第2話 よそ見は程々に
王都まで全力で走ってくれたジルには、もう少しスタミナを回復させる時間が必要だった。
鋼狼はタフな魔物ではあるものの、背中に人を乗せての移動は気を遣ってしまうものだ。
ジルの精神的な休息の意味も合わせて、今回のエル救出作戦についての打ち合わせと、エルが拐われた当時の状況を聞かせてもらう事となった。
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エルとフィルは、ザインからの指示通りに買い出しに向かっていた。
多少の寄り道はしてしまったものの、それまでは何事も無く、姉弟で楽しい時間を過ごしていたのだという。
けれども、目当ての解毒薬を探して店内を見て回っていた時の事。
フィルはエルに頼まれて、薬品が置かれた棚から少し離れた携帯食品の棚を見て、何かお買い得な品が無いかと探していた。
そんな時、向こうの薬品棚の方からエルの悲鳴が上がったのだ。
「姉さんに何かあったんじゃないかって思って、大急ぎでそっちに向かったんです。でも、そこにはもう姉さんの姿が無くて……」
その代わりに、エルが薬品棚を見ていた場所に男が立っていた。
背後で複数の足音が聞こえて振り返れば、そこにも見知らぬ男達が何人も立っており……。
『お前のツレは、俺達のリーダーが連れ去った後だ。無事に返してほしければ、この事は誰にも言わずにスズランの花園まで来い。でなければ、あの小娘がどうなるか……分かるよな?』
ガラの悪い男達に囲まれたフィルは、誘拐犯達を黙って見送るしかなかった。
既に姉はこの店から連れ出され、下手に反抗すればエルの身に危険が及んでしまうからだ。
「……ぼくはその後すぐに、宿に戻りました」
「宿って、俺達が泊まってる『銀の風見鶏亭』に……?」
「はい。すぐにザインさんに知らせなくちゃと思ったんですが、ギルドの伝書鳩を使わせてもらうには、ギルドに直接行かなくちゃいけないですよね?」
フィルの言う通り、探索者ギルドでは緊急時の連絡手段として、伝書鳩の貸出がされている。
探索者ギルドに登録された人物であれば、探索者バッジの登録情報を元に特定の人物の魔力を辿り、指定した人物に文書を届ける事が可能なのだ。
「でも、ぼくがギルドに助けを求めに行って、誘拐犯の仲間がぼくを見張っていたら……姉さんが危ない目に遭うかもしれない。だからぼくは──宿屋のおじさんにギルドに行ってもらったんです」
「宿屋のご主人に……⁉︎」
驚愕するザインとは対照的に、プリュスは感心した様子で納得していた。
「それは名案でしたね、フィル君……! 宿屋のご主人であれば、探索者向けの優良宿として宿泊先にお勧めされる事もあります。その紹介料のやり取りがあれば、ギルド職員の方とも面識があるでしょう。信頼性の高い取引先であるからこそ、伝書鳩の貸出にも応じて頂けたのでしょうね」
「はい、そういう事だったみたいです。……まあ、おじさんに頼んだのは単なる偶然だったんですけどね!」
偶然でも計算でも、結果としてフィルの選択は正しかった。
エルの誘拐事件は『銀の風見鶏亭』の主人からギルドに報告され、ザインにも連絡が飛んだ。
ギルドは事態の解決に向け、犯人グループの待つ『スズランの花園』に探索者を緊急出動させると応じてくれた……のだが。
そこへやって来たのは、白百合聖騎士団──またもや王都の道案内でギルドに顔を出していた、プリュスだったのである。
プリュスはいつもの男性職員から『ザインの仲間が拐われた』との話を受けすぐさま会館を飛び出し、聖騎士団へ救出の申し出に向かったのだ。
「それから改めてギルドに戻り、フィル君が居る宿屋を教えて頂き、こうしてフィル君と合流する事が出来たのです」
そう告げたプリュスの表情は、寂しさのようなものがちらついて。
本当に彼女を巻き込んでしまっても良かったのだろうか、とザインは思い……頭を横に振った。
(プリュスさんの事は、エルを助けてから俺が改めて聖騎士団に謝りに行こう。こんなに立派な志を持った人が騎士団を追放されでもしたら、自分で自分を許せそうにないよ……)
今回の件は自分達のせいだ、とプリュスは言っていた。
だが、聖騎士団のルールに反してまで彼女が手を貸してくれているのは、ザインがプリュスの友である事が関係している。
(俺が彼女と知り合わなければ、プリュスさんが掟を破る必要も無かった。だったらこれは……俺のせいでもあるんだ)
どうかなさいましたか? と首を傾げるプリュスに、ザインは「何でもないです」と笑って返し。
今は気持ちを切り替えて、これから成すべき事に思考を満たそう。
これから向かう『スズランの花園』というダンジョンは、中級に分類される難度のダンジョンである。
