第2話 兄と悪役令嬢
こうして、僕と彼女の同棲生活がスタートした。
場所は学園近くの二階建て一軒家。このためだけに用意された。
居心地の良い我が
「お、おはようヒビキさん」
城にあった部屋より狭くなった自室を出て、リビングのある一階に降りると、既に改造制服にマスクの彼女が仁王立ちしてた。
「おっす。寝坊とはいい度胸だな」
「ほら、今日は午後しか授業がないからゆっくりしてたんだけど……」
「早寝早起きが基本だろうが!!」
木刀がソファーに叩きつけられる。
「ひいっ! すいませんすいません」
「謝る暇があったらとっとと顔洗ってきやがれ!」
「はい、今すぐに!!」
家の中でも木刀は装備するんだ……。多分、逆らうと命が危ない。
状況打破できるまでは彼女の言う事に従おう。
♦︎
学園に着くと、大勢の生徒が頭を下げた状態で待っていた。みんなの目的は僕ではなく、隣を歩く彼女だった。
王子だからあまり目立たないようにしていたせいで気づかなかったけど、この学園の三割近い生徒が彼女の仲間・手下だとか。……一体、何を目指しているんだろう。自分の平穏と安寧のため、僕はとりあえず彼女の情報を片っ端から集めた。
まず彼女が従えているのは爵位の低い貴族や一般市民の生徒たち。その中でも忠誠心が高いのは不祥事や暴力事件を起こした事のある問題児たち。
一方で、地位のある貴族令嬢たちとは溝が深く、貴族派閥との仲は最悪。
……貴族側の人間である僕に馴染みがないわけだ。令嬢たちが参加するお茶会にもほとんど出席していないとか。
貴族なのに貴族らしく振る舞わず、逆に爵位の高い令嬢達と喧嘩し、不良たちを連れ回していることから彼女につけられた通り名が、『悪役令嬢のヒビキ』だそうだ。
何か違うような気がしなくもないけど、大体はそれで通じるとか。
あと、意外なことに彼女の学年は一つ下だった。
三年制の学園で僕は二年、彼女は一年。余談だけど僕の兄は三年にいる。
もうすぐ春の卒業式を迎えるとはいえ、だったの一年でここまでのし上がるのは一種の才能かもしれない。
「押忍。アニキ!」
「姉御をよろしく頼みます!」
「「「押忍っ!!」」
ほら、こうやって彼女を慕う連中が僕に挨拶なんてしてくるしね!!
頭を整髪料でガチガチに固めてたり坊主頭で刀傷のある生徒たちが近寄ってくる恐怖。
「僕に安らぎの場所をくれ」
「ここは俺の休憩所だ。お前は来るなと前にも言ったはずだ」
場所は変わって学園内の貴族の生徒しかこれないサロン。その中でも王家か認められた一部の生徒しか入室を許可されない部屋に僕は逃げ込んだ。
「そう言わないでくれよ兄上」
普段なら自前の研究室か図書館に閉じこもる僕だが、今日だけはこの絶対に近寄らない場所にきた。
「はっ、ろくでなしの分際で気安く兄と呼ぶな」
この部屋で一番大きなイスに座っているのが僕の兄で王位継承権第一位だ。僕が苦手な人ランキング元一位でもある。
我儘、傲慢、職権濫用etc。産まれた順番が最初という理由で甘やかされてきた結果がこれだ。王にするにはいささか問題が多いが、多少強引な方が国政の舵が取りやすいし、周囲に優秀な人間を集めてフォローさせれば大丈夫だろうというのが今の流れだ。
「いいか。次期国王である俺に対してお前は所詮補佐。能力も人望も俺の方がある。流れる血が同じだけのスペアでしかないんだよお前は」
「うんうん。そうだねー」
愉悦に浸った顔で自慢してくる兄を受け流す。十数年も罵倒され続ければ耐性だって着く。反論せずに聞き流せば満足するんだから。
「そして俺はモテる。呆れる程にな。どいつもこいつも俺に求婚してくる始末だ」
「そうだね。兄上は顔はいいし次期国王だしね………本当にモテるよな」
