第103話 誕生日

「あっれ、エメリナ?」


 依頼書を手に記載されている宅配店、アマトリアン便と言うお店に行くと、入り口で荷物を台車にのせているベアトリスと出会った。


「あら、ベアトリス。あなたがやる依頼って、これのことだったの?」

「叔父さんの店だから、定期的に手伝ってるんだ。と言うかアーロンは? フェイは?」


 二人はこれから魔法講義となり、手の傷があるのでリナがしばらく街中の依頼をすることを説明すると、ベアトリスはへーへーとにやにや笑いながら相槌をうつ。


「……なに、その顔?」

「いやー? 愛されてるなーと思って。いーなー。彼氏いて」

「かっ、いや! か、彼氏とか、そんなんじゃないわよっ」

「へ? そーなの?」

「ええ」

「へーへー」

「その顔やめて。私、ここの依頼受けてるから」


 熱くなる頬を軽く右手で扇ぎながら、リナはにやにや笑いのベアトリスの横を通り抜けて店のなかに入る。

 受け付けにいる男性に依頼書を渡すと、すぐに詳しい説明をしてくれた。彼がベアトリスの叔父であるヘルマンだ。


 作業内容はシンプルで、地図を片手に荷物を届けることだ。直接店へ持ち込まれるものもあれば、毎日宅配を依頼されていて、受け取りに行ってそのまま届けるものもあるが、やることは同じだ。荷物を渡して一覧表にサインをもらえばオッケー。


「ちょうどいい。ベアトリスと知り合いなら、まず付いていって様子を見てみてくれ」

「わかりました」

「ベアトリス」

「はーい、叔父さん。りょーかいっす」


 入り口で会話を聞いていたベアトリスはヘルマンに顔を向けて指名され、へらりと笑って右手をあげて、指先でちょいちょいとリナを手招きした。


「……お願いします」

「かったーい。もっとフレンドリーにいこうよ。なんなら私のことは十年来の親友だと思っていいよ」

「普通でお願い」

「おーらい。んじゃ出発するから、後ろから押してね」

「わかったわ」


 両サイドに1輪ずつ車輪のついた荷車の前方向にある引き具に手をかけたベアトリスに促され、リナは後ろから荷車を押す。それに合わせてベアトリスも力を込めて歩き出す。


「おっ、二人でやるとやっぱ軽いなぁ。よーし、さくさく行くよ」


 ご機嫌なベアトリスのペースにあわせてやや早足で配達はスタートした。

 リナはベアトリスに言われるまま付いていくだけなので簡単だが、道を覚えなければならない。幸い大きな街だけに配達は地区ごとにわけられているので、地図を見ながらでも十分に対応できる範囲だが、覚えるにこしたことはない。

 住宅街から始まり個人宅を回ったら、次は商店街へ。商店へ届けては荷物を受け取りまた別の卸し先へとベルカ街の南区を駆けずり回る。


「よーし、次で配達最後だよ」

「じゃあ、荷物を回収しに戻るのね?」


 荷台の荷物が残り一つとなり、テンションのあがったベアトリスは駆け足で進む。もはや押している意味があるのかはわからないが付いていきつつ尋ねると、ベアトリスはいんやーと間延びした返事をする。


「次がじゅーようなのさ。いっぱい荷物もらうから、それを持ってかえってまた仕分けるの。ま、付いてからのお楽しみにだよ」


 お楽しみもなにも、次の届け先はリナにもわかっている。教会だ。この街にある教会はラーピス神を奉る教会で、ありふれたものだしよく知っている。しかし何を届けて何を受けとるのか、とんと見当もつかない。

