領主バレヌギウス




辺りの日が落ちた頃、エルミールとネイアが村の中央へとある広場に向かうとそこには中央には焚火、辺りには簡易的な椅子が並べられていた。



三十人余りの人の姿があり、既に酒や用意された多少ばかり豪勢な料理を摘んでいた。

 三十人と言う人数はこの程度が村の規模から考えると妥当な人数であろう。



「どうやら主役が来たみたいだな」



待ちかねていたのかベンゼルが近寄ってそう言ってくる。



「みんなー‼︎ こっち見てくれ、主役が来たぞっ‼︎」



ベンゼルがそう叫ぶと、村人の視線が一気に集まる。




「おお……あれが川から流れてきたって言う……」

「エルフっぽいけど、違うみたいだな」

「中々に綺麗な人ね」



などと村人達が騒ぎ始める、如何やらここの村の連中はやたらフレンドリーらしい。



「折角だ、自己紹介してもらおうぜ‼︎」



ベンゼルはそう叫ぶ。



「私はヘルシア・シャメイル、よろしく……」



エルミールがそう言うと何故か歓声が上がった、何故だろう、村人に既に酔いが入ってるからその乗りだろうか、あるいはーーー。



「取り敢えずあんたが主役なんだ、飯でも食えよ」



ベンゼルがそう言い、いくつかの食事を取ってエルミールに渡す。

余り質の良いとは言えないが焼きたてのパンに少々の肉の入ったスープに、色の薄い葡萄酒ーーー正直どれもエルミールに取っては美味しそうには見えなかった、しかしそれでも彼等にして見れば豪勢な食事なのだろう。




「そう言えばヘルシアって変わった口調だよな、なんか理由でもあるのか」

「ある、でなければこんな喋り方になる訳あるまい?」



実をところ、エルミールは元々こんな口調では無い。

 エルミールが魔王になった頃に魔王らしい振る舞い方を考えた末に身についた口調である、頑張れば普通に喋る事もできるだろうが、こうして話す方が楽なほどこの口調が身についてしまっている。



「まぁ、どうでも良いんだけどさ……それよりスープ飲めよ、肉なんてそうそう食えたもんじゃ無いし、ほらネイアもだよ」



ベンゼルはそう言うともう一杯のスープを横にいたネイアに渡す。



「えぇ……ああ、ありがとうございます」



ネイアはそう言うとスープを受け取る。



「そう言えばお父様は何処にいらっしゃるのですか?」

「それなら、家にいるぜ、多分もう直ぐ来るだろうけど」



ネイアとベンゼルが話している間にエルミールは村のあたりを見渡す。

 そうするとエルミールはある事に気付いた、村の全体の比率に対して年頃の女性が少ないのである、見たところ若い女は2、3人しかおらず後は子供か老婆程度、幾らなんでも比率がおかしいのでは無いのかと思う。



「この村男女比がおかしく無いか?」



エルミールはベンゼルに尋ねる、しかしベンゼルは苦い顔をするだけでしっかりとは答えてくれない。

 そうこうしているとまだ幼い幼女がエルミールに近寄ってくる。



「あのね、お姉ちゃんにこれ上げる」



そう言うとその子供はエルミールに自分の分であろうパンを渡してくる。




「良いのか……これは自分が食べる分だろう?」

「良いんだよっ、あのね、あのね、そのかわり文字を教えてほしいの……」

「文字? なんで、そんな……もしかして書けない?」

「うん、そうなの……村で文字をかけるのは村長とベンゼルお兄ちゃんくらいだよ」




今から120年前ーーーエルミールが魔王どころか、成人すらしていなかった頃に魔族随一の教育機関と呼ばれている聖エルフィンド魔導学院の生徒であった頃に人間側国家の識字率は魔族と比べると著しく低く3分の1程度しかないと習ったことがあった。

 つまりこれはそう言う事なのだろうとエルミールは初めて身に染みて実感する。




「わたしねっ、将来お金持ちになりたいの、そして連れて行かれたお姉ちゃんを取り戻すのっ‼︎」



その幼女の瞳は至って真面目なものだった、その顔つきは年相応の子供とはとても思えない。



(連れて行かれた? そして村には殆ど居ない……)



