第7話 白百合の乙女の集う地で

 王都とその周辺で頻発していた行方不明事件の数々は、ザイン達『鋼の狼』のメンバーと、聖騎士プリュスの手によって終結した。

 人々を攫い、奴隷商人へ売り渡していたベイガル率いる誘拐犯グループは、これから城へと身柄が引き渡される。

 そこで尋問を受ける事になるベイガル達の口から、裏で王国の有力者と繋がっている黒幕の正体を知り得るのかは……まだ分からない。


「……プリュス・サンティマン、只今帰還致しました」


 ザイン達よりも一足早く王都に戻ったプリュスは、よく整った顔を曇らせながら、白百合聖騎士団の本拠地へと帰還した。

 聖騎士団の宿舎は王都の外れにあり、宿舎の隣には馬やペガサスを乗りこなす彼女達の為に、厩舎や訓練場などが揃っている。

 プリュスは応援で呼んだ他の聖騎士達にベイガルらを預けた後、宿舎の最上階にある一室へと足を運んでいた。

 内側から扉が開かれ、すぐさま「入れ」と一声。

 プリュスは一礼をしてオレンジ色の髪を揺らすと、恐る恐るといった様子で足を踏み入れる。

 そうして彼女は、室内で彼女の帰還を待っていた人物達に改めて頭を下げた。

 彼女を見下ろす人物は、二人の女性。

 その内の一人である扉を開いた方の眼鏡の女性が、感情の読めない平坦な声色で告げる。


「顔を上げなさい、プリュス。団長から事のあらましは聞いています。……ですが、アナタ自身の口からも話を聞いておきたいのです」


 ──アナタを聖騎士団から追放すべきか否かを、判断する為に。


 顔を上げたプリュスは、その言葉を投げ掛けた女性に目を向けた。

 二人はプリュスの物よりも少し派手な装飾の鎧を見に纏っている。

 団長と呼ばれた女性は、背が高く凛々しい顔付きをした金髪。

 その隣に立つのは、小柄ながら存在感のある華を持った銀髪の女性だ。

 すると、長い金髪を無造作に纏めた女性──聖騎士団長のアミラルが、険しい表情をプリュスに向けて言う。


「……プリュス・サンティマン。貴様は我ら白百合聖騎士団の掟を破った」

「……はい」

「『気高き白百合の魂を持つ乙女の騎士は、己らの力のみを以って、聖なる剣を振るうべし』……。貴様の行動によって誘拐犯らは捕らえる事が出来たようだが、聖騎士ではない者の力を借りて事件を解決した事実は看過出来ん」

「それこそがワタシ達、白百合の乙女が守るべき鉄の掟です。それを破れば聖騎士の身分を剥奪され、騎士団からの追放は免れない……アナタがそのような事すら理解出来ない子だとは思えません」


 団長の言葉に続いて、銀髪の女性──副団長のソルダが、細い指先で眼鏡の位置を直しながらそう告げた。

 ここは、宿舎にある騎士団長の執務室である。

 ソルダが言っているように、プリュスは聖騎士の掟をしっかりと理解していた。

 その上でプリュスは掟を破る事を選び、聖騎士の資格を剥奪されるのも覚悟して、こうして宿舎に戻って来たのだから。

 プリュスは少しだけ声を震わせて、騎士団長達に本心を打ち明けた。


「……自分の友人の仲間が、今回の事件に巻き込まれていました。彼らは探索者で、その中の一人が被害に遭われた女性のご家族でもありました。……今回の事件は、我々聖騎士団が迅速に事件を解決する事が出来なかったが故に、発生してしまったものです」

「……ええ、そうですね。続けて?」

「その責任は、我々が最後まで負うべきのもであります。ですが……探索者である彼らとしても、立ち向かわなければならない問題であったのです」


 聖騎士は全ての人々の為に、精霊の力を宿した聖剣を振るう。

 そして勿論、彼女達が守護する対象にはザイン達のような探索者も含まれている。故に、聖騎士の定期巡回には各地のダンジョンも組み込まれているのだ。

 だからこそプリュスはエルを救いに向かおうと決意し、彼女と同じく姉を助けようと行動したフィルに力を貸した。


「聖騎士としての責務と、仲間を救いたいという彼らの意思──そのどちらか一方だけを選ばなければならない理由は無いと、自分は判断致しました」

「だからアナタは掟を破って彼らと協力し、聖騎士の地位を捨ててでも友情を選んだ……と?」

「……そう受け取って頂いて構いません。自分が掟を破った事は事実です。ですから……自分は、どのような処分でも全て受け入れる覚悟です」


 その決断に、後悔など微塵も無い。

 聖騎士の素質があると神官に告げられ、田舎を出た。

 王都にて試験を突破し、聖騎士に入団を果たした。

 それからの半年間、プリュスは自らの信じる正義を貫いてきた。


(王都に来て始めて出来た友人……ザイン君の力になりたいと、心の底から思ったから……自分のした事は、これで間違ってなどいないはずだ!)


 すると、アミラル団長がプリュスを見下ろして言う。


「……ならば、聖騎士としての貴様に最後の責務を果たしてもらおうか」


 その言葉に、ソルダ副団長がちらりとアミラルに目を向けた。

 彼女がプリュスに何を告げるつもりなのか、ソルダにすら予想が付かない。

 プリュスもゴクリと唾を飲み込んで、アミラルの次の言葉を待つ。


「聖騎士プリュスよ! 王都連続誘拐事件の黒幕と予想される、奴隷商人の正体を暴け! それが出来なければ、貴様はその時を以って白百合の乙女である資格を剥奪する‼︎」

「……っ、承知致しました! このプリュス、必ずやその任を果たしてご覧に入れましょう!」


 少々戸惑いを見せながらもプリュスは礼をして、団長から告げられた新たな任務を引き受けた。

 しかし、その光景を眺めていたソルダの表情は暗い。

 ソルダはアミラルの耳元で、そっと囁く。


「……本当に宜しいのですか? 掟を破った者には、すぐに処分を下すのが正しいのでは?」


 けれども、アミラルは彼女の言葉に首を横に振る。


「否、これで良い。……勿論、それ相応のハンデは背負ってもらうがな」

「…………?」


 やはりソルダには、アミラルの思惑が分からない。

 首を傾げるソルダを他所に、アミラルはプリュスに改めて口を開いた。


「プリュスよ。貴様に与えたその任務に、我らは一切手を貸さない。……そして、貴様が誰の力を借りようが認知もしない」

「それ、は……」


 言いながら、アミラルは彼女に背を向ける。


「プリュス、貴様は我らの掟を無視して探索者と手を組んだ。だが、それによって今回の事件の実行犯を捕らえた事は、紛れも無い事実である」

「アミラル……まさか、アナタ……!」


 何かを察したソルダが制止するよりも早く、アミラルがその胸の内を明かした。


「……探索者とは、高貴なる我ら聖騎士と共に肩を並べるに値する存在であるか否か──私に示してみるが良い、プリュス・サンティマン……!」

「はいっ、アミラル聖騎士団長! この命に懸けて、必ずや……‼︎」

「もう……どうなってもワタシは知りませんからね、この脳筋達め……!」


 ソルダの嘆きは虚空に消え。

 プリュスは自らの信じるものの為、聖騎士団の宿舎を飛び出していくのであった。

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