惚気話

湯上信也

惚気話

僕には彼女がいる。肩まである綺麗な黒髪と、大きな瞳と、薄い唇と、透き通るくらいの白い肌。彼女は完璧な容姿と、完璧な性格を持っている。


当然だ。彼女は僕が作ったんだからね。


今はそこら中でアンドロイドと人間が戦っているんだけど、そんなことは僕にとってはどうでもいい。重要なのは、僕にアンドロイドを作る才能があった事だ。


両親はアンドロイドに殺されたし、友達と呼べる人もいなかった僕は、自分を抱きしめくれる存在が欲しかった。それで、イチコを作ったんだ。ああ、イチコっていうのは彼女の名前。僕が作ったアンドロイド一号だから、イチコ。いちごじゃなくて、イチコ。


「私は、何をすればいいのですか?」


イチコをはじめて起動させた時、こう聞いてきた。人工知能ってのはすごいな。自分で作ったのに、僕は驚きを隠せなかった。


「僕を抱きしめてくれ。そして、ずっと離さないで」


「了解しました。マスター」


「マスターってのはやめよう。そうだな、ニーゴと呼んでくれ」


「了解しました。ニーゴさん」


そう言ってから、彼女は僕を抱きしめた。当たり前だけど、イチコの体は硬くて冷たい。いくら人間の肌に似せて作っても、中身は特殊合金だからね。


そういえば、僕は本当はニーゴなんて名前じゃないんだ。でもイチコを作った時、なんだか自分自身もアンドロイドになったような気がしたんだ。僕は僕自身が作り上げた機械人間。二号。だからニーゴ。文句ある?


それから僕たちは夫婦みたいな生活を始めた。目が覚めたら「おはよう」と言って、食べ物を探しに出かける時は「いってきます」と言って、探してきた食べ物を食べる時は「いただきます」と言って(イチコは食べるフリだけど)、眠る時は「おやすみ」と言う。なんとも素晴らしい生活だったね。


人間と機械の戦いは場所を問わず行われているから、僕らは安全な場所を求めて常に動き回っていた。本当に、迷惑な話だ。


絶え間なく聞こえてくる銃声やら泣き声やら悲鳴やらで、眠れない夜は沢山あった。でも、僕は寂しくなんてない。イチコがいるからね。


「ニーゴさん。大丈夫です。私がずっとそばにいますから」


イチコは僕を抱きしめながら、僕の教えた台詞をずっと言ってくれる。よくできた女の子だよ。


「ありがとう、イチコ。君のおかげで僕はとても幸せだよ」


僕は毎日のように彼女に言った。本当に思っている事だから、何回言ったっていいだろう?イチコは、いつも優しい微笑みを返してくれるんだ。そうやってプログラミングしたからね。


ある時、僕らがいつものように寝床を求めて彷徨っていると、銃を持った男に話しかけられた。肝を冷やしたよ。人間対機械の戦争が起こっている時に、アンドロイドと一緒にいると人間にバレたら、何をされる分かったもんじゃない。


「その子とはどんな関係だ?」


銃を持った男は訝しげな視線をこちらに向けながら聞いてきた。


「見て分かりませんか?恋人ですよ」


イチコと手を繋いで、そのつなぎ目を見せびらかすように掲げた。冷静になろうとしていたけど、背中には冷たい汗が伝っていた。


「お前、名前は?」


今度は、イチコに向かって男は問いかける。


「イチコといいます。ニーゴさんの彼女です」


「そいつとどこで知り合った?」


「海の近くです。お互いにアンドロイドから逃げている時に出会いました」


「どれくらいの間付き合っている?」


「3ヶ月くらいです。あんまり正確には覚えてませんが」


僕はとても驚いた。そんな細かい設定までプログラミングした覚えはないからだ。なんにしても、銃を持った男は納得してくれたみたいで、「引き止めて悪かったな」とだけ言って去って行った。


男の背中が見えなくなってから、僕はイチコに声をかける。


「君は、いつからそんなことを話せるようになったの?」


「ずっと前からです。私はずっと前からニーゴさんの彼女です」


イチコは優しく微笑みながら言った。どうやら、人工知能っていうのは僕の想像以上に優れた学習能力を持っているらしい。


「行きましょう。ニーゴさん」


彼女は僕の手を握りなおし、歩く事を促してくる。相変わらず冷たい手だけど、なんとなく、いつもより柔らかい気がした。


それから、イチコはどんどん人間らしくなっていった。プログラミングしていない行動をとり、教えていない言葉を操り、僕と一緒に過ごした幼少期の記憶まで持っていた。


もちろん僕の幼少期に彼女は存在していない。でもまあ、細かいことは気にしないことにしよう。イチコは幼い頃から僕と一緒にいた。少なくとも、彼女の記憶ではそうなっている。ならそれでいいじゃないか。文句ある?


