第118話 回復魔法

 6人での依頼と言うことで、人数としては中規模だ。普通なら対群れへの依頼をするのが定番だが、フェイにとっては群れを相手にするのに人数はあまり関係ない。

 特別やりたいものもないし、ひとまず人数の多い四人に合わせることにした。


 受けた依頼は水鳥の捕獲だ。水鳥は飛べない鳥で、水のなかを泳ぐ。街から少し離れた湖に生息しており、小規模の家族単位でまとまって行動している。

 湖では動きが速く、一匹ずつ捕まえるのは困難だ。網を使うか、餌で釣り上げるかのどちらかだ。


 教会を出てから途中、ベアトリスの家によって網を用意し、街を出てから歩くこと2時間ほどで湖に到着する。


 先頭を歩いていた短い尻尾のアンジェリーナが、フェイとリナを振り向いて、見えてきた湖を指差す。


「あれがその湖よ」

「ほう、大きいのぅ」

「まぁね」


 少しばかり得意気に応えるアンジェリーナ。道中の会話と、フェイの尻尾への好奇心が頭を出さないことから、フェイへの警戒をやめてくれたらしい。

 依頼中に仲間内で警戒しても仕方ないので当たり前ではあるが。フェイも一通りマリベルで堪能したので、以前ほどの興味ではない。


「フェイとエメリナは怪力担当なんだから、しっかり引っ張るのよ。いいわね?」

「うむ。心得た」

「水鳥は初めてだし、大人しく従うから安心して」


 二人が魔法で強化しているのは、出掛けに片手で男二人をそれぞれ持ち上げたことから、アンジェリーナにも理解してもらっている。

 魔法使いであるフェイのことは、魔法を知らないものには指示を出しにくい。大勢でのパーティプレイが求められる場でかつあまり知らない相手なら、怪力キャラとしてとりあえず扱ってもらった方がお互いに楽なのだ。


「おい、なんかアンジェリーナが代表みたいになってねぇか? このパーティのリーダー俺だからな?」


 そうして結束を固めるのを、後ろから周囲を警戒しながら見ていたガブリエルが、そんなことを言い出す。

 アンジェリーナは明らかに人間が小さいなと言いたげな目付きでガブリエルをちらりと見てから、無視して前へ進んだ。


「まーまぁ、兄ちゃん。そう言うこと言うとモテないよ」

「うっせぇ! チームワークが大事なんだ。つまり、指揮系統がちゃんとしてないといけねー。つまり、俺がリーダーなんだ。はっきりさせとかねぇとな。な? カルロス?」

「そうだな。俺はいつも通り、見張りに徹しさせてもらう」

「おお、頼んだぜ」


 ガブリエルの隣のカルロスは話をふられてさらっと流したが、カルロスが言葉少なすぎてよくわからん会話になるのはいつものことだと、ガブリエルも流した。


 水鳥を捕獲するには網を使うのだが、対象を見つけてから投げてもそうそう捕まらない。湖の中に網を設置し、そこに向こうからやって来た頃合いを見計らって、網からひいている紐を引いて確保するのだ。


 と言うわけで、フェイがほいっと網を放り投げて引き紐が湖に入らないよう地面に固定する、と言う作業を繰り返す。

 合計5つの網を設置した。網には餌をくくりつけているので、それに食いついた頃に引っ張るのだ。その見極めはアンジェリーナとガブリエルがそれぞれ担当してくれる。


 フェイとエメリナは言われた時にすぐ引けるように構えつつもぼーっと待機し、後の二人は回りを警戒だ。網を仕掛ける都合上、メンバーはやや散らばっているので警戒に越したことはない。もちろんフェイの魔法避けは使っていない。


 水鳥は水面から顔を出すこともあるので、大声で話すのも禁止だ。黙って獲物がかかるのを待つ。

 ちなみに獲物がかかったかどうかわかるように、一応エサに浮きをつけていて、その動きが目安になるが、基本的に肉眼で見て水鳥の影が見えたら引き上げる。

 水が澄んでいて、網の射程内で物凄く遠くもなく、かつ視力のよいベルカ人だからできる方法だ。


 ぼんやりと、フェイが空の雲を見ながら、あれは犬ー、あれはぶどうー、あれは猫耳ーと遊ぶこと小一時間。


「二番目の網をひけ!」

「うむ!」


 ガブリエルの合図により、フェイは勢いよく紐をひいた。網が一気に引き上げられる。紐を引かれたことで、網は袋のようになり上にいた水鳥ごと陸地へ引きずりあげられる。


「三番と四番も!」

「一番も今だ!」

「四番やったら、逃げたのが行くから五番して!」


 ひとつやればその異変に水鳥がざわつくのであとは連鎖的にすべて引き上げる。逃げられるまでの時間との勝負だ。

 網が空を舞って手を離しても陸地へ飛ぶほど思いっきりひっ張り、二人で全ての網を引き上げた。網にはびちびちとよく水鳥がかかっているが、一番多いのが二番としていた網で、後は割合少ない。