くっ。羨ましくなんかないんだ。こんなのに負けてるなんて悔しくなんかないんだ。
「おかげで、まだ正式な妃になる相手が決まらないとは俺も罪作りな男だ」
父が頭を抱えてる理由がこちら。兄は非常にモテるのだが、求婚してきた女性数人と関係を持っている。最初は婚約者がいたけど、新しい相手が見つかると婚約を破棄して次の相手に乗り換えたりを数度繰り返している。
相手からしたらたまったもんじゃないかと思えば、後始末だけは手を抜かない。王子である地位を使って口封じしたり、金を握らせたり。相手の貴族の中には一夜の間違いで子供さえできれば! と考える者もいるとかで、これがそのまま僕の女性苦手意識にも通じてる。
しかし、背に腹はかえられぬ。彼女の気に触れて
「しかしきっと、俺に相応しい相手が見つかるはずだ」
「もちろん、父上が用意した公爵家の令嬢だよね?」
「いや。あんなつまらない女ではない。もっと俺に吊り合うような女がいい」
あっ(察する)。これは父や宰相の苦労と努力が消え去る最悪のパターンだ。
「自分の地位に自惚れ、厚化粧や着飾ることにしか興味のないつまらない貴族ではなく、そうだなぁ。最悪は庶民の中からでもいいかもしれない」
王家って周囲の貴族たちに支えられてるって知ってます?
そんなことすれば兄が玉座に座る頃には誰もフォローしてくれないぞ。
しかも、現在縁談が進んでる公爵家は父が頭を下げて交渉したのに、その面子まで潰しちゃうとな。
トントン。
何か注意でもしようとした時、サロン部屋の扉がノックされた。
「誰だ。ここは王家専用の個室だ。関係者以外は立ち入り禁止だし、俺は誰も呼んでいないぞ」
「なら問題ないな。アタシはその関係者だ」
扉を開けて入ってきたのは奇抜な不良スタイルと呼ばれる格好の悪役令嬢だった。
「誰だ貴様。知らん顔だな」
「アタシはそこでコソコソ隠れようとしてるもやしの婚約者だ」
ひっ、ソファーの後ろに隠れたのにバレてる!
「ほぅ。貴様が愚弟の婚約者か。……くっくっくっ、親父も面白い相手を選んだものだ。傑作じゃないか、能なしの弟にこんなアマゾネスのような奴を当てがうなど」
「その言葉、アタシを悪役令嬢のヒビキと知ってのことか?」
「貴様こそ次期王に向かってその口はなんだ。不敬罪で牢に入れてやってもいいんだぞ」
あわわわわ。新旧の苦手一位が睨み合ってる。ど、どうすれば……
「ちっ。アタシはそいつを引きづり出しに来ただけだってーの。それさえ済めば喜んで出て行ってやんよ」
「そうか。ならさっさと愚弟を連れて去れ。目障りだ」
意外にも先に目を逸らしたのは悪役令嬢の方だった。もちろん、逸らした先には苦笑いの僕がいるんですけどね。目が合って怖い。
制服の襟を捕まえられ、連行される僕。少しはトレーニングしてるつもりだったけど、彼女にずるずると引きづられる形で兄のいたサロンを後にした。
しばらく進み、貴族御用達エリアから離れたところでやっと解放してもらえた。
「ったく、授業終わって迎えに来てみりゃどこにもいねー。舎弟に聞いたらサロンに逃げたとかどういうつもりだ?あぁん?」
「はい、すいません。兄に用事があったのでサロンに行ってました」
流石に君から逃げるためだよとは言えない。言ったら殺される。
「それならアタシに言ってからにしな。あそこはロクでもない連中しかいないし、アタシの目も届かないんだからよぉ」
つまり、僕をいつでも監視下において調教してやるよって意味ですね。わかります。
「テメーを探すのに時間かかっちまって予定がパーだ。ほら、帰んぞ」
こうして僕は彼女に腕を拘束されて新居に帰ることになった。
くっ、僕に自由はないのか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます