第65話 幼なじみとの再会

 前回のホーロン村から一週間と、やや時間をかけて次の経由地である、ションゴ街の入り口にたどり着いた。

 ここまでは川沿いに水路を移動してきた。定期舟の世話になった。もちろん途中で定期的に止まりながら食料調達タイムはあったが、終点のションゴ街まで一気にきた。ここから先は川が別れて狭くなるので定期舟はない。2人の食料は問題なかったので、殆ど船の上にいたことになる。

 長細く、壁はないが屋根のある舟で前後に船頭が乗っていた。川なので海ほど揺れないが、それでもやっと舟から大地に降り立った二人はうんと伸びをした。


「やっとついたわね」

「そうじゃの。もう遅いし、早く宿をとらんと」


 フェイの家を出て3ヶ月ほど、約半分の行程をこなしたことで、フェイもすっかり慣れたものだ。入り口の兵に登録証を提示しながら宿屋について聞き取り、通り抜けた。

 宿屋の中を覗くとカウンターで書き物をしている少女がいた。中に入ってリナが声をかける。


「すみませーん。今晩お願いしたいんですけど」

「はい。いらっしゃいませ」

「リナ、二泊にしてくれ」

「そうね。ツインで二泊お願いします」


 ちょうど週末にあたるので、2泊とって1日は休むことにした。

 実際のところ、一週間ほぼ動いていないので全く疲れていないが、しかしそれを言うなら普段から強化魔法のおかげで2人ともただ歩くだけなら疲れない。

 冒険者を始める前のフェイでさえ、アルケイド街につくまで寝る時間以外ずっと歩いていたが問題なかった。その程度で疲れるような魔法ではないのだ。

 単純にずっと簡単な食事だったのでゆっくりと時間をかけてつくられた食事をとりたいのだ。


 宿の部屋に荷物を置き、鍵をかけてから2人はさっそく食事をとった。宿の食事はそこそこだ。


「うむ、なかなか美味しいの」

「そうね」


 しかしそう言いつつ、言葉にはださないが少し物足りなさを感じていた。美味しいは美味しいが、驚きはなくこれぞと言う目新しさがない。やはり食事専門には負ける。

 明日は別のところで食べたいものだ。そう思ってフェイが顔をあげるとリナとちょうど目があった。


「リナ、明日じゃが」

「朝から出かけようか」

「うむっ」


 今、食に関してリナとフェイの気持ちは一つになった。









 その日は早めに眠り、翌日2人は朝から宿をでた。


「何食べたい? 川魚が一番名物だけど」

「それは冗談で言っておるんじゃろうな?」

「ええ、もちろん」


 川がすぐ側であるだけに新鮮で美味しいことは確実だ。しかしそんなこと、飽きるほど知ってる。川を下っていた間、毎日魚を食べていたのだから。いい加減干し肉以外の足のある肉が食べたい。


「久しぶりだし、ちょっと奮発して良いものが食べたいわね」

「うむ。肉の塊が食べたいのぅ」

「そうねぇ」


 人によっては朝からがっつり食べられない人もいるが、冒険者の多くがそうであるように若く力の有り余る2人は違う。

 さすがに寝起きの寝ぼけ眼では無理だが、顔を洗って着替えて外に出て気分を切り替えれば、肉汁したたるところを妄想して涎を出すくらいわけはない。


「何がいいかのぅ」

「やっぱり王道のステーキとか?」

「揚げているのも好きじゃ」

「あー、確かに」


 魚の食べ方は塩焼きばかりだった。手の込んだ料理も是非食べたい。野宿でも多少煮込むくらいならともかく、時間をかけるものや、揚げ物なんてできない。


「うーん、悩むわねぇ」

「そうじゃ、いい匂いがする方へ行かんか?」

「それだ。よし、フェイ君、今こそ君の鼻の出番だ」

「よしきた! とは、ならんからの。わしの鼻が高性能とか、そんな設定はないぞ」


 フェイの一人称だが、現在のところは結局普段はわしのままで、二人きりの時だけは意識して変えることにした。これが意識しなくても変えられるようになれば、普段から使うようにする予定だ。


「じゃあその設定、追加してくれる?」

「そのような魔法もあるがな。しかしそうすると、あらゆる匂いがありすぎて、判別つかんと思うぞ」


 特定の何かを探すならともかく、不特定にいい匂いを探すなら、街で使うと逆にいい匂いが多すぎてどうしようもなくなる。


「ああ、じゃあ普通に探しましょうか」

「うむ」

「リナ?」

「ん?」

「ぬ?」


 微笑みあって、では探そうかと改めて前を向いた瞬間、背後から声をかけられて二人は振り向いた。


「やっぱり! 久しぶりぃ、リナ! 元気ぃ?」

「あ、アン!?」

「そーです。アンちゃんでーす」


 にっこりと笑顔を浮かべ、意味もなく右手人差し指と親指をたてて顔の横に持ってきてポーズを決める、リナの幼なじみがそこにいた。


「あなたリナのパーティーメンバぁ? 私、この子の幼なじみの、アントワネット・ボネットでぇす。よろしくー」

「う、うむ。わしはフェイ・アトキンソンじゃ。よしなに」

「あはははっ、変な話し方ー」


 どこか調子っぱずれのようなフニャフニャした話し方をするアントワネットには言われたくないと思ったが、さすがにフェイも口には出さなかった。


「え、てか、な、なんでこんなとこにいるの?」


 突然の再会に驚きを隠せないリナは戸惑いつつも尋ねる。


「とりあえずぅ、紹介してん。あ、てか立ち話もなんだしー、ほらほら、行くわよぉ」









 アントワネット・ボネットはリナの同郷であり、幼なじみであり、元パーティーメンバーの魔法使いだ。

 パーティーメンバーだった頃はアントワネット・ディーヘンベーガーで、平たく言えば寿退職して冒険者をやめた。行きずりの旅人に惚れられて何やかんやで結婚して、今ではその旅人の故郷で暮らしているはずだった。にもかかわらずションゴ街にいる。

 元旅人であり現夫のジェドは今は大手の商会に所属しており、商会の都合でションゴ街の店舗へと出向しているのだ。その付き添いでアントワネットもこの街で暮らしている。


「やー、それにしてもぉ、リナが男の子とパーティーくんで旅するなんてねー。うへへ」

「気持ち悪い笑い方しないでよ」


 アントワネットお勧めだと言う食堂にて食事をしながらあらかたお互いの事情を話した。

 フェイは一応登録のこともあり対外的には男の子として統一しているので、アントワネットにもそうだと説明したのだが、やはりというか邪推をされているようだ。

 昔から恋バナしかしないのではないかと言うくらい、恋バナの好きな娘だった。否定をしてもどうせ聞かないだろう。リナは訂正するのは諦めた。


「フェーイ君、フェイ君はぁ、リナ好き?」

「うむ、好きじゃ」

「へーへー、ふふふ」

「……フェイ、真面目に答えなくていいからね」

「やん。いいじゃーん。なに、嫉妬ぉ? ちょーっと聞いただけじゃんー」

「はいはい。それでいいから」

「ちぇー、リナはやっぱりぃ、からかってもつまんなーい」


 昔からの付き合いなのでアントワネットへの対応は慣れている。慌てるからつつくのが楽しいのだ。冷静にはいはいと流せばいい。

 それがわかっているのでアントワネットもさっさとリナいじめはやめることにした。久しぶりだし、長期間会える訳でもない。


「あれからどうなの? えっと、ジェドさんとは」

「前とかわらずぅ、ラブラブ、みたいな? うふふふ。聞きたぁい? ねぇ聞きたいぃ?」

「内容にもよる」

「リナ、アントワネット。昼食も食べ終えたし、わしは先に失礼させていただくとしよう」


 昼食を食べ終えたフェイは二人を置いていくことにした。さすがに話を聞いていてもつまらないし、幼なじみなら沢山話もあるだろう。フェイとて、そこまで気遣えないわけではない。


「あら、気を使わなくてもいいわよぉ?」

「いや。わしが使わんでも、お主らが使うじゃろ。宿で落ち合おう。またの」

「ごめんね、フェイ」

「構わんよ」


 フェイは申し訳なさげなリナと笑顔のアントワネットに手を振り、会計をすませてから外に出た。


 無理に話に入れてもらっても仕方ないし、どうしても手持ち無沙汰になってしまう。それに加えて、正直前パーティーメンバーでリナと仲良しと言うことでちょっともやもやしなくもない。

 そんなこと関係なくても幼なじみで、フェイの知らないリナを沢山知っていて当たり前だ。フェイとリナの付き合いはまだ半年ほどなのだから。

 今更言うまでもないことだし、それを口に出したり面に出すことはない。だが平然とにこにこ会話に加わることは難しい。親しい訳でもないのだから、席を外すのがベストだ。


「さて、どうするかの」


 お腹はある程度膨れた。特別目的があるわけではないが、宿に戻ってもやることはない。魔法書など、やることはあると言えばあるが、そんな気分ではない。気が乗らない時はやらないに限る。


「適当に歩くかの」


 もともとお昼を食べたら散歩がてら街を見て回ろうと思っていたので、その予定通りにすることにした。









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