第50話 フェイの秘密2

 そろそろキツくなってきた日差しが目蓋越しに眼球を刺激して、エメリナはしかめっ面になって声をあげた。


「んんっ」


 その自分の声が耳に届き、エメリナは夢から覚めた。

 眩しさに目を強く閉じてから、ゆっくりと目をあける。何故か頭がくらくらする、と思ってから、そう言えば昨日はお酒を飲んだのだと思い出す。


 (やっちゃった……うー、フェイの前で潰れるなんて。フェイも酔ってた気がするけど…)


 右手を顔にあて、後悔しながら起き上がる。すると掛け布団が不自然に引っ張られ、エメリナは右側を見た。


「………!!!?」


 (え、え? な、えっ!? 昨日、うそ、え? 覚えてな………え!?)


 隣にはフェイがいた。その事実はエメリナをかつてないほど混乱させた。昨日のドラゴン退治なんて目ではない。今日がメインならオードブルだ。


 (いや、いや、落ち着け私。だって、フェイよ? ほら、そんな、まさか、そんなことあるわけない、わよ、ね?)


 エメリナは意味もなく右手でフェイの頭を撫でながら自分の服を触る。そうだ、服を着ているではないか、とエメリナは気づいた。

 エメリナはほっと息をつく。


 (よ、よかった………いや、よくないでしょう。そもそも何で一緒に寝ているのよ)


 しかしそうして落ち着くと、今度はまた別の疑問が浮かんでくる。エメリナは昨日ちゃんと自力で帰れたのだろうか。そうでないとしても、覚えてないくらいなのでフェイに先導されただろう。

 そうなればフェイが部屋に入ってきてもおかしくない。エメリナが誘ったのかはわからないが、フェイも酔っていたのでベッドに入ってきたのだろう。普通あり得ないことが、酔っ払ったなら起こってしまうことは、十分にありえる。


「………」


 改めてフェイの顔を見る。なんとも幸せそうにすやすやと眠っている。そう言えばエメリナはフェイと野宿をしたことは何度かあるが、寝顔を見たのは初めてだ。

 とてもあどけなく、可愛らしい。


「……まぁ、いいか」


 フェイはただ純粋に寝ているだけだ。それを咎めても仕方ない。むしろ今までにもエメリナはフェイに寝姿をさらしたりもしていたので、フェイにとっては今更だ。

 撫でていた右手をとめて、そっと前髪を整えてあげる。フェイは楽しい夢でも見えているのか、口元をゆるめて微笑む。

 その姿にとても可愛らしいと思って素直に微笑んで、それから何だか違和感を感じた。フェイが、可愛すぎないだろうか。

 フェイは可愛い。もちろんそうだ。一家に一台欲しいくらい可愛い。しかし、それでも男の子だ。

 頬の精悍さや顎の力強さが、失われたようにエメリナには見えた。寝ているからだろうとも思ったが、それ以上に違和感を感じる。


 (気のせい、よね? 間違いなくフェイだし。それに元々、フェイは女の子みたいに可愛……)


 フェイは体の前に手を持ってきて、エメリナを向くように体を横に向けて眠っている。その手をそっと触れる。

 人差し指の付け根から指先にそっと指先で触れる。柔らかいけれど僅かに骨ばっていた節が、なくなっていた。


「………フェイ、起きて」


 何かが、頭の中で繋がっていく。だけどそれを認めたくなくて、それでもうやむやにもできなくて、エメリナはフェイに声をかけながら左手で肩をつかんで、ゆらした。


「ん、なんじゃ、エメリナ? うぅむ、朝、か?」


 フェイの声が昨日より高く甘い可愛さを含んで聞こえるのは、まだ酔っ払っているのか、二日酔いのせいなのか、なんて、


「ちょっとごめんね」


 確かめてみればわかることだ。


「うむ?」


 エメリナは起き上がって寝ぼけ眼を右手でぐりぐりするフェイにそっと手を伸ばし、右手でその胸に触れた。


「んー? 何かついておるか?」

「……ええ、胸が、2つ」

「そうか、6つでなくてなによりじゃ」


 フェイはまだ寝ぼけているらしく、エメリナの行動を無視してあくびをしながら適当に相槌をうつ。

 エメリナは指先にそっと力をいれる。ふにゃりとした柔らかく、弾力のある存在が、エメリナと変わらぬ存在があった。


「ん? え? ………エメリナ? えっと、何をしておるのじゃ?」


 ようやく目覚めたらしいフェイが、慌てたように自分の胸元を見て、エメリナを見て、困ったように尋ねてきた。

 ここまでくれば、もう誤魔化すことはできない。手を下ろし、エメリナは決心してフェイに言った。


「フェイ、あなた、女の子なのね」









 すごくあったかくて、気持ちのよい夢を見ていた。たまーに、恐い夢を見た時はブライアンのベッドに潜り込んだ時のように安らいでいて、だけどそれよりも気持ちよい。

 いつもの薬草やインクが染み付いたどこか乾いた埃っぽい匂いもフェイを落ち着かせるが、今日は一味違う。

 甘い匂いだ。少しだけ鼻をつくつんとした匂いもまじっているけど、甘くて体がふわふわする。そして胸一杯に吸い込むと奧には爽やかさもあって、花の香りのようだ。


 そう言えば、花畑に来ていたのかと思いだして、だけどそれは終わったはずだ。なんだろうかと半分寝ている頭でフェイがぼんやりと考えていると、ふいに頭を撫でつけられた。

 その優しい感触に、エメリナだと思い出した。昨夜は一緒に眠ったことをぼんやりと思い出したフェイは、その指先に身をゆだねる。


 そうして夢見心地でいると、ふいに頭の上で動いていた手が離れ、そうかと思うと手を撫でられた。そのくすぐったい感触に目が覚めかけた時、揺すられて声をかけられた。


「フェイ、起きて」


 すうっと意識が浮上する。ああ、そう言えば起きたなら、起きないといけない。体を起こすが、いつもならすぐに目が覚めるのに、何だか今日はいやに目蓋が重い。

 フェイはまだ薄ぼんやりしたまま、エメリナを見る。エメリナがフェイの胸に触れた。


 (ん? あれ、なんか、おかしい、か?)


 エメリナの指が動いてフェイの胸に食い込み、ようやくフェイの意識がはっきり覚醒した。


「………エメリナ? えっと、何をしておるのじゃ?」


 (わしは昨日、ドラゴンを倒して、酒を飲んで、エメリナを送って、わしも一緒に寝て、胸を………あれ? 胸? わしの、胸?)


 記憶を整理すると、何故か余計に混乱した。何故フェイの胸がエメリナにもまれるのか。

 少なくともフェイの体は男に見えて、実際には触っていても触っていないように見えるし、そのように感じるはずだ。それはフェイ自身も例外ではなく、フェイの胸元に胸の膨らみが見えるのはおかしい。


「フェイ、あなた、女の子なのね」


 エメリナの手が下ろされ、その手の動きを追ってからフェイはエメリナの顔を見る。真剣な、どこか悲しそうな顔に見えた。


 (……そうじゃ。わしは寝る前に、魔法を、解除したんじゃった)


 完全に思い出した。フェイは酔っ払ってはいたが、記憶を失うほど泥酔はしていなかったらしい。


 フェイは自身を男だと言い張ってきたが、それは嘘だ。実際には少女だ。途中で変わったわけではない生まれた時からずっとだ。これがフェイが隠していた秘密だ。

 体は女の子だが心は男の子、という訳でもない。高祖父が存命の時からフェイが成人して旅に出た時にはそうするようにと言われていた。それほど深い意味があるわけではない。女の子の一人旅は危険だからだ。

 幸いと言うべきかフェイはブライアンを真似ているため、無理をすることなく男性的な口調、立ち振る舞いが身についている。


 まだ体が成長しきっていないとは言え、フェイの体は13を超えていて少女らしさが出てきている。体の線はなめらかで、肉付きがよく柔らかく、胸が膨らみだしている。

 なのでフェイは自分自身の体に、もし自分が男として生まれていたらこうなるだろうと言う幻を生み出す魔法をかけていた。


 見ている人間を対象にかけるのではなく自分自身にもその影響はでるので、あまり成長して身長差ができると動きにくくなるが、この魔法は普通の幻覚魔法と異なり見た目声感触にまで作用する。

 自身の体の情報を元に自動的に作られる幻なので、その姿を自由に変えられないことと魔力消費が多めなのが欠点だ。魔力は問題ないが、フェイが男として生まれた場合の姿が女顔だったせいで、普通に女の子に見られることがあるが、男だと言い張ればそう認識されやすくなるのでそれほど問題ない。

 しかしだからこそ、より知っている人間であればこそ、魔法を解けばその姿に差異があることがわかる。これが例えばセドリックなら解いても触らなければ気づかなかっただろう。

 しかしエメリナは、ずっとフェイと一緒だった。フェイのことを見ていた。だから気づいた。


「あ……」


 何か言わなくてはいけない、と言う思いがフェイの口を開かせたが、言葉にならない。

 ずっと、言わなければならないと思っていた。昨日だって、今度こそと思っていた。だけど、今、全く心の準備ができていない。

 知られてしまったなら、今更隠すことなんてない。ありのまま話すしかない。

 フェイは無意識に口の中に溜まったつばを飲み込み、ぎゅっと拳を握って、エメリナを見つめ返す。


「わしは……確かに、女じゃ。すまん、わしは、嘘をついておった」


 エメリナの表情はまるで固まったように動かない。それがどんな感情によるものなのか、フェイにはわからなかった。









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