ギルドからは『初心者は決して単独で攻略しないように』と事前に注意され、実際にその忠告を舐めてかかった新人が毎年命を落とすような、危険な場所だ。
今から向かえば朝が来る前には辿り着けるだろうが、暗く視界の悪い中で攻略しなければならない以上、日中よりも気を引き締めていかねばならない。
そろそろジルも呼吸が整って来るだろうか、というタイミングでザインはある事に気が付いた。
これまでジルの背には自分を含め、エルとフィルの三人乗りが限度だった。
ダンジョンへの移動もプリュスを含めた三人なら問題は無いが、エルを連れて帰るとなると、流石に四人も乗せきれなくなるだろう。
(プリュスさんには徒歩で帰ってもらう……っていうのは、流石に気が引けるよなぁ)
プリュスは自分のキャリアを天秤に掛けてまで、エルの救出を手伝ってくれようとしている。
そんな正義感に燃える女性を『定員オーバーだから』と言って一人で歩いて帰らせるのは、人として礼儀がなっていないのでは……。
(今から馬車を借りるにも、王都には立ち入れない時間帯だし……)
ザインがうぅんと唸って頭を悩ませていると、プリュスは天に向かって指笛を吹いた。
その音色は、静まった夜空に響き渡る。
「えっ……プリュスさん、何で急に指笛を……?」
「これから『スズランの花園』に向かうのですから、自分の脚は自分で用意せねばなりません。大人数での移動は、ジル君の負担にもなりますので」
戸惑うザインにそう答えた彼女は、星の瞬く夜空を見上げていた。
彼女に釣られるようにして、ザインとフィルも同じ空を見上げ──乙女の指笛を聞き届けた何者かが、遂にその姿を露わにする。
遠くの空からやって来たその生物は、カノンが呼び寄せていた白い小型飛竜でもなく。
けれどもザインは、飛竜と同じ純白の身体の翼を兼ね備えたその生物に覚えがあった。
凛々しい瞳と、すらりとした四本の脚。
真っ白な対の翼を広げた『聖獣』と呼ばれるそれは──紛う事なき『ペガサス』であった。
質の良い防具や鞍を取り付けられたペガサスは、ふわりと舞い降りてプリュスに頬擦りをする。
そんなペガサスを優しく撫でながら微笑むプリュスの姿は、正に『聖騎士の乙女』と呼ぶに相応しい。
「すっごーい……! ぼく、本物のペガサスなんて初めて見ました!!」
「俺も初めてだよ! 凄いなぁ……図鑑で見るより何かこう……清らかさが凄い‼︎」
生まれて初めて目にした聖獣ペガサスを前に、大興奮のザインとフィル。
そんな二人を冷めた目で見詰めるジルは、呆れたように鼻から息を吐いていた。
ジルが
「ええと……この子は自分の愛馬で、名をトロワジエームと言います。普段はトロワと呼んでおりますので、お二人もそう呼んであげて下さい」
「トロワくん……? それともトロワちゃんですか?」
「この子は女の子です。いつもはこんな風に甘えん坊なのですが、戦場ではとても頼りになる相棒なのですよ」
「宜しくな、トロワ! ジルとも仲良くしてくれると嬉しいなぁ……って、ジル? もしかして、俺達に相手してもらえなくて不貞腐れてるのか?」
そっぽを向いていたジルに声を掛けたものの、こちらを見てくれる気配が無い。
ザイン達が新顔にばかり構っているのが気に入らないのだろう。
鋼狼は仲間に深い愛情を注ぐが、同時に嫉妬深い一面も併せ持つという。
幼い頃からの相棒であるザインがペガサスに夢中になるなど、ジルからしてみれば激おこ案件に他ならないのだ。
ならば……と、ザインは勢い良く走り出し、
「とーうっ‼︎」
と、思い切りジルの大きな身体にダイブするかの如く抱き着いた。
そのままザインは全身を使って、わしゃわしゃとジルの毛並みをモフりにモフる。
「ごめんなぁぁぁ! ジルは俺の大事な相棒なのに、よその子ばっかり構ってちゃいけないよなぁぁああぁ⁉︎」
「…………ワフッ」
全力で構い倒し、心からの謝罪を披露するザイン。
そんな相棒からの全力なでなでに、少しだけパタリと動くジルの尻尾。
「俺はジルのモフモフ無しには生きてけないし、ジルという最高の相棒が居るから探索者試験だって最速で突破出来たんだ! 今までもこれからも、お前は俺の人生でオンリーワンの相棒なんだからなぁぁぁッ‼︎」
「……ワゥフッ!」
やっぱりそうだよね! と言わんばかりに、ブンブンと振り回される尻尾。
それを羨ましそうに眺めるプリュスと、クスクスと笑っているフィル。
ジルが心身共に元気を取り戻したところで、いよいよザイン達は『スズランの花園』を目指して、王都ノーティオを出発した。
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