 リナは首をかしげつつも、ベアトリスについて走った。








 教会への届け物は単なる備品であったが、受け取った荷物が凄かった。

 教会に依頼された採取の依頼に対して、達成された品々だったからだ。肉や皮などもちろん、草木や生物もあり、途端に荷台はいっぱいになった。

 リナの知るかぎりでは運送はそれ専用の依頼がでるか、大きな教会では運送も教会がしていて、小さな教会では依頼人が取りに来ていたので、それを教会と関係ない運送会社が請け負っているのは予想外だった。

 しかし同時にどうりで依頼品を運送する依頼がないはずだと納得した。


「これはまた、多いわね」

「うん。いつもよりかなり多いよ。二人で助かった。よし、頑張ろっ」

「そうね。じゃあ押すわよ」

「おっけ。せーのっ、って、えっ!?」


 店を出たときよりさらに多く、山積みになってロープで固定しないと落ちてしまうほどの量になり、さすがに重いだろうと覚悟したベアトリスは、一歩歩いてその軽さに立ち止まった。


「?」

「いや、え、えっ!? 軽いよ!?」


 顔だけで振り向くベアトリスにリナは意味がわからず首をかしげ、その反応に混乱したベアトリスは振り向いたままさらに一歩前へ台車を進め、リナが合わせて押したのでやっぱり軽くて立ち止まった。

 体ごと振り向いたベアトリスに、リナは何を当たり前のことを言うのかと呆れる。


「そりゃ、私が押してるもの」


 確かに引きはじめの瞬間はベアトリスのみの力なので重いだろうが、動くとわかればそれに合わせてリナが押す。リナにすればこの程度、確かに見た目のボリュームには驚きだが、体感では先ほどとそれほど変わらないくらいだ。


「え、えー……マジか。え、あれか、兄ちゃんがはしゃいでた、きょーか?」

「そうそれそれ」

「うわっ、私もして!」

「いや、私がしたわけじゃないから」

「あー、そっか。うわぁ、でもいいなぁ。めっちゃ将来有望じゃん。私はフェイみたいな可愛い系好みじゃないけど、そんな凄いならありだわ」

「いやだから、そんなんじゃないから」

「そう? なら私がこなかけてもいい?」


 あからさまに、にやにや笑ってからかってるのが丸わかりの様子でベアトリスがそんなことを言う。どーぞご自由になんて言っても絶対万が一なんてないだろうし、だいたいリナにそんな権利なんてないけれど。


「……やめてよ」


 と言うしかない。だって億が一があっては困るし、それに例え冗談でも、ただのふりでも、フェイにベアトリスが言い寄るなんて嫌だ。

 案の定、ベアトリスはいっそうにやにやしだした。


「だいたい、フェイはまだ子供なんだし。そう言うのは早いわ」

「えー、いくつ?」

「最初は13歳って言ってたけど」


 早口で言い訳をするとさらに問いかけられ、答えながらもあれ、と疑問が浮き上がる。

 フェイの誕生日っていつだ?

 フェイと出会ってそろそろ1年近くになる。リナの誕生日はフェイと出会ってしばらくしてから普通に過ごしたのでまだ先だが、フェイはいつだ。最初に13歳と聞いているので、もしかすると15歳も間近かも知れない。

 そう思うと、急に心臓が高鳴った。フェイの年齢を言い訳にこの思いには蓋をしてきた。だけどもしその言い訳が使えなくなったら? そうしたらもう、告白するしかないではないか。だけどそんな、絶対意識なんかされてるわけないし、気まずくなるし、どうしよう。


「んー? どしたの?」


 黙り混むリナにベアトリスは首をかしげる。


「い、いえ。なんでもないわ。とにかく、早く仕事しちゃいましょ」

「あー、誤魔化した」

「いいから」

「ちぇ。でもさー、13歳とか、そんなに子供かな?」

「いいから!」


 とにかく帰ったら、誕生日を聞こうとリナは決意した。それ以外のことは聞いてから考えればいい。









 夕食中、今日あったことを適当に話しつつもリナはフェイに誕生日を聞くタイミングをうかがっていた。

 話が一段落して、フェイが水を飲み込んだところで声をかける。


「ねえ、フェイ」

「む? なんじゃ?」

「フェイの誕生日って、いつか、聞いてもいい? いや別に何の含みもないんだけど、急にちょっと気になったのよ、うん」


 尋ねてから突然過ぎるし、場合によっては自分の誕生日を知らせたいが為とも捉えかねられないと気づいて言い訳をしたが、余計に怪しくなってしまった。やってしまったなとそっとフェイの様子を伺うリナだが、フェイは不思議そうにしつつも特に気にすることなく答える。


「誕生日なら、えっと、ああ、ちょうど来週じゃな」

「え、ええっ!?」

「そんなに驚かんでも」


 リナと出会う約二ヶ月前に誕生日だったフェイは、来週でちょうど14歳となる。基本的に物のない生活だったフェイにとって誕生日は、物凄いご馳走やプレゼントがあるわけでもなく、人口精霊のジンが口やかましく通知してきてようやく思い出す程度の認識だ。

 リナの地域では誕生月ごとにまとめてお祝いされるものなので、日付は割合適当だが、それでもリナにとって誕生日は娯楽のすくない村では一大イベントだ。それになにより、現在のリナにとってフェイの誕生日がもうすぐと言うのは大きな意味をもつ。


「えっと、来週14歳?」

「うむ」


 と言うことはつまり、告白のことを考えるのは1年後でいいと言うことだ。とてもほっとした反面、がっかりもした。急にいますぐと言われたら困るが、それでもフェイが好きで、恋人になりたいと思っている。それが少なくとも1年お預けだ。何とも言えない気分だ。

 しかしともあれ、それよりもまずは誕生日だ。来週だと言うならお祝いをしなければ。


「じゃあお祝いしましょう。何か欲しいものはある?」

「なに、祝ってくれるのか?」

「もちろん。盛大にお祝いしなきゃ」

「ほぅ……そうか」


 リナの言葉にフェイは頬をそめ、はにかみながらもにやにやし出した。


 フェイにとって誕生日とはそれほど大袈裟に祝うものではないし、欲しいものなんて聞かれるのも大仰だ。だけど生まれたことを祝ってもらうこと自体はやっぱり嬉しいし、何より特別に思える。誕生日を祝うのは家族のようだし、盛大に祝うなんて言われるとリナがいかにフェイを大切に思ってくれているか伝わってくるようではないか。

 特別なことを言われたわけではなくて、当たり前として言ってくれたから、それが余計に嬉しい。でもそれをあえて言葉にしてしまうと、何だか折角の嬉しいふわふわした気持ちが固定されてしまうみたいで、フェイは黙って頷くに止めた。


 そんなフェイの態度にリナは首をかしげつつも、さらに声をかける。


「とりあえずいつにする? プレゼントの用意もあるし、週末でいい?」

「うむ。なんでも構わんよ。それよりリナ」


 にやけていたかと思えば、フェイはきりっと表情を引き締めた。単にあんまりにやけてしまうとおかしく思われるだろうから引き締めたのだが、そんな些細な変化にもリナは少しときめきつつ返事を返す。


「なぁに?」

「リナの誕生日はいつじゃ? わしばかりでなく、リナの日も祝わねばな」


 にっこり笑って聞かれた問いに、リナもまた、フェイに負けないほど微笑んで答えた。フェイに比べたらリナの誕生日はまだ二ヶ月以上先の話だ。だけどやっぱり、祝ってもらえるのは嬉しい。去年は特に何もなかったので余計にだ。

 やっぱり自分の誕生日を知らせたいがための話題振りみたいになってしまったけど、まずはフェイのことをきっちり祝おう。

 ベアトリスのおかげでフェイの誕生日を通りすぎてしまうことを防げたので、明日あたりまた会ったらお礼の一つも言うことにしようと思いつつ、リナはフェイと誕生日について話し合った。








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