暫く考え込んだエルミールの頭の中に一つの考えが浮かんできた、そしてそれは考えを深めるうちに確かに強固なものへとなっていく。




エルミールはパンをそっと幼女の元へと返す。



「それは要らないよ……文字の書き方なんてただで幾らでも教えてやるさ」

「ほんと……? 本当にいいの……?」

「嗚呼、そんくらい大丈夫だよ」

「やった、ありがと!」



幼女はそう言い飛んで喜びを表す、如何やら相当嬉しかったのだろう。



「そう言えばお姉ちゃんの名前ってなんで言うの? 私はリティア、リティア・オルクって言うの、よろしくね」

「私はヘルシア、よろしく」




そう話していていると背後から怒声が聞こえてくる。



「楽しくやってるみたいだな、獣人(家畜)ども‼︎」



ヘルシアが後ろを振り向くと肥満体の人間の男とそれを護衛する数人の騎士の姿があった。



男は身長が低く、そしてかなりの贅肉をたくわえている、手には杖を持っており、身なりはかなり良いことから貴族階級なのであろう。



「何をぼけっとしているゴミ共‼︎ この地の領主である、バレヌギウス伯爵が前だぞ‼︎ ひれ伏せぇぇ‼︎」



1人の騎士がそう叫ぶと、村人達は咄嗟に頭を地面につけ平伏す。

 隣にいたリティアや人間であるネイアすらも他に頭を伏せていた、しかしエルミールにはその気は甚だ無かった。




「バレヌギウス様‼︎ 何故此処に⁈」



騒ぎを聞きつけたドルクがその場に駆けつけた、その顔は完全に青ざめており、いつもの威圧のある彼とはとても思えない。



「確か来訪されるのは半年先と聞いておりましたが……?」

「そんなもん私の気分だ‼︎ どうでも良かろう‼︎」



バレヌギウスと呼ばれた男は、ねっとりとした嫌らしい声でそう答える。



「それで今回は何様で?」

「簡単な話だ、小遣い稼ぎに決まってるだろ、それ以外こんな小汚い場所に来る訳なかろう⁈」



その話を聞いてドルクはピクッと身体を震わせる。



「しかしもう村には……年頃の娘などもうおりません‼︎ これ以上されたら村は滅んでしまいます‼︎」

「お前らが滅ぼうがどうなろうが知るかぁ馬鹿かぁ⁉︎ 貴様ぁぁぁぁぁ‼︎」

「グフゥ⁉︎」



バレヌギウスはドルクの発言に激昂すると手に持っていた杖でドルクに何度も殴打する。

 暫くやると気が済んだのか、杖を振り下ろすのをやめる。



「それで? この村には本当に年頃の娘は居ないのか?」

「いえ、恐らく後2人はいるはずです、奴隷市場に流せば金貨60枚になるかと……後幼子も多くいる様ですね、其方も高値で売れるかと思われます」



側近の男はバレヌギウスにそう告げ口をする、それを聞いたバレヌギウスはニタァと汚らしい笑みを浮かべる。



「三日分遊べるくらいの金にはなるなぁ……」




バレヌギウスはそう呟くと当たりを見渡した、村の獣人達はバレヌギウスに恐れおののき額を地につけていた、しかし村長を除き1人だけ例外とも言える者がいた。




白銀の長い髪に紅い瞳を持ち、十代後半程度の淡麗な顔の持ち主の少女だった、衣服はかなりボロついているが元はかなり仕立てが良いもので自分の着ている服よりも上質な物だったのかも知れない。



(なんだ……? 1人だけ頭を下げず無礼な輩め……エルフ……? いや、魔族か?)



「あそこの無礼な彼奴はなんだ?」



バレヌギウスはエルミールに指を刺す。



「エルフ……? いや、あれは魔族ですね、奴隷市場に流せば獣人の10倍近い値段で捌けますよ」

「ほぅ……決めた‼︎ 」



バレヌギウスはそう言うとエルミールに近づいてくる。



「お前は本来、私に奴隷として売り払われる筈なのだがお前の容姿が気に入った‼︎ 私専属の奴隷にしてやろう、喜べ‼︎」



男は嫌らしい笑みをエルミールに向ける、その視線はエルミールの身体へと向けられていた。



「は? 何を言っているのだ⁈……貴様ごときオークの様な醜男に好き勝手されよう筈がなかろう」



エルミールはそう言い捨てた、それと同時に当たりの空気が凍りつくのを感じる。



「き、貴様ぁぁぁぁぁ‼︎ この私がオークの如き醜男だと‼︎ ふ、ふざけるなぁ‼︎」



バレヌギウスは激昂しエルミールに殴り掛かる。

バレヌギウスの拳はエルミールの頬に凄まじい勢いでぶつかりエルミールは体制を崩す。

 そしてバレヌギウスはエルミールを何度も蹴り付けたり殴りつけたりする。



しかしエルミールは抵抗はしない、正直今は何でも殺してやりたいくらいなのだが、そうしてしまうには余りにも判断材料が足りない、相手はあくまでもこの地の領主なのだ。

 仮に反撃したりして勇者や高位の冒険者を呼ばれたりしたら流石に面倒である。




エルミールも元魔王だ、人間の拳を幾ら振り下ろそうとその身は傷つく事はないし、殴られ続けた所で痛みはほとんど感じない、ただただ不快感が溜まっていく。




「くっ……なんて硬い女なんだ、拳が痛てぇ……」



暫く殴り続けたバレヌギウスはすっかり拳が腫れ上がっていた、対するエルミールには殆どダメージは与えられていない。




「と、取り敢えず……今日のところは帰ってやるよ‼︎ だが一週間後にまた来てやる‼︎ その時、お前にチャンスをもう一度くれてやろう、もし俺の道具になると誓うなら許してやる、だが断るなら村の連中皆殺しだ、良いな⁈」




バレヌギウスはそう言い残すと騎士を引き連れて村を後にして行った。






「もう懲り懲りだ、なんで俺らはあんな野郎の言いなりにならないと行けないんだ‼︎」





バレヌギウスが村を後にして暫く時が経ち、沈黙が続いたがそれを切り裂く様に1人の男が叫ぶ。




「もうこの村はお終いじゃ‼︎」


「て、テメェ‼︎ ヘルシアとか言ったか⁈ お前が領主にあんなこと言うから面倒なことになったんだぞ⁈ 責任取って早く領主の奴隷になれよ‼︎」


「もういい‼︎ どうせ彼奴らは俺らを食い潰すつもりなんだ‼︎ だったらせめて一泡吹かせてやろうぜ‼︎」


「そうだそうだ‼︎」




村人達は騒ぎだしその声は段々と大きさと勢いを増していく。



「村長‼︎ どうすんだ? どうせ俺らに明るい未来はねぇんだ、いっその事こと玉砕しようぜ‼︎」

「そうだな、それも手の一つかも知れない……」



村長は複雑な表情をする。

どうせ奴らはこの村を滅ぼすつもりだ、ならばせめて一撃は殴ってやりたいというのも本心だ。




「ふっ……負け前提での戦いほど苦しいものは無いぞ?」



エルミールはそう言い放ち、嘲笑する。



「な、なんだと⁈ 元はと言うとお前のせいだろうが‼︎ どう責任取ってくれるんだ⁉︎」



1人の若い男の村人がそう叫び散らす。



「だから責任を取るつもりだ、こうなったのも私の責任……」


「あ? どうするんてだんだよ?」



若い男はエルミールを睨みつける。



「村長……このあたりの家は何年くらい前から立っている?」

「古い奴は100年近くになるんじゃ無いか?」

「近くに火山は?」

「半日くらい歩いたところにあるが……」

「ならば問題ない……勝機は十分にある」

「んなもん集めてどうするんだ? ヘルシア」

「村長、私に村の全権を預けてほしい……そうすれば村を守る事ができらかも知れない」

「お前一体何もんなんだ?」



ドルクはエルミールを見つめる、この堂々たる態度と言い、その身なりの良さからただの魔族の端くれな訳がない。



そして、ドルクに問われたエルミールは息を深く吸いひとこと言い放った。



「私はエルミール・リア・シティア、かつて魔王と呼ばれていた者……」

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元魔王の大賢者〜追放されたので腹いせに地球の技術力で辺境の村を復興させて行こうと思います。 まなこんだ @scp8101919JP

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