現代百物語 第24話 もう1人の自分

河野章

第1話 現代百物語 第24話 もう1人の自分

「そう言えばさ」

 藤崎柊輔の家での飲み会だった。

 そこには後輩の谷本新也(アラヤ)や林基明らの他に、藤崎の知り合いだという作家の卵や編集などもいた。

 酒も進み、それぞれが楽しく歓談していた時だった。

 藤崎がふと思い出したように言った。

「そう言えばさ、昔、もう20年以上前……小学校低学年の頃かな」

 珍しく稚語りをする藤崎を全員が見ていた。

「その頃に、俺、自分の中にもう1人の自分がいて、その子と遊んでたんだよなぁ」

「へえ……」

 数人が関心したような声を漏らした。

 新也も驚いていた。

 藤崎の小学校のときの話など聞いたことはなかったし、自分の中の自分……というのはひどく藤崎らしくない気がした。

「イマジナリ―フレンドってやつですか?」

 編集だという、中原という男が興味深げに聞いた。

 藤崎は楽しげに笑う。

「そう、それ。ただ、見た目は俺そっくりのもう1人っていう感じだったかな。よく一緒に遊んでた。しりとりとかボードゲームとか」

「先輩が2人?」

 怖いなあと林が笑って、新也も笑う。

 藤崎はこいつ、と林を引き寄せて笑っていた。

「いつの間にか、俺の中からはいなくなっちゃったけどな」

 藤崎は最後に、そうほろ苦く笑った。


 それから一月経つか経たないかという頃だった。

 梅雨時期で、今日はどこで飲もうかと駅前を藤崎と新也はウロウロとしていた。

 小雨が降る中を二人して傘を差して歩く。

「あ」

 藤崎がふいに声を上げた。

「なんですか?」

 新也もつられて傘を上げた。

「あいつ、ほら。青い傘の」

 藤崎が通りの向こうを女性と歩く青年を指さしていた。

 その横顔に新也は見覚えがあった。

「ほら、あいつだよ、もう1人の俺」

 藤崎が振り返り、新也へ微笑んだ。

 その笑顔は藤崎らしくなく、新也はゾクリとする。

 しかし確かに、遠目であるものの、その青い傘の青年は今横にいる男と、藤崎とそっくりだった。

「あいつ彼女できたんだなぁ」

 羨ましそうに、ごく普通に藤崎が笑う。

 青い傘の青年は振り返らずに、向こうの通りを奥へと曲がってしまった。

「先輩……」

 なぜかそれ以上確かめることが出来ずに、新也はただ彼等を見送った。



【end】

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