第3話 闇夜の草原
鋼色の狼と純白の天馬が、夜の静寂に包まれた草原へと姿を現した。
それぞれの背には真剣な表情を浮かべた、若い男女の三人組──弓使いザイン、剣士フィル、聖騎士プリュスが跨っている。
彼らの頬を、真夜中独特の冷えた空気が撫でた。
王都を発ったザイン達一行は、エルを誘拐した犯人達が指定したダンジョン『スズランの花園』をひたすらに目指して移動していた。
上空を行くプリュスの案内の元、ザイン達は一切道に迷わず進む事が出来ている。
すると、ザインの背にしがみ付いていたフィルが言う。
「師匠! そろそろ目的地に着く頃ですか?」
「うん、そのはずだ。地図の通りなら、イスカ大草原の中心部に例のダンジョンへの入り口があるらしいからな」
王都ノーティオの北東部に広がる、イスカ大草原。
その名が示す通り広大な規模を誇るその草原は、一年を通して穏やかな気候である。
合間には水質の良い川も流れており、王都とその周辺の町に住む人々が消費する農作物の大半は、この草原にある大農場で生産されている。
既にザイン達はその農場を通り過ぎた後で、そこから更に東へ進んだ辺りを移動しているところだった。
「ザイン君! フィル君!」
頭上からの声に顔を上げると、ペガサスのトロワに乗ったプリュスが前方を指差していた。
「見えてきました。あの場所が『スズランの花園』への入り口に間違いありません!」
彼女が示した方向に目を向けるザイン達。
すると、ぼんやりとだが視界の先にぼんやりした白い光を発見した。
プリュスはそのまま、上空からザインに指示を仰ぐ。
「ザイン君、事前の打ち合わせ通りの動きで良いですか?」
「はい! お願いします!」
「承知致しました! では……後はお任せ致しますよ、お二人共!」
「気を付けて行ってきて下さいね、プリュスさん!」
ザインの言葉に笑顔を見せて、プリュスを乗せたペガサスはスピードを加速させる。
あっという間に豆粒程の小ささになってしまった聖騎士の背中を見送ったザインとフィルは、彼女を追って謎の光の発生源へと近付いていく。
ジルは逞しい四本の脚で、大地を駆ける。
プリュスに早く追い付きすぎてはいけない。
遅すぎるのも作戦に支障が出る。
適度なスピードで、且つ気配を悟られないように向かわなければ……。
(この作戦の成功を左右するのは、プリュスさんの演技力だ。上手くいくと良いんだけど……)
ペガサスが地表へと降り立つのを目視しながら、彼らはプリュスの元へと急ぐのだった。
天馬の聖騎士が降り立ったのは、淡い光を放つ花畑であった。
夜風に揺れるその花は、このイスカ大草原にのみ自生する『ヒカリスズラン』という植物だ。
見渡す限りのヒカリスズランが並ぶ花園に似つかわしくない、ガラの悪い男達。
彼らは突如として姿を現した聖騎士を前にして、一体何事かとざわつき始めている。
トロワの背から華麗に降りたプリュスは、風にオレンジ色の髪を靡かせながら男達に問うた。
「探索者の方々でしょうか? 夜分遅くにすみません。皆様はこちらで野営をされていらっしゃるのですか?」
三人組の男達の背後には、『スズランの花園』への入り口である地下階段への穴がある。
この場にエルの姿が見えない事から、彼女はダンジョン内のどこかに捕らえられているのだろう。
……恐らくは、エルを連れ去った主犯格と共に。
すると、男達は互いに目配せをしてから口を開いた。
「あ、ああ。夜明けにダンジョン攻略を開始しようと思ってな」
「到着がちと遅かったんですわ。……ところで、聖騎士様はこんな時間に如何なされたんです?」
男の一人から向けられた目は、疑念を孕んでいる。
それはそうだ。
こんな夜更けに女が一人──それが王国の聖騎士だとしても、人里から離れた草原のど真ん中に現れたのだから、疑いを持つのも当然の事。
加えて言うならば、彼らが誘拐犯の一味であれば何が何でもプリュスを追い返そうと抵抗するだろう。エルを攫った事が発覚すれば、もれなく牢屋行きが確定するのだから。
