第87話 猫耳幼女2

 マリベルが言ったように、確かに料理はとても美味しかった。しかしそれよりフェイにとってはぴこぴこ自慢げに動く猫耳の可愛さが気になった。

 猫はあんなに耳を動かしただろうか。感情と連動しているようだが、その動く条件は猫と同じなのか。そもそも猫と人間の子孫と言うには、猫要素が少ないのではないか。

 人間の大きさ、顔、手足、体、殆どが人間だ。手のひらの感触は肉球なのか、爪や眼球は猫の特長なのか。髭は同じ機能を持っているのか。非常に興味がそそられる。


「ご馳走さま、美味しかったのじゃ」

「でしょ! お父さんの料理はベルカ1なんです!」

「うむ。ところでマリベル、その、お願いがあるのじゃが」


 夕食の会計をマリベルにしてもらい、フェイはマリベルの耳を見ながら話しかける。

 じっくりと信頼を積み上げる、などと言う悠長なことをしていられるか。何事も積極的に行こう。当たって砕けろ。


「なぁにぃ?」


 フェイの視線がちらちらと頭上に来ていることに気づいたマリベルは、にっこりと微笑んで頬に右手の人差し指をあてる。三角の髪の毛と同じ少し赤みがかった猫耳はぴこんと元気よくたっていて、尻尾が空を向いてゆっくりと左に振られた。


「うむ、その猫耳を触りたいのじゃが」

「いいですよ」

「なに!? よいのか!?」


 あっさりとした肯定にダメ元だったフェイは驚いて聞き直してしまう。

 マリベルはにんまりと小悪魔な笑みを浮かべる。マリベルにとって、フェイのような人はそれほど珍しくない。このベルカ街には猫嫌いだと言う人はめったにやってこない。仕方なく通過する人もいるが、関わろうとしないのですぐわかる。

 だからこうして、マリベルのような子供を見かけると頭を撫でたい撫でたいと言い寄られるのは、そう珍しいことではない。猫好きが高じてベルカ街に住んでいる近所のお姉さんなんて、マリベルの熱狂的なファンで毎日頭を撫でたいとやってくるくらいだ。


 大人に比べて子供は、触られて力が抜けるほど敏感ではないし、普通に頭を撫でられるのと変わらない。だから別に構わないのだが、見知らぬ他人に触らせてなんて言われたって嫌に決まってる。それにベルカ人はプライドが高いのだ。猫感覚で触りたいなんて真っ平ごめんだと、そこらの子供に声をかけたって断られる。


「はい。ただしぃ、最低一ヶ月家に泊まって、毎日家で晩御飯食べることが条件です。それなら、1日一回撫で撫でオッケーしちゃいます」


 しかしマリベルは近所のバルトロメ君みたいに触らせてと言ってきた旅の人を無視したり殴ったり唾をはいたりしないのだ。何てったって商売しているお家の子ですから。

 お客様はご主人様なのですにゃん。


「リナ!」

「はいはい、好きにして」


 そんなマリベルのあからさまな客引きに、きらきらした目でフェイに名前を呼ばれてリナは呆れつつ頷く。宿にも問題はないし、ご飯も美味しいし、特に問題はない。


「うむ! マリベル、その条件を飲もう!」

「まいどありーです」


 格好よくさえ見えるきりりとした表情で、勢いよくフェイはマリベルに陥落し、カモとなった。最も、マリベルにとっては本日顔を会わせた時からカモと見られていたが。


 プライドが高くて撫でられるのを嫌がる子が多いベルカ人だが、マリベル個人は割りと撫でられるのは嫌いではない。むしろ結構好きだった。撫でさせてあげれば相手は大抵のお願いをきいてくれるのだから、安いものだ。


 にこーと微笑む天使のように愛らしい猫耳マリベル8歳は、腹黒さの欠片も見られない純真な笑みのまま、フェイに頭を傾けた。


「さ、いーこいーこしていいですよ」

「うむ!」


 言葉の威勢のよさに反して、そっとフェイはマリベルの頭に手を載せ、ゆっくりと撫でる。その際に手は1度持ち上がり耳の上をくすぐるように撫でた。

 ふにゃりと赤毛の耳の先が、フェイの手のひらにそって曲がる。とても柔らかい。指先を曲げて耳の裏側を撫でると、柔らかいだけでなく温かさも感じる。


「んっ、耳ばかり触らないでください」

「耳をつまんでもよいか?」

「駄目です。撫でるだけです。はい、もうおしまいです」

「なに、もうか」


 マリベルは自分で両耳を押さえて頭をふって、フェイの手を外させた。名残惜しげに宙に浮かせたままの手を動かすフェイ。


「もうです。また明日です」

「むー、もっと触りたいのじゃ。掴みたいし、軟骨とか感じたいし、尻尾も触りたいのじゃ」

「それは別料金です」

「いくらじゃ?」

「ポイント制です」

「ポイント?」


 マリベルの説明によると、この宿では特殊な人にだけ特別なポイントカードをつくっている。それは猫耳好きのための猫耳ポイントカードだ。

 食事や宿の利用で1000Gごとに1ポイント加算され、10ポイントためれば撫で撫で5分。20ポイント貯めれば耳をふにゃふにゃこりこりレベルで5分触れる。50ポイントで尻尾を5分撫でられる。100ポイントで猫耳でも尻尾でもくまなく10分好き触れる。と言うものだ。

