第3話 舎弟に囲まれました。助けて下さい!
新居での生活がスタートして数日。
彼女の人なりや私生活が少しだけ垣間見えた。
「おはようございますヒビキさん!」
「よーし、いい挨拶だ。さっさと顔洗ってきな」
まず、彼女が起きるのは僕が起きる一時間前らしい。起きると朝食作りを開始する。伯爵家ともなると使用人やメイドもいるのだが、基本的には家事は自分でするというのが彼女なりのやり方だとか。
なのでこの屋敷には基本的に僕と彼女の二人だけだというのでドキドキする。……助けがいないという点で。
「いただきます」
メニューはおかずにサラダ、米と味噌汁。週一くらいでパンが出る日がある。
ご丁寧に台所に一週間分のメニューが貼ってあるくらいだ。
今までは朝食を食べなかったり、食パン一切れで済ませていたのだが、怒られた。
朝からしっかりした食事をしないと力が入らないだろうが! って。凄い怖かった。
「味はどうだ?」
「はい。今日も美味しいです」
ふっ、とマスクの下で笑い声が聞こえた。
あれだけ野蛮な人の料理だからそれ相応の味なのかと思ったが、普通に美味しい。
王城で料理人が作ってくれたものに比べると簡素な感じがするが、あちらは数日で胃もたれして飽きるのでこちらの方がいい。ついでにお弁当も用意してある。
昼食は毎日学食を食べていたのだが、彼女は許してくれなかった。舎弟の人達の分を作るついでだとは言っていたけど、正直申し訳ない。
「食べ終わった食器はそのままでいいよ。アタシは準備できてんだ。ハルはさっさと着替えて登校の準備しな」
食後の片付け、洗濯、掃除までこなす彼女には感服する。もちろん、時間がない時や屋敷全体となると使用人の手を借りる。
自身に戻って制服に着替える時もシャツのシワは伸ばしてあるし、靴も磨いてある。文句なしである。
準備をし、二人揃って家を出る。最初は彼女の舎弟たちが毎朝迎えに来ると言っていたのだが、それをもの凄い剣幕で彼女が断ったのだ。
人を始末するのを他人には見られたくないということなんだろう。
「押忍、姉御・アニキ!」
校門を潜れば最近は顔馴染みになった人たちが列を作って待っている。
「「「「おはようございます!」」」」
「おっす」
家にいる時は僕の近くにいて機嫌が悪そうな彼女だが、舎弟たちに囲まれると気が楽になるのか、目尻が下がって肩もほぐれるようだ。
僕も同じで緊張が解ける。学年が違うため昼休み、放課後以外は解放されるからだ。
「今日はアタシ用事あっから、次は放課後な。一人で先に帰ったりすんじゃねーぞ」
「もちろんですよヒビキさん。あはははははは」
よし。久々に一人でゆっくり昼休みを過ごせるぞ!
♦︎
なんてことはなかった。
「アニキ、今日は姉御の代わりに自分らとたべましょうぜ」
教室を出て校舎裏の庭園で食事しようとしたら舎弟の人達に囲まれてしまった。
拒否できるわけもなく、彼らとランチタイムに突入する。
「しっかし、アニキは羨ましいなぁ。姉御が家事やらなんやら全部してくれるんでしょう?」
「まぁね。こうしてお弁当まで作ってくれて感謝してるよ。ヒビキさんはみんなの分のついでだからって言うけどね」
「えっ………嘘でしょアニキ」
坊主頭に刀傷の後輩くんが固まる。その隣のリーゼントの同級生もだ。
「どうしたの?」
「まさかとは思いますけど、アニキは俺らの弁当と兄貴の弁当が同じだとか思ってないですよね?」
「違うの?」
「見てくださいよこれ!」
後輩くんが差し出してきたお弁当はサンドイッチが半分、もう半分は唐揚げやゆで卵、サラダなど数種類のおかずが入っていた。
一方、僕の方は後輩くんのよりも種類が多く、食後のデザート代わりのウサギカットのリンゴまで付いていた。
「全然違うね」
「当たり前じゃないですか! ただの舎弟と自分の旦那の弁当を同じにする女なんていませんよ。この弁当だってアニキが来る前はサンドイッチだけだったんですから」
それだけでも嬉しかったからおかずも増えて幸せだぜー! と舎弟たちは言う。
「いやいや。それじゃあまるで僕だけが特別扱いされてるみたいじゃないか」
そう言うと、再びの沈黙。
「本当にまさかとは思いますけどよぉ、アニキは姉御から何か感じないんですか?」
「もちろん感じてるよ! 苛立ちとか殺意とか敵意とか〜」
「…………マジかよアンタ」
あれ? 周囲の気温がグッと下がったけど、もう冬を通り越して春になるよね?
「これは姉御から口止めされてたから言わなかったですけど、言わせてもらいますぜ」
僕の両肩を掴んで、何かを決心した様子で後輩くんが話す。
「アニキはもうちょい、姉御から好かれてるって自覚した方がいいですぜ」
……………………………………………………………………………………………………………はい?
「誰が? 僕が? ヒビキさんに? 好かれてる?」
「普通に考えてみてくださいよ。姉御の性格ですぜ? 気に入らないなら最初から殴り殺されてますって。それなのに同棲とかしますか?」
だってそれは家と家の縁談で、国王である父が決めたことだから逆らえないとかじゃなくて?
「飯の準備や掃除だって面倒なことを自分から進んでやりますか? シワ伸ばしとか靴磨きなんて好きでもなけりゃしたくなんてないですよ」
う、うん。そこは僕も変だとは思ったけど、彼女の実家のやり方ならそれが普通なのかなぁって。
「オマケに登下校は二人きりでなんて姉御の可愛らしいところじゃないですか」
それは僕を見張るためで、腕を掴んでいるのも逃げられないようにするためだと思ってた。
「それに学園に着いてアニキと別れる時の悲しそうな姉御の顔。あんな顔は今まで見たことなかったですぜ」
「え? でも、別れた後はリラックスしてたみたいだけど?」
「そらそうですよ。好きな人と一緒に過ごして、一緒に登校して、ずっとドキドキしてたんですから」
嘘。嘘だ。みんな僕を騙そうとしてる。
………うっ。なんだかもの凄い罪悪感が胸に押し寄せてくるんだけど。今までの行為や叱責も僕のことを思ってだったの?
「まぁ、自己評価の低いアニキのことだから気づきにくいとは思いますしたけど、ここまでくると姉御の態度にも問題がありそうだぜ。ツンデレ、ここに極まれだ! なぁ、みんな」
他の人達もそうだそうだ、と頷く。
もしかして、もしかすると僕はとんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。実は血も涙もない恐ろしい悪役ではなく、ただ単に素直になれずに不器用にしか接することのできない子だと考えればどうだ?
弁当を作ってあげてる舎弟達はみんな家庭に余裕がない人ばかりで、少しでも助けになればと用意してあげたり、地位の高い貴族たちから一般生徒を守るために自分が前に出たり、問題ある生徒が退学にならないように舎弟にして更生させたり……。
「ヒビキさんってもしかして思いやりのあるいい人なのか?」
「その通りですよアニキ! 姉御は俺らにとっての女神様みたいなもんでさぁ」
どんな顔して放課後の彼女に会えばいいんだよ!!
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