第二話 友達ゼロ人。(平穏)

 一か月が経った。

 今日も晴れである。


 いや、そうでは無くて。

 一カ月——より正確には一か月と七日が経過したが、未だに友達は出来ない。

 何でや。


 クラス内ではすでに友人グループが形成され、小耳に挟んだところによると、ゴールデンウィークにテーマパークへと足を向けたリア充さんも居るらしい。

 その間、俺は家でライトノベルの新刊を読んでいた。何だこの差は。


 まぁ、なってしまったものは仕方がない。

 一念発起してもボッチは脱却できない。

 許容も大切なのだ。


 そんな憂鬱な高校生活の滑り出しの中で、唯一の光明と言えば、席替えしたにも拘らず、主人公の席から移動することがなかった、と言う点か。


 お陰で体育の日には他クラスの女子を存分に視姦——げほんげほん、怪我をしないか見守ることが出来る。


 ちらりとグラウンドへ視線を向けると、そこでは先輩と思しき女子生徒たちが野球か何かの授業を行っていた。


 その中に一人、ずば抜けて美人の姿がある。長い黒髪をたなびかせる、凛々しい顔立ちの女子。

 常にみんなの前に立ち、指示を飛ばしている姿からリーダーシップ溢れる女性なのだろう。


 是非とも養われたい。

 漫画とかで冴えない男子に言い寄って来るお姉さんキャラみたいなのが居るけれど、そんな感じ。


 きっといつもはビシバシとしっかりしていて、でも実はちょっと抜けている、みたいな。


 妄想がはかどるな。

 特にその巨乳は母性の象徴と言えるだろう。

 動いて熱いのかジャージを脱いだ彼女は、グラビアも真っ青なナイスバデーだ。


「……ぁの」


 頬杖を付いてそんなことを考えていると、何か声が聞こえてきた。

 今は授業中。そんなことがあるのか。


「……あの」


 おい、誰か呼ばれてるぞ。返事してやれよ。


「えっと、あの……佐藤君」


 佐藤、佐藤だってよ。

 佐藤君よぉ、さっさと返事してやれよ。

 ……。


「あ、はい」


 声のした方に振り向くと、先日の席替えで曽根川さんと入れ替わりでやってきたお隣さんが、そこには居た。


 サイドテールをぴこっと揺らし、どこか落ち着いたような、それでいて気の弱そうな女子だ。


 可愛い、が曽根川さんほどじゃないな。


 ……曽根川さん。

 思えば一度も喋っていない。


 いや、一回だけ勇気を振り絞っておはようの挨拶をお伝えしたことがあるが、向こうは聞こえなかったのか一瞬訝しげな表情をしただけだった。悲しみ。


 しかし、彼女とはちょっと変わった縁もあったので、今のところ一度も話したことは無いけれど、まだ諦める必要はないだろう。

 何を諦めるかだって? お友達になるのを、だよ。


 っと、曽根川さんは良いんだ。

 そうじゃなくて今は隣のサイドテールちゃんの話を聞かなくては。


 何気にクラスメイトに話しかけられたのって初じゃんね。嬉しみ。

 この一か月、一度も言葉を発していない、などということはもちろんない。


 班を作ってと言われたときはご近所さんと言うことで来栖君と班を組んだ。

 一言二言お喋りもした。

 とてもクールだった。以上。


 それで、サイドテールちゃん——阿知賀あちがさんはいったい何の用なのだろうか。


「あの、これ落としましたよ」


 言われて差し出されたのは紙。

 授業の最初に配られたものだ。

 巨乳センパイが怪我しないか見守ることに集中していたため全く気が付かなかったぜ。


「あ、あ、ありがとう」


 何故二回も「あ」を言うんだ。


 こう、心の中ではちゃんと喋れているはずなのに、声に出すと変にどもっちゃうのどうにかしたい。

 吃音症ではなく、ただただコミュニケーション不足なだけな為にその想いは倍プッシュ。


 おかげでお隣の阿知賀さんも苦笑い。

 無表情でジト目気味な彼女が苦笑いとは言え口元を歪めてくれると、なんだか嬉しかった。


 これあれだね、『この子、俺のこと好きなんじゃね?』現象の、超小さいバージョンみたいな感じ。


 あれって何なんだろうね。

 絶対ないって分かってるのに、妄想が超はかどる。

 具体的には告白される妄想までは普通にする(されるってところに童貞ポイントが溢れてるな)。


「授業、ちゃんと聞かないとだめだよ」

「あ、あぁ。そうだな」


 それっきり、阿知賀さんは前方を向いてノートを取っていた。

 俺も前を見て、黒板に書かれた白い文字を目でなぞる。


 ……。

 まぁ、全部わかるからいいか。

 欠伸を噛み殺し、頬杖を付いて横目でグラウンドを眺めた。


  †


 四限目の授業を終えると昼休みに入る。

 入学当初は何処に赴くのも躊躇いが生じていたが、今はそんなことは無い。

 だって教室って居辛いじゃんね。


 周りのクラスメイトがお互いに机を付けて談笑している中、ボッチな机でパクつく昼飯程不味い物は無い。むしろ気まずい。


 という訳で、ボッチは早々に退散しなくてはならないのだ。


「あ、佐藤君」


 菓子パンの入ったコンビニ袋を片手に、最近見つけたベストプレイスに向かおうとすると、背中に声を掛けられた。

 今度はすぐに反応できたぞ。


「は、はい。何ですか、あ、阿知賀さん」


 振り返り声の主に聞き返す。


「机、借りていい?」


 見ると彼女の横には女友達と思しき女子生徒。ふむ、なるほど。俺のことが好きなんだな?

 などと益体の無い妄想は置いといて、別に構わないのでニコッと笑みを浮かべて答える。


「ど、どど、どうぞ」


 完璧だな。

 佐藤景麻はクールに去るぜ。

 引きつった笑みなんかまったく視界に入ってないぜ。ぴえん。


 一年生の教室は三階にあり、その廊下を進むと非常口が見えて来る。

 先日、教室に居辛くなった俺が発見したベストプレイスはここだ。


 非常口を開けると、そこには非常階段。

 屋上へ続く階段は閉鎖されているが、下に行く分に問題は無い。

 三階という高所である都合、ここからはある物を見ることが出来る。


 それすなわち——海、である。


 桜越高校は前方を桜並木、後方を海に囲まれた、まさに最高の景観の所に位置しているのだ。


 これを見ながら食う飯がまた美味い。

 見なくても美味いけどね。

 ここを見つけるまではもういっそ、便所飯でも敢行しようか、などと考えていたが、あそこ超絶臭い。食事なんてできたものでは無い。


 やっぱ外だわ。


 潮風が鼻腔を擽り、頬を撫でる。

 それを浴びながら、パンを齧り、缶珈琲に口を付ける。


 友人知人と昼食をとることが青春なら、これは何というのだろう。

 碌に友人知人が居らず、話した女子は顔が引きつる。

 まさに青春敗者であるところの俺であるが、何だろう、この充足感は。


 珈琲を一口。

 ほぅ、と息を吐き、空を見上げる。

 本日も晴天なり。

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