第3話 嫉妬
クラスで見ても学年で見ても、学園全体およそ千人単位で見ても、青に友達はいない。
あやめの同級生であれば、野良猫を可愛がるように先輩たちが声をかけてくるが同い年となると挨拶すらもない。
よくも悪くも青は金持ち上級生のお付きの者なのだ。カラオケに誘っても、ファミレスに誘っても来ることはない。共に時間を過ごすことのない同級生と関わるメリットは彼女たちにはない。
だからと言って青が困ることはない。体育の授業の二人組だって、あぶれたら先生とやるか三人組にされるのかのどちらかだ。
「帳」
先生が授業中に青を指名するのは大体難易度の高い問題。青も期待に応えるように模範解答をチョークで書き綴る。
――そっか、わたしの名字は帳か。
いつも下の名前でしか呼ばれないから、指名される度にそんなことを考える。
「名字なんていらないのに」
昼休みにぼそっと一人言を呟いたって、誰の耳にも届かない。いっそのことSNSに投稿した方が人の目に触れる気がする。
今頃あやめは友達とお弁当を食べているのだろう。
青は、机の上を空にしてから教室を出た。
「青ちゃん。どうしたの、京条さん?」
すると、青いタイの生徒が渡り廊下のところで話しかけてきた。彼女の名前は分からない。でも顔は何度も見たことがある。
「いや、そうじゃないです」
特にやることもなく校内を一人でお散歩してましたと言ったら、どんな反応をするだろう。
「青ちゃんって京条さんと一緒に暮らしてるんでしょう?」
名前も知らない彼女が青のことを「青ちゃん」と呼ぶのは、きっと青の名字を知らないからだ。
「家でも京条さんってしっかりしてるの? それとも案外だらしないところあるの?」
だらしないどころかパンツさえも他人に穿かせてもらってるなんて事実を公表したら、明日から命はない。
「ちょっとわがままなお嬢様になるだけですよ」
本当か嘘か分からないような作った笑顔で答えた。
「へー想像つかないね」
名前も知らない上級生は「引き留めてごめんね」と言ってクラスに戻って行った。
――ここからあやちゃんのクラス見えるんだ。
休み時間は残り二十分ほど。また誰かに声をかけられても嫌だと思い、図書室で時間を潰すことにした。
「今日さ、内田さんと話してたでしょ」
おやつの手抜きレモンケーキを口に運んでもらいながら、あやめが聞いてくる。
「? 内田さんってどちら様です?」
「廊下で話していたショートカットの人」
「あぁ……あの人」
「青はなんだかモテるよね」
「なんですか、いきなり」
友達がいないどころか、一日ほとんどあやめとしか話さないのになぜそんな話になるのか分からない。
「クラスでも「青ちゃんって可愛いね。どんな子なの?」ってよく聞かれる」
「それは話の種がわたししかないからですよ」
「で、何の話をしてたの?」
「あやちゃんって家でどんな人なのって聞かれました」
「で?」
「わがまま娘ですって答えましたけど」
「風評被害!」
「じゃあ自分で食べてくださいよ」
「これは青の仕事でしょ」
「わたしの労働条件って、よくよく考えると結構ブラックだと思うんですよね」
「じゃあ辞める?」
「辞められたら困るくせに」
「私は困らないけど、青が困るんでしょ」
「……そうですね。飢え死にはしたくないです」
「まぁ契約条件に契約期間は死ぬまでってあるから」
「その契約書もほとんどひらがなで書かれてますけどねー」
こっそりとレモンケーキを一口自分の口に放り込む。もう少し砂糖を多めにしてもよかったかもしれない。
「……来年はあやちゃん卒業しちゃうし、ついに一緒にいられなくなるのかな」
「都内の大学行くよ?」
「さすがに毎日送り迎えできないよ」
「飛び級してきて」
「日本じゃ無理です」
「二人で外国行く?」
「二年くらい待ってくださいよ。ちゃんと家のことはしますから」
「でも学校での青の様子分からないでしょ」
「今だってクラスも違うんですから。ちょっと前までは校舎だって違っていましたし」
やけに食い下がってくる。いくらレモンケーキを口に突っ込んでも止まらない。
「何かあったんですか?」
「……進路希望調査もらって」
「もらうと無駄に学生が悩むやつですね。前から何度も配られているじゃないですか。進路だってもう決まってますし」
「青は高校卒業したらどうするの?」
「奨学金で大学はいくつもりですよ。あやちゃんがまだ必要としてくれるなら雇ってもらいますし、そうじゃないなら何かしら仕事探しますかね」
「やりたいこととかないの?」
「ないですよ」
できるなら、このまま近くにいるだけがいい。
「青」
レモンケーキの味が残る唇が重なる。いきなりのことで、フォークが音を立てて床に落ちた。
「……食べ終わってないのに早くないですか?」
「私が契約辞めるって言ったら出ていくの?」
「不法滞在はできないですよ」
もう一度唇が重なった。離そうにも両手で頭を抱えられたので無理だ。
「確かに青は私のものだけど」
その先は――聞きたくない。
「あやちゃん」
目の前にある黒い瞳。
「わたしはちゃんとあやちゃんのものだから」
冷えた手を外させて、落ちたフォークを拾う。
「フォーク、新しいものにしますね」
「もういらない」
「後で食べる?」
「いらない」
「そう。片付けますね」
一番嫌な仕事は、自分で作ったものを自分で処理することかもしれない。
「今日は一人でお風呂入るから」
「一人で平気ですか?」
「平気だよ!」
怒って扉に八つ当たりをするくらいなら、最初から全て一人でやってしまえばいいのに。
――わたしと違って、あやちゃんは何でもできるのに。
「嘘つき」
残ったレモンケーキは、やっぱり砂糖の足りない味だった。
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