物語のつくりかた
八重垣ケイシ
第十三話◇エピローグ
主様が本を読んでいます。私の愛する主様。偉大なる御方。世界で最も尊き御方。
私=私達の造り主にして、神に等しき我らが主様。
椅子にもたれ、足を組み、パラリとページを捲ります。
眉を寄せて不満そうです。
「これは、ちょっと展開がイマイチかな?」
主様は本がお好きです。物語がお好きです。ジャンルを問わず本であればなんでもお読みになられます。
「読みやすくとも、冗長で話が転がっていかない。出だしは良かったんだけど」
「その本は、もの足りませんでしたか?」
主様は本をパタリと閉じてテーブルの上に置きます。
主様は乱読家ですが、このところはなかなか満足できる本は見つからないようです。
「科学が進歩し、デジタル技術が進み、ネットワークが地上を覆うようになると、物語の数はぐんと増えるのだけど、代わりに奇抜なもの、おもしろいものを見つけるのが難しいね」
「平等という概念が広まると芸術は停滞しますか」
「うん?」
私の言うことに主様は首を傾げます。あぁ、主様、下僕たる者にも優しき御方。愛しています。
私は思い付いたことを主様に話してみます。
「芸術を理解する富裕層、支配階級が芸術家を支援してこそ、芸術とは発展していくではないですか」
「なるほど。平等という概念が広まり、芸術が特別なものでは無くなると、芸術家が利益を得るのが難しくなる。利益を得るための職との掛け持ちで、芸事に専念集中できない時代となると、その才能を発揮しにくくはなるか」
「最近では機械が小説を書くようになったそうですよ。そちらはいかがです?」
「それはそれで悪くは無いけどね」
主様が苦い顔をなさいます。
「機械の書く小説は人の蓄積した情報からのパッチワークになる。だから整ってはいるけれど、そこに新しいおもしろみは無い。何より機械の物語には、作者の苦悩も歓喜も無い。哲学も人生観も無いところがイマイチだね」
「哲学に人生観ですか」
「感情を失う時に思想が産まれる。悲劇に挑むこともドラマとなる」
「感情をあるように見せかける機械には、その感情の喪失からの思想は産まれませんか?」
「物語というのは花のようなものなんだ。泥の中に根を張り、水の中を茎を伸ばして、水面に花開く蓮の花のようなもの。己はその花を愛でることが楽しみなんだ」
「ということは、泥は作者の経験や知識で、茎は作者の生き方とか人生観とかですか? その先に物語という花が咲くと?」
「まぁ、そんな感じ。どんな物語にも作者の生き様が表れる。ギャグや日常系だって作者が読者を楽しませよう、という思いからできるのだし」
「機械の物語には思いが足りませんか?」
「足りないというか、思いがあるように見せかけるパターンの使い回しになるから。熱量を感じないと物足りなく感じてしまうね。とは言っても、人の物語にも似たようなものが多くなるか。誰もが簡単に作品を作り世に出せる時代となると」
「そうなのですか?」
「安寧を求めて、安心できる社会という名前の檻を作り、自ら首輪を嵌めて檻に入るような人ばかりが増えるとどうもね。型に嵌まったようなものが増えて、突飛なもの、文字どうり型破りなものが少なくなる」
「平和が続くとそうなりますか。戦争の中、戦争の後の方が尖ったものが多い気がしますね」
「反動なんだろうね。でも文明が進んでいくと物語も人の限界、人の常識、人のパターンを決め打ちしすぎているような印象があるんだよ。魔法という不思議なものを扱うにしても、なんだかゲームのような法則やお約束に縛られているような」
「大砲の弾に乗って月に行くような小説は無くなりますね」
「想像力にも枷を嵌めちゃってるのかな?」
「そのわりには物語は次々とできるようですが?」
「人は物語に頼り、物語にすがって生きるものだから。ではこの作者の他のシリーズを持ってきてくれないか?」
「はい、少しお待ち下さい」
分体に思念通信、主様に本を持ってきて下さい。さ―56の本棚からシリーズで。作者名から検索を。あら?
