小袋逸聞 -Bloody Codpiece-

深川夏眠

第一の手稿


 五月になりました。庭園の深紅の薔薇は瑞々しく、競い合うように美しさを誇っております。もちろん、秘密の花園です。その卓越した見目形と芳香が人心を惑わすとて、教会によってタブー視されているからですが、城主は修道院に寄進する見返りとして苗を手に入れ、園丁に世話を命じましたので、コフレット城の赤い薔薇と言えば、一部では公然の秘密という意味が罷り通っているくらいです。

 間もなく、お子さまたちのお誕生日がやってまいります。コンスタンス様とコンスタンティン様は十二歳になろうとしています。もう誤魔化しは効きますまいが、発案者であるちちぎみロッド卿は、いつをなさるおつもりか、一向に素振りをお見せになりません。当のご本人たちも、どこ吹く風といった調子で、家政婦長ハウスキーパーのわたくし一人が気を揉んでおります。

 ああ、胸に留めておくのが辛い。もう限界です。忌憚なく申し上げます。コフレット城の双子は性別が逆。ロッド卿は女のお子さまを男児として、男のお子さまを女児として育てるよう命じられたのです。事情を知っているのは、わたくしども養育係と、お抱え医師であるジャック・ロンフルマン先生だけ。

 お世継ぎである男のお子様にドレスを着せ、髪も長くして、ある程度の年齢までは女の子であるかのようにお育てするケースは、珍しくありますまい。魔除けの意味があるだけでなく、暗殺防止の役にも立つからです。しかし、それならば、双子の女の子が生まれたことにすればよかったのではないかと、わたくしは愚考します。お誕生時に、お身体が少し大きく、より激しい産声を上げた元気旺盛なコンスタンス(体面上は男児コンスタンティン)様をご長男、弱々しかったコンスタンティン(体面上は女児コンスタンス)様をご長女として養育しようと発案されたのは無論、ロッド卿でしたが、なまじコンスタンス(体面上は男児コンスタンティン)様が並外れた運動能力を発揮され、乗馬も剣術も師範が舌を巻く上達ぶりでしたので、お二人のお立場を本来の状態に戻す機会を逸してしまわれたのでした。

 ですが、コンスタンス(体面上は……以下略)様の胸乳むなぢいまだ硬いながらも着実に膨らみを増し、一方、コンスタンティン(略)様はと言えば、武術には一向に興味を示さず、日がな一日、大鏡の前でお召し変えを繰り返しては侍女に髪をくしけずらせ、ご自身の美貌に溜め息を漏らすありさま。しかし、そろそろハイカラーのドレスでも喉仏の隆起をカモフラージュ出来なくなる日が訪れそうです。

 奥方のクレヴィス様は、お二方のお誕生日のつどいに、各々が普段と逆の装束で登場し、以後、本来の姿を貫けばよいとお考えだったようですが、ロッド卿がお認めにならなかったそうです。コンスタンス(略)様が立派な武人として成長なさるのを期待していらっしゃるらしいのです。とはいえ、物事には限度がございますし、また、少女としての暮らしに馴染みきったコンスタンティン(略)様が新しい生活に対応できるや否や……。


                   あなたを信頼するアン=マリー・クール

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