第88話【びっくりすること】

金曜日の昼休み部室で一人ため息をついた。


原因は昨日の放課後の春夏の言ったことだ。

結局冗談だと思い笑い流したが。その後は春夏の顔をまともに見れなかった。

当の本人は冗談だと否定しないのだからタチが悪い。


普段から春夏と話している友達ならあれがどういった気持ちで言ったのかわかるだろうが、まともに話したのが初めてだった涼介にはさっぱり分からない。


「ふぅー」


「ふぁっ」


左耳に突然息をかけられて涼介は驚きを隠せなかった。


「ぷっ

先輩驚きすぎですよ」


息をかけてきた凛華は涼介の隣で大爆笑していた。


「いきなり息をかけたら誰だって驚くだろ……」


「ぼーっとして私に気が付かない先輩が悪いんですよ」


「と、とりあえずだ

息をかけられたらびっくりするから辞めろよ」


さっきのような無様はもう二度と晒したくないためいつもより強めにそう言う。


「辞めろと言われるとやりたくなるのが凛華ちゃんなんですよね」


「ならやれ」


「分かりました!」


凛華はまた涼介の顔に顔を近づけていく。


「やるのかよ……」


「だって先輩がやれって言ったじゃないですか」


「辞めろと言われたらやりたくなるならその反対のやれと言われたらやりたくなくなるはずだろ」


「しかーし、現実はそう甘くないんですよ先輩

人の気分の問題ですよ」


如何にも最もらしいことを言ったふうにしながら凛華は近づいてくる。


「じゃあ先輩……覚悟は出来てますね」


凛華が耳元でそう囁く。

椅子に座った状態では抵抗がしにくい。


「辞めろ」


「ダメでーす

いきます」


凛華がそう言った瞬間顔に思いっきり力を入れ身構えた。


「………」


「………」


しかし、凛華は何もしてこず沈黙が流れる。


「あれ?」


思わず声を上げた。


「あれれ?

そんな物欲しそうな顔しちゃってどうしたんですか?

私は先輩に言われた通りやめたんですけど、本当はやって欲しかったんですか?

先輩ってツンデレってやつだったんですね」


凛華の方を見るとそんなことを言ってきた。


「そんなわけないだろ

誰だって身構えるだろ」


「先輩ほど身構えないと思いますよ

それに先輩なら身構えたってあんな反応しますよ」


凛華は笑いを抑えながらそう言ってきたがバレバレだった。


「そんなこと言うならお前にやってやろうか?」


凛華にバカにされたことにより思わずそんなことを言ってしまった。


「いいですよ

やれるならやってみて下さいよ」


凛華は涼介の隣に座り手で髪を掻き上げ隠れていた右耳を顕にした。


「ほらどーぞ

先輩に出来るもんならやってみて下さいよ」


どうせ出来ないだろうと思っているのか凛華は挑発するように涼介にそう言った。


そこまで言われるとやるしかないという気持ちになる。


「あぁ、わかった」


涼介は立ち上がり凛華に近づいた。

凛華は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに元に戻った。


凛華の頭と同じ高さになるように屈むと顔を近づけた。

女の子特有の甘い匂いが鼻腔を擽る。


涼介は思わず生唾を飲んだ。


今の凛華の姿を見ているとイケナイことをしているような感覚になる。


普段は髪で隠れているうなじに目がいく。

そこから上へ上へ視線をやり凛華の耳を捉えた。


「早くしてくださいよ先輩」


凛華が焦れったそうにそう言った。


涼介は意を決して耳元に口を近づけた。


「いくぞ」


いつものお返しだと思い精一杯のイケボでそう言った。


「えっ」


「ふぅー」


「ひゃうっ」


いきなり声を変えたことで驚いたのか凛華は一瞬体の力が抜けた。

そのタイミングで息が当たったのだ。


凛華の声でますますイケナイことをしているような感覚になりすぐに離れた。


「わ、わかっただろ……びっくりするって」


「そ、そうですね……」


お互い居た堪れない雰囲気になる。


「ご飯食べるか」


早口でそう言った。


「そうですね」


それから2人は一緒にお昼ご飯を食べた。

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