 基本的に猫耳が珍しくないこの街では、猫耳好きは少なくはないが、これを利用してやろうと言う人はすくない。現在の利用者は2人だそうだ。


「むむむ……リナ、100ポイントためるのにどれくらいかかるのかのぅ?」

「本気で? えっと、100ポイントは10万Gだから、1日で宿泊と食事の朝晩食べたとして2人で9000Gくらいとして、10日…まあ、2週間もいればたまるわね」

「そんなものか。なら簡単じゃな」

「まぁ、いいけど。と言うかマリベルちゃん、そんな、言い方あれだけどお金払えば体を触らせるみたいなの、よくないと思うんだけど」


 リナの問いかけにマリベルは唇を尖らせる。少なくとも猫耳につられてくれるのはフェイだけだと諦めつつ反論する。

 

「お母さんみたいなこと言うですね。私頭撫でてもらうの好きだしー、大抵みんな猫耳好きで撫でたがってるから、優しくて撫で撫で上手だし、大丈夫ですよ」

「まあ、親御さんの許可出てるならいいけど」

「年齢制限はあるので、それまででお願いします」

「む、それはまさか2週間後ではなかろうな」

「さすがにそれはないです。いつかは決まってないけど、敏感になるまでです」


 大人になれば敏感になる。これには個人差があるのでいつとは言えないが、平均して10から12くらいだ。今は8歳なのでまだまだ大丈夫だろう。

 マリベルにとってはお客さんをひっかけるのが楽しいし、撫でてもらって気持ちいいから一石二鳥な実益をかねた趣味なので、ぎりぎりまではやるつもりだ。


「そうか。では2週間後を楽しみにするとしよう」


 にこにこ笑うフェイに、さてどうやってよりお金を使わせようかなと、マリベルは笑顔で相槌をうちながら考えていた。








 翌日、朝からさっそく2ポイントを貯めた二人は、この街での生活を始めるにあたり、ベルカ街の中央に位置する教会へと向かった。

 長期滞在するための生活を整えるのに街を見て回ったり、衣服や用品を購入すると言うのもあるだろう。しかし冒険者にとっては収入源である教会を確認し、その街の依頼に馴れることが最も重要だ。

 ベルカ街の教会はラーピス神を信仰していた。ポピュラーな神様で、フェイの知識の中でも世界中の人に愛される神様だったので納得だ。それでもフェイとしては、少しだけ自身の信仰神の教会ではないかと期待したが。


 フェイは大気の神シューぺルを信仰神としている。しているのだが、生まれてすぐに洗礼を受けて以来、すなわち物心ついて山奥に住んで以来は1度も教会に足を運んでいない。ましてシューぺル教会がどこにあるのかも知らない。

 本来なら成人の際にも教会で再度洗礼を受けることになっている。人は二度洗礼を受けることで、改めて信徒として生まれ直すのだ。なのでできれば旅の内にシューぺル教会を見つけたいものだ。とか言って、積極的に教会を聞いて回ったり、教会を探すために旅だったりしない程度の熱心さの教徒なのだが。


 ベルカ街のラーピス教会はベルカ領の中央街だけあって大きい。アルケイドの教会も大きかったが、それよりも一回り以上大きく、中央にも祈祷室にも女神像や天使像がある。


 依頼の紙がはられている部屋へ入る。大抵の教会に言えることだが、待合室の大部屋を改造しており壁一面に依頼書がはられ、スペースをあけた反対側に椅子が並んでいるのは見慣れた光景だ。


「ほー、沢山像があるのじゃな」

「そうねぇ。あ、これ、ラーピス神の第1使徒像ですって」

「お二人さん、見ない顔だけど旅人か?」


 その入り口すぐ脇の像に注目していると、前方の椅子に座っていた男が立ち上がり声をかけてきた。目線は真っ直ぐリナを見ている。


「え、ええ。しばらく、何ヵ月かは滞在するつもりです。ね?」

「うむ。で、お主はなんじゃ?」

「俺はダビッドだ。この街は初めて? よかったら一緒にしないか? 依頼はそっちに合わせるからさ」


 にこやかに微笑む猫耳男。別に男だから言う訳ではないが、なんとなく怪しい。受けたい依頼に対して、人数が足りないのをその場で調達しようとするのは珍しいことではない。またたまたま同じ依頼をとったとか、そうして誘われるのはよくあった。

 しかし依頼も決まっていないのに、初対面の実力もわからない人間と組もうなんて、怪しい。


 フェイは不可解そうに男を見てから、リナに視線で問いかける。話しかけられているのはリナだ。リナはそんなフェイに微笑んでから、男に向かって応えた。


「結構です」


 フェイには不思議でしかないこの提案も、リナにとっては初めてではない。フェイと二人でいて誘ってくるのは想定外だが、ようは依頼にかこつけた、ナンパだ。はっきりきっぱり断るに限る。









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