プリュスは強い意志を宿した瞳で、毅然とした態度を崩さずに言葉を返す。
「自分がこちらを訪れたのは、聖騎士団によるダンジョンの定期巡回の為です」
「定期巡回……?」
「それにしたって、わざわざこんな真夜中にダンジョンに潜るだなんて……いくら聖騎士様でも危険じゃねぇですかい?」
(この男性……そうすんなりと納得しては頂けそうにありませんね)
内心でそう呟いたプリュスは、それでも諦めずに説明を試みる。
全ては、エルの救出の為。
ダンジョンに突入するべく道を切り拓く──その機会を生み出す事こそが、プリュスがザインから与えられた指示なのだから。
プリュスは気を取り直し、改めて口を開く。
「夜間は魔物の活動が活発化するというのは、皆様もご存知のはず。万が一ダンジョン内に負傷した探索者が取り残されていた場合、一刻も早い救助が必要となります」
この内容に嘘は無い。
事実として魔物の多くは夜闇を好み、日中よりも凶暴化するものが多いのだ。
それは男達も知っているようで、彼女の話を聞いて顔色が変わってきた。
「自分の身を案じて頂けるのは大変ありがたい事なのですが、我ら白百合聖騎士団に属する者は、夜間のダンジョンにおいてもその強さを咲き誇らせる勇士のみで構成されております。心配なさらずとも、自分がこのダンジョンで倒れるような事態にはならないと断言致します」
「そ、そんな事言われてもなぁ……なあ?」
「うぅむ……」
白百合聖騎士団の強さは、並みの探索者を遥かに凌ぐ。
ここで下手に引き止めすぎても、何かやましい事があるのでは……と勘繰られてしまう。
だが、リーダー格にはここを通すなと言われている。完全に板挟み状態だ。
……男達は皆、そんな風に考えている顔をしていた。
その時──
「ギャアァッ⁉︎」
突如として三人組の内の一人が絶叫を上げて、地面にうつ伏せで倒れこんだではないか。
「な、何がっ、ウァァアアァッ!!」
「ぐああぁっ⁉︎」
鈍い音が連続し、残る二人も地に伏した。
プリュスはそれを見届け、少し申し訳無さそうな顔をして言う。
「……どうやら、上手く彼らを引き付ける事が出来たようですね」
彼女の視線の先には、苦笑するザインと剣を構えたフィルが立っていた。
その後ろには、ふすんっ……と鼻を鳴らすジルも居る。
「良い感じに気絶してくれた……んでしょうか? ぼく、加減がよく分からなくって……」
「うーん……多分大丈夫なんじゃないか? ほら、この人達身体は丈夫そうだし!」
「そ、そうだと良いんですけど……」
心配そうに男達に目をやるフィル。
だがしかし、彼らを昏倒させた張本人こそが、他ならぬフィルなのであった。
ザインとフィル、そしてジル達は夜陰に乗じて、プリュスが男達の気を引いている隙に裏から回り込んでいたのだ。
そしてタイミングを見計らい、剣を抜いたフィルが背後から忍び寄った。
フィルは渾身の力で剣の平らな部分を男の頭に叩き付け、一人ずつ沈めていったのである。
「フィル君、かなり思い切りよくやりましたね……」
「ね、姉さんを攫った人達だから、勝手に力が入ってしまったというか……!」
「まあ、息はあるみたいだから平気じゃないかな? よし、ひとまず今の内にロープで縛って拘束しておきましょうか」
「では、自分もお手伝い致します」
念の為、フィルには階段を見張っていてもらう。
その間にザインとプリュスが男達の手脚を縄で縛り、三人の胴体部分にロープを通して、ぐるぐる巻きにしてやった。
「これで良しっと! それじゃあジル、トロワ。こいつらが逃げ出さないように見張っておいてもらえるか?」
「ワフッ!」
「ブルルルッ」
元気に了承の返事をしてくれた彼らにこの場を任せて、ザイン達はいよいよダンジョンの入り口へと足を踏み入れる。
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