第2話 異常事態

「あ、いらっしゃーい! あなた、この前来てくれた探索者さんだよね? また来てくれて嬉しいわ!」


 ザイン達を笑顔で出迎えてくれたのは、『ねこのしっぽ』の看板娘レナである。

 レナは今日も一人で店番をしているのか、店内には彼女の父親の姿は見当たらない。

 ザインは二人を連れて、笑顔のレナが待つカウンターへと歩いていく。


「どうも、レナさん。えっと、今日は薬草の買い取りをお願いしたいんです」


 そう告げるとレナは深緑の瞳を輝かせて、カウンターから身を乗り出したではないか。

 そんなレナの急な反応に驚いたエルとフィルは、揃って肩をビクリと大きく跳ねさせる。


「買い取り⁉︎ 大歓迎よ! さあさあ、どれだけ薬草を持って来てくれたの!? 早く見せてちょうだいな!」

「は、はい! 種類はそんなに多くないんですけど、量だけはいっぱいあるんで……!」


 ザインはレナが用意した籠の中に、コピー体から転送されてきた大量の薬草をポーチから移していく。

 一掴み、二掴みと回数を重ねていくうちに、籠に移された薬草がこんもりと山のように盛られていくのが分かる。

 その作業の間、レナは嬉しそうに籠の中を観察していた。


「姉さん……この店員さん、何でこんなにハイテンションなんだろう」

「さ、さあ……?」


 姉弟のひそひそ話など耳に入っていない程に薬草に夢中な看板娘に、ザインは小さく苦笑した。

 そうして一通り中身を出し終えると、早速レナが出された薬草のチェックを開始していく。


「ふんふん……どれも初歩的なポーションに使うものが多いけど、何だかんだで消費量が一番多いのがコレなのよね〜! それにしても、こんなに沢山の薬草をほんの数日で集めてくるなんて凄いわね、あなた!」

「いやいや、それほどでもないですよ!」


 ザインがこれだけの薬草を集められたのは、自身の『オート周回』スキルの恩恵に他ならない。

 彼の魔力から発生したコピー体が昼夜を問わず……ザインが寝ている間にも『ポポイアの森』を繰り返し攻略し続けたお陰なのだから。

 コピー体がダンジョンを周回し続けた分だけ、倒した魔物から素材も得られ、ダンジョンに生まれ続ける薬草等も回収出来る。

 倒した分だけザインの成長にも直結し、周回すればする程ダンジョンマスターも倒している事になる。

 現にザインのポーチの中には、ダンジョンマスターからドロップしたであろう小箱が何箱も入っていた。これも後で鑑定に行かなければならないが……。

 レナにこの真実を打ち明けても良いのだろうか、とザインは頭を悩ませていた。

 すると、ザインの後ろからひょっこりと顔を出したエルが口を開いた。


「あの……店員さん。薬品店というのは、そんなに薬草が必要なのですか? 何だかとても喜んでいらっしゃるようですけれど……」


 レナのテンションの上がり具合を疑問に思ったのだろうエルが、そんな直球な質問をぶつけた。


「嬉しいに決まってるわよ! あ、あとあたしの事はレナで良いわ。いつもうちが仕入れてる商人から今朝聞いた話なんだけど、次回の納品から薬草が値上がりするっていうのよね〜」

「薬草の値上がり……?」


 レナはがっくりと肩を落として、ザイン達に語り始める。


「どうにも聖騎士団が一部のダンジョンを侵入禁止にしてるらしくてね、そのせいで満足に薬草採取が出来なくなってるっていうのよ」

「聖騎士団が……」


 ぼそりと呟いたザインは思う。

 プリュスの話から推測するに、聖騎士団は定期的に全てのダンジョンを巡回している。

 ならば、侵入禁止にされたダンジョンで何か異常が発見されたと考えるのが自然だ。


(これは……聖騎士団への用事がまた一つ増えたな)


