第2話 思案

 よく研いだ刃のような女だった。

 いや、冷たい光を纏う女だった。


 翌日、チャドは別の商家の館で主人の股ぐらを計測しながら思い出した。

 帽子の隙間から見えた髪は茶色で瞳の色は青がかっていたと思う。青灰色のリネンの服に白いエプロンをつけていた。中肉中背で年は二十を越えていそうだった。


「縦開きにすると、用便の時に取り出しやすい」


 頭上から降ってきた声にチャドは我にかえった。

 見上げると、腰掛けた齢六十になるこの館の主人がチャドを微笑んで見下ろしていた。主人は膝関節痛のため、最近は椅子に座った状態が多かった。


「間に合わずに濡らすことが減った。ありがとう」

「……今回の仕様もそのようにさせていただきます」


 主人は年齢のためか尿漏れがひどくなり、コッドピースを濡らして臭わせることが多くなった。チャドは通常は上から手を差し入れるポケット仕様のコッドピースを、縦に切れ込みを入れた形で前回仕立てたのだった。


「もう、幾つになる」

「来年で四十に」

「そうか。ついこの間、父親と来たお前はまだ子供だったのにな」


 主人は父の代からの顧客だった。


「月日の経つのは早い。わしも、張型の代わりに匂いポプリを詰めねばならぬようになるわけだ」


 チャドは子供の時、この主人のコッドピースから転げ落ちた鉄製の張型を拾いあげたことがあったのを思い出し、思わず微笑した。


「まだ嫁はおらぬのか」

「はい」

「そろそろ、貰っても良い年だろう」


 その言葉を聞いた瞬間、チャドは稲妻に打たれたかのように手を止めた。

 そうだったのだ。

 分からなかった謎が突如解けて、まっすぐとした道が目の前に広く現れた様にチャドは昨日のように硬直した。


 主人がチャドの様子に気付き見下ろした。


「どうした」

「いえ。……今回はコッドピースと同じ生地で匂い袋も併せて作成いたしましょう。水を吸いやすいように中身の材料を考慮いたします」


 チャドは作業を再開したが、心はその場になかった。



 顧客の家を出た後、見上げた空は青かった。チャドはその足で新居を探した。川沿いの場所で部屋が一つ空いたばかりの長屋を見つけた。大家と話をして、その日は済ませた。




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