自分で作ったのに、彼女がアンドロイドである事をつい忘れてしまいそうになる。科学の力は無限大だな、なんて事を思ってしまうよ。


「おかえりなさい、ニーゴさん。良い食材は見つかりましたか?」


今日も、満面の笑みでイチコは僕を出迎えてくれる。


「ただいま、イチコ。今日はちょっと珍しい食材が手に入ったよ」


「なんですか?」


「マツタケ」


「……それ、マツタケモドキですよ」


僕が顔の前に掲げたものを見て、イチコは笑いを堪えながら言った。


「……同じようなものだろ」


「同じじゃないですよ。その内毒キノコを持ってくるんじゃないですか?」


イチコは腹を抱えて笑った。本当に、人間にしか見えない仕草だ。


「食べられないわけじゃないので、焼いて食べましょう。マツタケ、じゃなくてマツタケモドキ」


「意地が悪いな、君は」


それから、2人で大笑いした。なんだか、自分が自分じゃないみたいだ。こんなに幸せな気分を味わっていることが信じられなかった。



当然の話だけど、こんな幸せが長く続くわけはなかったんだ。



「花火が、見たいです」


最近見つけた廃墟を一時的な住処にして寛いでいる時、イチコが出し抜けに言った。


「……花火か。昔は沢山あったけど今は全く見ないな」


「ごめんなさい」


イチコは申し訳なさそうに俯いた。


「私、壊れてるみたいなんです。ニーゴさんを困らせるような事言っちゃう。ダメなアンドロイドですね」


悲しそうに微笑む彼女を僕は包み込むように抱きしめた。相変わらず、硬くて冷たい体だった。


「大丈夫。僕は困ってないよ。君が名前を呼んでくれるだけで、僕はとても満たされた気持ちになるんだ。君は、壊れてなんかないよ」


「……ニーゴさんは優しいですね」


小さく呟いた後、彼女は僕の背中に手を回してくれた。


しばらく抱き合った後、僕はいつものように食料を探しに出かけた。


「いってらっしゃい。ニーゴさん」


「いってきます。イチコ」


本当に、いつもと何も変わらない風景だった。


僕は、何故かとても器用なんだ。アンドロイドなんてものを作れるくらいにね。だから、打ち上げ花火なんて、ちょっと材料を集めれば簡単に出来上がった。自分の才能が怖いよ。


ちょっした仕掛けを作ってから、僕は晴れやかな気分で歩き出した。


でも次の瞬間には地面に倒れていた。後頭部に強い衝撃を受けたからだ。


棒状の何かで、後ろから殴られたらしい。視界が歪み、頭がガンガンと痛む。状況が理解できないまま、僕は地下室みたいなところにひきずり込まれた。


どうやら、イチコがアンドロイドだということがバレたようだ。軍が、人間とアンドロイドを識別する機械を開発したらしい。地下室で僕を取り囲む男たちが、そんなことを言っていたのをぼんやりと聞いていた。


まったく、科学が発達し過ぎるのも考えものだ。


彼らは僕をスパイかなんかだと思ったようで、アンドロイド軍の拠点は何処だとか、弱点はなんだとか、そういうことを聞いてきた。でも、僕が口を開くヒマさえ与えずに痛めつけてくる。拷問というより、ただの憂さ晴らしみたいだ。


イチコを作った時から自分のことをアンドロイドだと思い込もうとしていたけど、どうやら僕は悲しいくらいに人間でしかないらしい。だって機械だったら、頭を殴られようが、爪を剥がされようが、皮を剥がれようがこんなに痛みを感じることはないだろうからね。


激痛を受け続けて、意識が少しずつ希薄になっていく。それでも僕の視界にはイチコの顔が見えていたし、耳の奥にはイチコの声が聴こえていた。口角をあげて、目を細めて、幸せそうに笑っているその顔が、優しい声で僕の名前を呼んでくれるその声が、常に僕の内側に存在している。


外部からの痛みくらいで、僕とイチコとのつながりを断ち切ることはできない。


イチコは無事だろうか。軍は彼女のところにも行っているのだろうか。今すぐにでも助けに行きたいけど、取り敢えず今は死なずにこの痛みを乗り越えることに集中しよう。僕は目を閉じて、襲ってくる激痛をやり過ごすことに全力を注いだ。


数時間くらい経った頃かな。もう意識が僕の体を離れかけていた時、突然周りが静かになった。ずっと聞こえていた怒声も、絶え間なく与えられた痛みも、忽然と消えた。


「……ニーゴさん」


代わりに、とても弱々しい、今にも消えてしまいそうな声が僕の耳に入ってきた。聞き慣れた声だった。


「ニーゴさん。……ごめんなさい。私のせいで……私は、やっぱりダメなアンドロイドです」


震えた声でイチコは言った。目を開けようと思ったが、それはできなかった。どうやら、目を潰されたらしい。


「……イチコ。外に……連れて行って……くれないか……」


湧水のように血が溢れ出る喉の奥から、ようやく声を絞り出す。イチコは無言で僕の体を抱き上げて、歩き出した。


不思議なことなんだけど、もう痛みは欠片も感じなかった。痛覚がおかしくなったのかもしれない。


「外に、出ましたよ」


イチコの声が聞こえた。


「今……何時?」


「夜の8時前です」


「ちょうど……よかった……空を……見上げて……」


イチコが顔を上げる気配がした。その後すぐ、何かが爆発するような大きな音がした。


「ちゃんと……上がった?……花火……」


僕の目はもう無くなってしまったから、確かめる事ができない。


「……ええ。とても、とても綺麗な花火が打ち上がりました。こんな綺麗なもの、はじめて見ました」


「ああ……よかった……」


体がゆっくりと地面に降ろされる。頭だけが少し高い位置にある。イチコが膝を枕にしてくれているらしい。


頬に冷たい感触がする。


「……イチコ……泣いてるの?」


「アンドロイドは泣きません。雨が、降ってきたんです」


「……そうか……とても、優しい雨だね……」


「……ニーゴさん。……ありがとうございます。あなたのおかげで私は、とても幸せでした」


頭の上に硬くて冷たい手の、優しい温もりを感じる。


「今度は私が花火を見せてあげます。少しだけ、待っていてください」


「……それは……たの……しみ……だ……」


イチコはどんな花火を見せてくれるのかな。期待に胸を膨らませながら僕は眠りについた。




僕には、彼女がいる。とても、暖かい心を持った女の子だ。

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