「もっと待った方がよかったんじゃない? まだ早かったと思う」

「なんだと!? こんなにかかってるじゃねぇか!」

「あなたのところはね。引き上げたら全体に影響するんだから、そこも計算してよね」

「はいはい。次はそうするよ」


 合図係りのガブリエルとアンジェリーナが揉めているのは無視をして、魚を集めていく。

 捕まえた水鳥は帰るときまで逃がさないように、足を縛って繋げていく。体が完全に乾くと弱ってしまうので、と捕まえる為の網とは別に、湖の端っこで生け簀代わりにできるように杭と網をはった狭い区画に縛った水鳥をいれる。

 ここが満タンになるまで、漁を続ける予定だ。


「いたっ」

「! 大丈夫か!?」


 言い合いをやめた二人が、黙々と水鳥をしばっていれてるフェイとリナの手伝いを始め、あと少しだと言うところでアンジェリーナが右手を抑えた。右手の人差し指を水鳥につかれて、爪が剥がれていた。


「いったー、油断した」

「おいおい、大丈夫かよっ。そうだ。フェイ、フェーイ!」

「そう大声を出さずとも聞こえておる。なんじゃ」


 最後の水鳥たちを引きずりながら、フェイとリナが生け簀前の二人のところへ近寄る。


「アンジェリーナが怪我したんだが、お前、魔法使いだろ? 怪我を直したりできねーの?」


 アンジェリーナの指先を示して言うガブリエルに、アンジェリーナが呆れたような視線を向ける。


「いや、痛いけどそんな大袈裟にしないでよ。そんなの司祭様くらいしか無理でしょ。フェイ、無視していいよ。て言うか包帯巻くの誰か手伝ってほしいんだけど」

「いや、回復魔法も出来んことはないんじゃが」

「マジで!?」

「いやあんたが驚くのかよ。て言うか、ほんとに?」


 アンジェリーナの言葉を否定したフェイに、提案したガブリエルがめを見開く。その態度にますますアンジェリーナは呆れつつも、しかしフェイにもまた疑問の目を向ける。


 またリナもそう言えば、と思い返しつつ首をかしげる。

 そう言えば、ずいぶんと以前のことだが魔物に回復魔法を使ったことがあるような、ないような。しかしそれにしても、先日リナが怪我をした時にはしてくれなかった。意味はどうあれ好かれている仲間であるリナに、回復魔法があるのに使わない理由がわからない。

 リナはフェイにちらと視線をやる。フェイはそんなリナの疑問には気づかず、アンジェリーナへ応える。


「うむ、使えるが、欠点があるからのぅ。あまり使えぬ。とりあえず麻痺させて痛みをとることはできる。手をだしてみよ」

「あ、うん」


 アンジェリーナはフェイが差し出す右手に自身の右手を重ねる。フェイが魔法で一時的に痛みを感じさせないようにして、止血をすると不思議そうに自分の手を見た。


「うっわ、ほんとに痛みとれた」

「治したわけではないからの」

「十分だよ」

「フェイ、なんでその回復魔法とやらは使えねーんだよ?」

「回復魔法は難しいから、わしも使えるのは二つだけじゃ。その内一つを使えば、治すことはできるんじゃが、回復魔法と言うのは使うほど、本来人が持つ自然治癒能力を減らしてしまうんじゃ。わしの回復魔法は全身を治すものじゃから、強力な分だけ影響が大きい。街にいて、滅多に怪我をせんならよいが、怪我が珍しくない冒険者にはあまり使わん方がよい」


 フェイ自身にはそれを体験したわけではないし実感はないが、祖父からはそのように習った。だからこそ、リナが怪我をしたときも治さなかった。

 もちろん、リナ自身が取り乱して泣くほどの大怪我なら回復魔法を使っていただろうが、それほどでもないのに回復魔法を使うのはフェイの自己満足だ。そんな勝手でリナの自然治癒能力を劣化させるわけにはいかない。


「んだよ、使えねーなぁ」

「うっさいのぅ。回復魔法は、めっちゃくちゃ難しいんじゃ。しかも魔力もくうし、アンジェリーナがさっき言ったように、基本的に回復は専門家がするもんじゃ」

「そうだったのね。どうりで、フェイが回復魔法を使うの見たことないと思ったわ」

「うむ? ま、そうじゃな。そもそも怪我せんしの。もう説明はいいじゃろ。早く帰って、アンジェリーナの手当てをせんと」


 フェイの提案に、言われたアンジェリーナはまじまじ見ていた手から目を離して、きょとんとフェイを見る。


「え? いいわよ。痛くないし、終わってからで」

「駄目じゃ。それは魔法で感じなくしてるだけじゃと言ったろう。無理をしても悪化するだけじゃ。ガブリエルもよいな?」

「おう。そうだな」

「そうね。その方がいいわ」

「んー、わかったわよ」


 三人に言われて、やる気満々だったアンジェリーナも渋々と頷いた。

 見張りの二人にも声をかけて、本日のお仕事はこれでお仕舞いとなった。








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