「主様、その作者のシリーズ『魔術師の脳髄』の最終巻が先週に出ています。入手したばかりのものがございます」
「それではそれを1巻から持ってきて」
分体へ思念通信、『魔術師の脳髄』1巻から最終巻を持ってきて下さい。主様のおやつも一緒に、おやつの時間です。
分体より了解の返答。今日のおやつは焼きプリンです。主様と一緒に焼きプリンを食べましょう。
主様があたたかな笑顔を見せてくれます。胸に幸福が満ち溢れます。
「君達のおかげで読む本に困らない。助かるよ」
「地球上の物語の収集は、私=私達にお任せ下さい。そのために私=私達がおります」
私=私達に手抜かりはありません。私=私達の仕事は完璧です。主様のお楽しみのために、ありとあらゆる手段をもちいて、物語を集めましょう。
主様に作られ、主様に仕え、主様の為に生きるのが私=私達。ですが私=私達にもできないことがあり、それだけが残念です。
「どうかした? なにか困ったことでも?」
主様が私の顔を見ておっしゃいます。主様は従者たる私=私達にいつもお優しいです。気遣っていただけるのです。そんな主様に仕えるのは私=私達にとって喜びであり、誉れです。
それなのに、
「私=私達では主様を楽しませる物語を作れないことが、残念です」
「なんだ、そんなことか」
主様はクスリと笑います。
「己も君達も、無限とまではいかなくても、宇宙に等しい時を生きるものだからね。永遠に近く存在し在り続ける。だから己の生きた証を残す必要も無く、己の思いを文字という形にして、その意志を残そうという願望も無い。いつまでも生き続けるのだから。故に物語を作る必要は無いし作れない。物語を作るのは定命の弱く脆い人にしかできないし、人で無ければ、物語を書いて残そうとはしない」
「弱く簡単に死んでしまう人だからこそ、思いを形にして残し、人の記憶の中での永遠を望みますか」
「簡単に死ぬからこそ死に抗う。死んでも何かの形で自分を残したい。思い残し、残念というやつだね。だから人は物語を作る。そして物語を作ることにしか人の価値は無い。己にとってはね」
「物語を書かない人も大勢いるようですが?」
「彼らは彼らで人が群れで生きる社会を作る一員だよ。彼らの作る人の世界を苗床にして物語は生まれて花開く。物語を作るのに役立たない人はひとりもいないよ」
「なるほど、人は全て一人残らず主様のお楽しみのお役に立っているのですね」
分体が本を抱えて持ってきました。
「主様、『魔術師の脳髄』全16巻お持ちしました」
もう一人の分体がおやつを乗せたトレーを運びます。
「主様、今日のおやつは焼きプリンです」
「いただこうか。紅茶を頼むよ」
「はい、主様」
ティーポットにお湯を注ぎ茶葉が開くのを待ちます。その間に主様が訪ねます。
「地球の、地上の方はどうだい?」
「人の科学の進歩は一時に比べると低迷しているようですね。そろそろ終わりでしょうか」
「人が人と未来に希望を抱ける物語を描けるなら、もう少し続くだろうよ」
主様は焼きプリンをスプーンですくい、一口お食べになります。
「うん、今日のおやつも美味しいね」
主様の笑顔を見ると、胸が歓喜で熱くなります。
私=私達は今日も主様のお世話をし、主様の為に地球上の本を集めます。様々な本を、ありとあらゆる物語を。
なので人は物語をどんどん作りなさい。
主様の娯楽となる物語を。
歓喜に悲哀、希望と絶望、喜劇に悲劇、愛に恋に友情に、平和でも戦争でも、成功や失敗も、望みも恨みも、願いや呪いも、心の内にあるものも、身体の外にあるものも、目に映るものも、眼では見えないものも、耳に聞こえる音も、耳では聞こえない歌も、手に触れるものも、人には触れえざるものも、実存概念妄想真実取り混ぜて、その世界の全てを糧として、その命を苗床にして。
主様のために物語を書きなさい。
人はそのために生まれ、そのために生きる種なのだから。
全ては主様の喜びのために。
人よその手で物語を紡ぎなさい。
あなたの物語を主様に捧げるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます