償させます」


 え、なんで弁償しないといけないの、とアーロンは思ったが口を挟める雰囲気ではないので、黙って叩かれた自身の頭を撫でた。


「そして勧誘ですが、アーロンさんを勧誘してはどうですか? そうすれば大義名分はできますよね」

「あん? こんな元下級魔法師で、さらに怪我したやつを何にどう使えって?」

「アーロンさんは、先のフェイから魔法についての講義を受けていますし、結界をつくる魔法具の作成に成功しています。魔法具師として、十分取り立てる意味はあるかと」

「なにっ、ほんとか? 庇うために嘘ついてねーか? さすがに結界に関する嘘は、兄ちゃん庇いきれねーぞ?」

「本当です。ねぇ、アーロンさん?」


 ビクトールに話題をふられ、同時に弟へ向けていた家族の顔からゴミを見るような顔になったアレクサンドルが、アーロンを振り向く。


「ほ、ほほ、本当、です。まだ、実用的とまではいきませんけど、結界をつくることはできます」


 一応フェイには結界についてあれこれ追加で聞きまくって、何とか自分でも魔法陣をかいて使えるようになったが、魔力量から使えるのは一瞬だ。それでも悔しいから、魔法具としても形になるまでは頑張った。


「……お前らの家に行くぞ。とにかく、見てからだ。話はそれからだ」

「あ、あの、アレクサンドル隊長。フェイ君を追いかけたりしなくていいんですか?」

「ああっ!? お前、あれ捕まえられんのかよ!? だいだい強制だっつったけど、捕まえればどうとでもなるが、さすがに全国に指名手配させたりはできねーんだから、しかたねーだろ。殺すぞ」

「ひいっ、す、すみません!」


 アレクサンドルを連れて家に帰ったアーロンは、冷や汗をかきながら何とかこの場を逃れようと、必死でアレクサンドルに自身の魔法具をプレゼンした。

 その後、ぎゃふんぎゃふんと言いながら半泣きでアレクサンドルにこきつかわれつつ、一応希望通り中央の軍属魔法具師としてやっていくのだが、それはまた別のお話。








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