第3話 美人親子の大喧嘩

 看板娘のレナから地図を受け取ったザイン達は、それを頼りに白百合聖騎士団の宿舎へと向かっていた。

 レナが書いてくれた地図は簡易的なものではあったものの、目印となる建物や曲がり角の特徴を的確に捉えていた。

 そのお陰もあって、ザイン達は迷う事なく目的地である宿舎の近くまで進んでいる。


「えーっと……あの建物がそうみたいだな」


 ザインが指差した先には、白い壁に囲われた大きな建物があった。

 宿舎はそれなりに広い敷地なようで、宿舎以外にもいくつか別の建物も入っているらしい。

 そして聖騎士団の宿舎へと続く門の前には、見張りの騎士が二人。


「ひとまず、あの人達にプリュスさんの事を聞いてみようか」

「それじゃあぼくが聞いてきます! すみませー……」


 張り切って駆け出していくフィルの声が途切れたかと思うと、門の内側から見覚えのあるオレンジ色が飛び出して来た。

 その姿を目にしたエルが、ハッとして言う。


「あ、あの方は……プリュスさんではありませんか⁉︎」

「あっ、本当だ! 何であんなに急いで……おーい! プリュスさーん‼︎」


 走りながら叫ぶザインに気付いたオレンジ色──プリュスが、驚いた表情で脚を止めた。


「おや、ザイン君でありませんか! それにフィル君にエルさん、ジル君まで……」


 エルとジルも彼女の元へと走り、門の前で四人と一匹が合流する。


「プリュスさん、あの後は大丈夫だったんですか? あの、聖騎士団の掟の事……」

「ああ……皆様、私の事で随分ご心配をお掛けしてしまったのですね」


 申し訳ありません、と謝罪するプリュス。

 しかし、彼女顔は落ち込むどころか、やる気に満ち溢れていた。


「ですが、今現在は問題ありません! つい先程、聖騎士団長殿より新たな任務を言い渡されたのですが……それを立派に果たす事が出来れば、今回の件は水に流して下さると仰って頂けたのです」

「ほ、本当ですか⁉︎」

「ええ、聖騎士は嘘など吐きません。……その任務は少々過酷なものではありましょうが……必ずや団長殿のご期待に応えてみせるつもりです!」


 そう言って微笑むプリュスの顔に、かげりは一切見えない。

 それを見たザイン達は、ほっと胸を撫で下ろす。


「良かったぁ……! 俺達、もしもプリュスさんが聖騎士を辞めさせられたらどうしようと思って……」

「そうなんですよ! それでぼく達、今から聖騎士団の偉い人に直談判しに行こうとしてたんです!」

「じ、自分の為に……そこまで想って頂けていただなんて……! あの……何かお力になれる事があれば、いつでも自分を頼って下さい! あ、ですが……これからしばらくは王都を離れなければならないかも……」


 一体どうしたものか、と頭を悩ませるプリュス。

 しかしそれは、ザイン達にとってはチャンスの到来であった。


「それなら一つ、聞きたい事があるんです!」

「はい! 自分がお答え出来るものでしたら、何なりと」


(レナさんに頼まれてたあの件、聞くなら今しかない……!)