 黙して考え込むザインの横から、フィルが問う。


「それにしても、どうしてそんな事になってるんですか?」

「それが、詳しい事は全く知らされてないのよ。もうこうなったら、聖騎士団の宿舎に怒鳴り込みに行ってやろうかしら……!」


 ぐっと握り拳を作るレナ。

 今の発言から察するに、やはり彼女は宿舎の場所を知っているらしい。


「それなら、俺達が代わりに行ってきましょうか?」

「えっ、お客さんが?」


 思わず目を丸くしたレナに、ザインが大きく頷いた。


「俺達、聖騎士の友達が居るんです! その人ならちゃんと話を聞いてくれると思うし……もしかしたら、ダンジョンを封鎖している理由も聞けるかもしれません」

「そうなの!? そ、それじゃあ頼んじゃおうかしら……」

「任されました! エル達もそれで良いよな?」


 言いながらザインが振り向けば、二人は快く頷いてくれる。


「はい。レナさんもお困りのようですし……」

「原因不明の値上げなんて嫌ですもんね〜!」


 すると、彼女達の返事を聞いたレナがパアッと瞳を輝かせた。


「ありがとうございます、お客さん達! あ、ところで騎士団の宿舎の場所って分かる? 適当でも良いなら簡単な地図とか描いちゃうけど……」

「助かります! 是非お願いします!」


 ザインはレナの言葉に甘えて、彼女に宿舎までの簡易的な地図を用意してもらう事が出来た。

 薬草は一通り売却し、一部はポーションにしてもらう。受け取りは明日になるらしい。

 コピー体が回収した薬草はどこにでも生育している安い物ではあったが、数が数だったのでそれなりの金額で買い取ってもらえた。

 レナは別れ際に「また薬草がいっぱい採取出来たらうちに売りに来てよね! サービスしちゃうから!」と、良い笑顔と共に送り出してくれた。


 彼女がくれた地図を手に目指すは、白百合聖騎士団の宿舎。

 そこでレナから託された意思を聖騎士団に伝え、プリュスへの待遇についても嘆願しなくてはならないのである。




 ────────────




 ザイン達がまだギルド会館に居た頃、『ポポイアの森』に一人の少女が居た。

 ……否。正確には、一人の少女とドラゴンである。


「全く……あの人ったら、急にこんな仕事を押し付けてくるなんて何を考えてるのかしら」


 人形のように愛らしく整った顔を不機嫌の色に染め上げている、ふわりとした白髪のポニーテールの美少女。

 品のある紫色を基調にした探索者服の胸部からは、弾けてしまいそうな程に豊かな膨らみが主張している。

 柔らかな太腿の下を覆う黒のロングブーツに、そんな麗しい少女の外見とは不釣り合いな長剣が腰に挿され。

 その胸元に輝くのは、優秀な探索者である事を示す黄金のバッジ。

 白い鱗に覆われた飛竜を連れた少女──カノンは、つり目がちな金色の瞳で森の中を観察していた。


「『不審人物の目撃談あり。発見次第、即捕縛せよ』だなんて……。こんなの、ゴールドランクのワタシがやるような仕事じゃないでしょうに!」


 ぷりぷりと怒りをぶちまけるカノン。

 彼女は王都ギルドより舞い込んだ緊急依頼を受け、渋々このダンジョンを訪れていた。

 カノンのような実力者であれば、『ポポイアの森』のような初心者向けダンジョンの攻略など朝飯前だ。

 しかし、何故か王都のギルド──その本部長であるカレン・ベルスーズは、ゴールドランクの腕前を持つ彼女にその任務を与えたのである。

 それにカノンが不満を持つのは当然の事。

 まるで自分を甘く見られているような不快感が、彼女の怒りを膨れ上がらせていたのだった。


 相棒の白竜と共に森を進みながら、一応はきちんと依頼を達成しようと、周囲に目を光らせるカレン。

 その時、カノンは前方に人影を発見した。自然と腰元の剣に手が触れる。


「……あの後ろ姿、見覚えがあるわね」


 カノンは声を潜めて、今にも鞘から抜き放たれようとしていた剣の柄から手を離した。

 そして小さく溜息を吐きながら、その人影の方へと歩みを進める。


「ちょっとアナタ、こんな初心者用ダンジョンで何をやっているワケ?」


 カノンが背後から声を掛けた人物が、それに反応して振り返った。

 その人物は軽装の装備と美しい翠色の弓を携えた、赤髪の青年。

 けれども記憶に残る彼の姿とは異なり、何の感情も読めない無表情な顔をカノンに向けていた。


(おかしいわね……。この前ガラッシア様のご自宅で顔を合わせた時は、もっとアホっぽくヘラヘラしていたように思うのだけど……)


 あの赤髪の青年は、あんなにも無機質な人間だっただろうか?

 カノンは拭いきれない違和感を覚えながらも、改めて目の前の人物に問い掛ける。


「……ねえ、ワタシの質問に答えなさいよ。未だにブロンズランクのくせに、ゴールドランクの先輩に刃向かうだなんて礼儀がなってないわ! それでもあのガラッシア様の──」


 更に言葉を畳み掛けようとした次の瞬間、異変が起きた。


「…………あ」


 小さく声を漏らした青年の手から、弓が零れ落ちる。

 手が緩んで誤って落としてしまった──そうカノンが理解しようとした矢先、赤髪の青年の身体が無数の光の粒となって、彼女の眼前で空気に溶け……消えた。

 地面に転がっていたはずの弓も、彼が身に付けていた衣服も、何もかも丸ごと。


「……何、今の」


 頭が、働かない。


(消えた……確かに今、目の前で彼が……ザインとかいうド新人が、消えてしまった……?)


 と、いう事は。


「……しん、だ……? ワタシの、目の前で……?」


 飲み込みきれない異常事態に、カノンの頭からはすっかりと緊急依頼の件が抜け落ちていた。

 少女の胸の内には恐怖とも悲しみとも、怒りともつかない曖昧な感情が、嵐のように渦巻いて。


「……ふ……ふざけ、ないで……ワタシの前で誰かが死ぬなんて、そんな事……認められるワケないじゃないっ……‼︎」


 全身を駆け巡る悪寒のような冷たい電流が、カノンを奮い立たせる。


「マロウ! ここを出て今すぐ王都に向かうわよ!」

「グルゥゥ!」


 マロウと呼ばれた白い小型飛竜が、翼を大きく広げながら主人の言葉に応える。

 カノンはぐっと奥歯を噛み締めながら、胸元のバッジに触れてダンジョンを脱出した。

 そのままマロウの背に飛び乗ったカノンは、宣言通りに大空を舞って最短距離で王都を目指す。


「あの男が……仮にもガラッシア様の息子が、あんな簡単に死ぬはずないわ! 認めない……認めないわよ、絶対に‼︎」


 風と気温差から身体を守る防御魔法が込められた指輪に魔力を通し、結界に包まれながら最高速度で飛行するカノンとマロウ。

 彼女達が王都に到着するまで、そう時間はかからない。

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