第119話 ベアトリスの趣味
ベアトリスとカルロスと合流し、事情を話して街へ戻った。別に全員が戻る必要もなかったが、フェイとリナは網を借りてる立場だ。自ずと街へ戻って全員解散の流れになった。
「ねぇねぇフェイー、暇でしょ? ちょっと付き合ってよ」
「ん? そりゃあ暇じゃが、リナは?」
二人を誘うなら、より親しいリナに声をかけるだろうと思ったフェイは、ちらりとリナに視線をやりつつベアトリスに問い返した。
「今日は二人だけ。エメリナもいいでしょ?」
「別に私に許可とらなくてもいいわよ。でもあんまりフェイに変なこと言わないでよ」
「しつれーな。さ、フェイ。エメリナも忙しーってことだから、遊ぼうぜ」
「まぁ、よいけど」
何だかよくわからないまま、フェイはベアトリスに連れ出されることになった。ガブリエルはアンジェリーナが治療院に行くのについていくので、網を持っているのはベアトリスだ。
自然とベアトリスらの家にあがることになった。ごくあり来たりの民家だ。まだ友達の家にあがるという経験は少ないので、ちょっとどぎまぎしながら家にはいったフェイだったが、両親はいないと言う言葉に肩の力を抜いた。
見知らぬ両親がいないなら、物怖じすることもない。濡れているので網を庭に干して、街の外で食べる予定だったお昼を食べることになった。
ダイニングの大きめの机で向かい合い、それぞれ用意していたお弁当を食べる。
「なんか、こうやってお弁当を家で食べると、なーんかみょーに美味しくないよねぇ」
「そうか? わしにはよくわからんが」
「えー? なんかこう、家なら出来立て熱々が当たり前なのに、お弁当は冷たく固まっていると言うか。まあ、暖め直したけどさ」
「ふーむ? そんなもんかのぅ」
家を出てから美味しい食事に出会ったフェイにはピンと来ない話だった。
「てかさぁ、フェイって回復魔法も使えるんだよね? 私見たことないんだけど、どんな感じなの?」
「どんな、と言われてものぅ。傷が治るとしか」
「それがふつーじゃないから言ってんのに。ま、いーや。本題じゃないし」
「ん? 本題?」
ベアトリスの口ぶりではまるで、何か大事な話があってフェイに声をかけたようだが、しかしフェイにはその心当たりが全くない。
頬に食べ物をつめこみながら首をかしげるフェイに、ベアトリスは芝居がかった動作で右手をあげてから、びしっと行儀悪く人差し指を突きつけてにんまり笑う。
「ずばり聞くけど、フェイって、エメリナのこと好き?」
「そりゃあ、大好きじゃよ」
フェイの返答にベアトリスは一瞬目を見開いてから、力なく右手を下ろしていやぁと弱々しい声をだす。
「違うんだなぁ。何というか、ここまでとは、お姉さんびっくり」
「何がじゃ?」
「いやだって、そんな普通に好きって言うってことは、全然意識してないってことでしょ?」
「意識? ……いや、どういうことじゃ? リナを意識してない? ……まぁ、リナが隣にいることは当たり前じゃし、無意識にそうしてると言われたら、そうなのかも知れんが」
フェイの頓珍漢な回答に、ベアトリスは口元に手を当てて左手で右手の肘を支えて考え込む。
ベアトリスとしては、リナにはこれ以上何と言ってもすすまないだろうし、フェイからアプローチをかけてもらおうと思った。
もちろん、リナの気持ちを勝手に伝えるなんてしない。それとなく、あくまで主観で相手もその気だと伝えて、告白させようといういつもの手だ。
いかにリナがフェイを子供だと言おうと、14歳なら恋の経験の一つ二つあって普通だし、リナのような容姿のいい女の子が何くれと世話を焼いてくれて、いつも一緒でいちゃいちゃしていて、全く意識していないなんてあり得ない。
と言うのがベアトリスの見立てだったのだが、期待はずれも甚だしい。予定ではベアトリスの問いかけにちょっとばかり焦ったフェイの否定から入り、気持ちを固めさせてやろうと思ったのに。
あんなにもはっきり好きだと言って、意識してるしてない以前に意味が通じてない。どんな育ち方をすればこんなにも子供のまま成長するんだ。隣の家の7歳の女の子の方が、よっぽどませてる。
何とか突破口を開こうと、ベアトリスは手を下ろして、フェイの反応を伺いながら口を開く。もはや昼食に意識を割いている場合ではない。
「えっとね、フェイはエメリナのこと好きなんでしょ?」
「じゃから、そうじゃってば」
「それってどのくらい?」
「む? まあ、わかりやすく例えるなら、わし自身と同じくらい好きじゃ」
「全くぴんとこないんだけど」
「そうか?」
フェイにとってリナは、もう離れることは考えられないくらい大切で、一心同体くらいの気持ちだ。自分自身のことを差し置いてでも大事にしたいくらい好きだ。
それをわかりやすく言ったつもりなのだが、ベアトリスからしたらどんだけ自分大好きなんだよナルシストかよ、としか思えない。
「んーとねぇ、それじゃあねぇ、エメリナのこと、独占したいくらい好き?」
「独占? そうじゃのぅ……リナのことを束縛するつもりはないが、しかし、リナはわしのじゃな。他の者にゆずる気はない。無論、お主にもじゃ」
「は……ほんと、フェイって、おもしろいよね」
わしのって、完全に独占欲まるだしではないか。しかもそれが恥ずかしいとか、この言い方がリナに悪いとか拒否されるとか、そんなことを全く考えていない。
確かにフェイは恋について無知で、全然意識していないだろう。だけどリナが大好きで仕方ないのは間違いなくて、独占欲もある。これで年がもっともっと離れていれば、母親への感覚に近いかも知れないがそうではない。年の近い異性なのだ。
これならいくらでも、恋だと認識させることは可能だ。話は簡単だ。フェイにとってリナは異性で、恋人になり得るのだと意識させてやればいい。
ベアトリスは呆れたように言いながらも、にやける口元を昼食を口にいれることで誤魔化す。
「んん? 何故じゃ。と言うか、なんなんじゃ? さっきからおかしな質問ばかりして。これが本題なのか?」
「いやいや、こっからが本番ですよ」
最後の一口を食べ終わり、ベアトリスはにっこりとできるだけ優しさがにじみ出るように微笑む。もっとも、フェイから見たベアトリスは明らかな企み顔だったが。
○
意味ありげに微笑むベアトリスに促され、とりあえず昼食を終え、そのゴミを捨てさせてもらい、また席につく。
ベアトリスがお茶のおかわりをいれてくれ、今お昼を食べたばかりだと言うのにお茶菓子をテーブルの上に並べてすすめてくれる。
その笑みとあいまって何故か胡散臭く感じられたフェイは、出された焼菓子には手をつけずにお茶をすする。
「で、なんなんじゃ?」
「うん、あのさぁ、フェイって、恋とかしたことある?」
「こい? ……ああ、恋の。いや、ないぞ」
「じゃあ、エメリナのこと、恋人にしたいとは思わないの?」
「はぁ? なんでそうなるんじゃ? おかしなことを言うでない。リナはリナじゃ」
恋をしていないと答えたのに、リナを恋人にしたいのか、と聞くなんて質問自体がおかしいだろう。フェイがリナに恋をしていますと答えたなら、その質問もいいだろうが、フェイは今まで恋だのどうのなんて考えたこともない。
恋と言う言葉は知っているし、何となくどういうものかはわかっているつもりだ。何となくわかっているつもりのフェイは、実のところ恋人になったら何が変わるのか、恋人がどういうものなのか、何一つ具体的なイメージがあるわけではない。
ただ単に、つがいになる一つ前の段階でと言うようにしか認識していない。恋と言うのも、つがいになりたいと言う感情としか知らない。
フェイはリナのことは大好きだ。恋とかよくわからないものじゃなくて、明確に大好きだ。だから何故恋人に、なんて聞かれるのか意味がわからない。
今フェイはリナの一番側にいて独占していて、これ以上ない状態だ。だから余計にぴんとこないのかも知れない。
「ふーん? じゃあフェイはエメリナの恋人になりたいわけじゃないんだ?」
「うむ」
「じゃあ……エメリナが、例えばうちの兄ちゃんと恋人になってもいいんだ?」
「ぬっ」
なんの迷いもなく答えていたフェイだったが、ベアトリスのその問いかけには言葉につまった。
そんなことは、考えたこともなかった。フェイはリナが大好きで、リナもフェイが大好きなのだから、ずっと一緒にいられて、ずっと一番側にいれるのだと思っていた。
もちろん、フェイだけがと思っていたわけではない。フェイ以外にベアトリスのような友達ができるとか大切な人ができても、そんなのは当たり前だと思ってる。
だけどどうだろう。恋人ができたら、今まで通りではなくなるのでないか。一緒に遊びに行くのも減って、今みたいに毎日顔を会わすことがなくなって、もしそのままつがいになって、子をなせば、一緒のパーティですらなくなるかも知れない。
そんなのは、嫌だ。
「い……」
嫌だ。だけど、そんなこと、フェイが勝手に決めるようなことではない。さっきベアトリスに、束縛するつもりはないと言った。確かにそのつもりだった。
だけどこの気持ちは、その発言とまるきり正反対だ。
ベアトリスの質問の意味が今ならわかる。きっとガブリエルがリナに気があるから、その為にフェイとの関係を確認しているのだ。ガブリエルとリナが恋人になるなんて、ありえない。リナだって断るに決まってる。
だけど万が一がないとは言い切れない。だって確かにリナはまだ独り身で、フェイとつがいではない。またリナは可愛くて、とにかく魅力的な人間だ。ガブリエルが駄目でも、他にいくらだってリナをつがいに望む人間はでてくるだろう。
もしリナが、実際に恋人をつくったなら、フェイはどうなるのだろうか。
黙りこんだフェイに、ベアトリスはにやりと今度は自分も自覚して、悪い顔をした。
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