 そう確信したザインは、『ねこのしっぽ』のレナから託された質問をプリュスにぶつけた。聖騎士団によるダンジョン封鎖による、薬草の高騰問題だ。

 けれどもプリュスは、その質問を聞いて表情を曇らせてしまう。


「ダンジョンの一部封鎖……ですか。大変申し訳無いのですが、自分はその件に関して何も聞かされていないのです」

「ですが、薬品店の方は確かにそう仰っていましたが……」


 眉を下げるエルに、プリュスは言う。


「自分はまだ入団して半年の新人です。あくまで予想でしかないのですが、その任務にあたっているのは先輩方なのやもしれません」

「だから、新人のプリュスさんには伝えられていないのか……」

「頼って下さいと言ったばかりだというのに、何のお力にもなれず……面目次第もございません……」


 そういうと、プリュスはしょんぼりと俯いてしまった。

 聖騎士である彼女の情報を頼れないとなると、他のルートからダンジョン封鎖に至った理由を探らなければならない。

 その理由が分からなければ、『ねこのしっぽ』をはじめとする薬品店や商人達の悩みの発端が、謎に包まれたままになってしまう。

 すると、しばらく考え込んでいたエルが、こんな事を言い出した。


「あ、あの……! この事って、もしかしたら本部長さんならご存知なのではないでしょうか?」

「本部長さんって……ギルドのカレン本部長の事だよな?」

「はい! 王国管理下の聖騎士団とはいえ、ダンジョンに関する依頼を主に取り扱う探索者ギルドに、何の連絡も行っていないとは考えられません」


 一部封鎖というのがどの程度なのかは分からないが、それでも急にダンジョンを封鎖するなど前代未聞の事らしい。

 ダンジョンの巡回を行うのは聖騎士団の役割ではあるものの、そこで得られる資源や依頼の管理を担うのはギルドの役目だ。

 ダンジョンを封鎖などすれば、探索者やギルドの仕事のサイクルを崩してしまうのは当然の事。

 それに、探索者ギルドも国からの支援を受けて運営している組織である。仮に聖騎士団とギルドの連携が取れていないとなれば、当然ギルドから国へ抗議の連絡が行くだろう。

 ……というのが、エルが述べた意見だった。


「……そうだな、エルの言う通りだと思う」

「自分も、エルさんの意見に賛成です。聖騎士団の仕事は人々を護る事であって、人々の生活を阻害するものではないはずです」

「ダンジョンの封鎖だって、きっと何か理由があっての事なんだろうしな。……それじゃあ俺達、これからギルドに行ってみようと思います」

「ええ、どうぞお気を付けて! 自分も早速任務を遂行せねばなりませんので、王都での雑務をこなし次第、すぐにここを発ちます」


 そうしてザイン達は、再び元気に駆け出していくプリュスの背中を見送るのだった。





 エルの機転によって、ギルド会館を目指す事になったザイン達。

 一度大通りに出てしまえば、通りに面する会館に向かうのは容易である為、目的地にはすぐに到着する事が出来た。

 ザインはすぐに受付に向かい、カレン本部長との面会を申し出た。

 すると、すぐにカレンが奥のギルド職員室からやって来た。


「私に何かお話がおありだと伺いました。すぐに別室へご案内致しますので……」


 ──その時、会館の扉が勢い良く開かれた。


「赤髪のブロンズランク、『鋼の狼』のザインは居るかしら!?」


 険しい表情で大声を張り上げた白髪ポニーテールの美少女の登場に、その場に居合わせた全員の視線が集まる。

 と同時に、その少女の捜し人であるザインも注目を浴びていた。


「こ、ここに居るけど……君って確か、母さんと話してた……」

「あ〜〜っ! やっぱり生きてたわね、アナタ‼︎」


 人混みの中からザインを見付け、カツカツとヒールを鳴らしながら受付の方へと詰め寄る少女──カノン。

 彼女はザインの目の前までやって来ると、猫のようなアーモンド型の眼を怒りに染めてザインを見上げる。


「アナタ、アレは一体どういう事なの⁉︎」

「ま、待ってくれ! えっと、カノン……だったよな? 君はさっきから何の話を──」

「今日の『ポポイアの森』での事よ! アナタったら、急に手から弓を落としたかと思ったら、目の前で消えちゃって……。それに、何だか様子もおかしかったわ! それなのにここに来てみれば、アホみたいな顔してピンピンしてるじゃないの!」

「『ポポイアの森』……? いや、俺達さっきまで『スズランの花園』に行ってたんだけど……」


 今にも掴み掛かってきそうな剣幕で捲し立ててくるカノン。

 それに戸惑うばかりのザインと、何故か彼女と面識のあるらしいザインをジトリと睨むフィル。

 そしてエルは、二人が喧嘩になってしまうのではないかとおろおろしている。


 すると、彼らのやり取りを目の前で目撃していたカレン本部長が口を開いた。


「カノンさん、そのお話はまた後程で宜しいかしら?」

「いいえ! 今すぐ真相を聞かなくちゃ気が済まないわ!」


 キッとカレン本部長を睨み付けるカノンに対し、それに全く動ず、女神のように微笑む本部長。

 ゴールドランクの探索者と本部長による一触即発の空気に会館が凍る中、カレン本部長の口から衝撃的な発言が飛び出した。


「あらあら、そんなに怖い顔をして……。せっかくこちらに顔を出してくれたのですから、偶には母に愛らしい娘の笑顔を見せてはくれませんか?」


 母。

 娘。

 カレン本部長の言葉が間違いでなければ、確かにそう言っていたように思う。


「母って、カノンの……? じゃ、じゃあ……カレン本部長の娘さんがカノンなのか……⁉︎」

「ええ。この子は私の一人娘……カノン・ベルスーズと申します。まあ、ザイン様とは既に面識がおありだったようですが……」

「その娘を散々こき使っておいて、今更優しい母親ヅラしないでもらえるかしら⁉︎」

「あらあら……困りましたわねぇ」


 娘のカノンからかなり嫌われている様子の本部長だが、その笑顔から察するに、彼女が本気で困っているようには見えない。

 むしろ、そんな母親の態度にカノンの方が困らされているようだった。


「ですが、丁度良かったですわ。ザイン様とカノンが顔見知りでしたら、あの件もスムーズに進みそうですもの」

「何よ、また何かワタシに面倒事を押し付けるつもり⁉︎」


 そう言って、カノンは受付カウンターをバンッと叩いて怒鳴った。


「面倒事などではありませんよ、カノン。貴女にお願いしたいと思っているのは、ザイン様達に関する事なのです」

「俺達に……ですか?」

「ええ。先程こちらにお越し頂いた際にお話した、王都ギルドの最優先育成枠の教育担当……それを、このカノンにお願いしようと思っているのです」

「わ、ワタシが教育担当ですって……⁉︎ そんな面倒な話──」

「これを引き受けて頂けないのであれば、貴女のプラチナランク昇格はこの先もあり得ませんよ? それでも良いのでしたら、この件は無理に引き受けて頂かなくて結構ですわ」

「なっ……!」


 それを聞いて、思わず絶句するカノン。


「……ええと、カノンが俺達の指導をしてくれるって話なんですよね?」

「はい。彼女が断らなければ、の話ですが」


 カレン本部長が言うには、ゴールドランクであるカノンがプラチナランクに昇格する為の条件の一つに『新人教育』があるのだという。

 毎年各ギルドから何枠か選出される最優先育成枠のパーティーの中から、どれか一つを担当して新人教育を行う。

 カノンが探索者として必要な知識や動きを現場で見せ、ザイン達『鋼の狼』に実践させる。

 そうして育成したザイン達が無事にシルバーランクに昇格出来れば、カノンは晴れてプラチナランクへの資格を一つ手にする事が出来るのだ。


「貴女がどうしても嫌だと言うのでしたら、諦めて他の探索者様にザイン様達の指導をお願いする事になってしまいますが……どうしますか、カノン?」

「……っ! 良いわよ、やれば良いんでしょう⁉︎ やってやるわよ、覚悟しておきなさい『鋼の狼』‼︎」

「か、覚悟って……」


 いつの間に用意していたのか、本部長はカウンターの上に一枚の用紙を出していた。

 そこへ苛立ちを隠し切れない様子でサインをするカノン。どうやらこれが教育係を引き受ける契約書であるらしい。

 サインを終えたカノンは、羽ペンを台に叩き付けて言う。


「これで良い⁉︎ 良いわよね!」

「ええ、確かに。それではザイン様。せっかくですので、諸々のお話を別室でさせて頂いても宜しいでしょうか? 勿論、カノンもご一緒に……」

「ハァ? どうしてワタシまで……」

「貴女は彼らの教育担当なのですから、これからは『鋼の狼』の皆様と行動を共にしなくてはならないのですよ。それに……サインは既に頂いておりますし、ね?」


 言いながら、本部長は用紙を他の職員に手渡した。

 あの用紙にサインしてしまった事実と、一度引き受けた契約を破るなどあってはならないという自身のルールが、カノンの心を激しく掻き乱す。


「……ああもうっ、本当に大っ嫌いだわ‼︎」

「あらあらまあまあ……うふふふ……」


 上品に微笑む本部長だが、その笑顔の裏に何を思っているのやら。

 美人母娘の喧嘩らしきものに巻き込まれたザインは、同じく親子喧嘩の被害者であるエルとフィルと共に、二人の後をついて行くのであった。

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