2.リクエスト

 イントロが流れ出したことを確認してマイクのスイッチを切る。往年の名曲はフルコーラスで5分弱。手洗いに行っても余裕があるほどだ。

「キング、また『茨姫』のリクエストを採用したのかよ?」

 咎めるような口調に、止まり木にちょこんと止まっていた相棒は、いかにも面倒くさそうに振り返った。

『りくえすとソノモノガ少ナイカラ採用確率ハ上ガル。文句言ウナ』

 わざとらしく翼をばたつかせ、甲高い声でケケケ、と笑い声をあげる。感情表現豊かなこのロボットは十年来のパートナーだ。こちらの性格を知り尽くした上で、わざとこういう口の利き方をする。

『常連ガ増エタノハ喜バシイコトダロ』

「そりゃそうだけどよ」

 DJレオンの『チャンネルΣシグマ』は、宇宙船から各地の中継衛星を無断借用して不定期に流している、文字通りの『海賊放送』だ。固定のチャンネルを持たないため、追いかけるにはちょっとしたコツがいる。

「今月はもう三回目だぜ? さすがに多すぎだろ」

 元々レオンの気まぐれで始めたラジオ番組だから、スポンサーや視聴者の意向を気にする必要はさらさらないとはいえ、さすがにこれは贔屓と言われても仕方ないのではないか。

『マダ気付カネーノカヨ』

「へ? 何がよ」

 呆れたと言わんばかりにギャアと一声鳴くキング。次の瞬間、メインディスプレイにこれまでのリクエスト曲をまとめたリストが表示された。赤字で表示されているのが『茨姫』から寄せられたリクエスト。今年の三月から始まり、ペースは大体一週間から三週間に一度。曜日も時間も不規則で、リクエスト曲もクラシックから最新のアイドルソングまで多種多様だ。

ヲチャント読メヨ』

「ちゃんと読むも何も――」

 改めてリストに目を走らせる。最初に届いたリクエストは『6マイルの恋』。二十年ほど前に流行ったカントリーソングだ。続いては美少年アイドルグループのデビューシングル『31 Love』。その次は長寿ミステリードラマシリーズのエンディングテーマ『零の彼方』、冒険映画『四龍玉』の主題歌――。なるほど、ようやくキングの言いたいことが見えてきた。

「お姫様のリクエストは、タイトルに数字が入ってる曲ばかりってことか」

 これまで届いたリクエスト曲は二十曲。そのすべての曲名に何かしらの数字が含まれている。二つ三つなら偶然かもしれないが、リクエスト曲すべてに入っているというのは、明らかに意図的なものだ。

「しかし、この数字に何の意味があるんだ?」

 こりゃだめだ、とばかりに翼で顔を覆い、キングはその嘴でカツカツと止まり木を小突いた。ディスプレイからリストが消え、代わりに記されたのは航宙図。それも現在地ではなく辺境地域のものだ。

「どこだよこれ……マディナ星系? 随分遠いところの地図を引っ張り出してきたな」

『今日マデノリクエスト曲ニ含マレテイタ数字ヲ並ベテ、銀河標準座標ニ置き換エタラ、ココニナッタ』

 ディスプレイ上の地図がぐんとズームアップし、一つの惑星を示す。マディナ星系・第三惑星フェリス。美しい環を持つガス惑星で、近くに建造された宇宙コロニーは観光スポットとしても有名――だった。

「ここは……もう、無人のはずじゃないか」

 惑星フェリスとリゾートコロニー《パラダイス・オー》の名は数か月前、トップニュースとして星間ネットワークを駆け巡った。コロニーの発着場で起きた宇宙船の追突事故。連鎖的な爆発によってコロニーは大破し、春の大型連休を利用してコロニーを訪れていた大勢の観光客が巻き込まれた。

『アレハ本当ニ酷イ事故ダッタ。アト少シデモ救援ガ遅レテイタラ、生存者ノ方ガ少ナカッタカモシレナイ』

 駆けつけた連邦警察や軍の精鋭部隊による決死の救助活動のおかげで、大規模な事故だったにも関わらず犠牲者は二桁に留まった。事故の規模を考えれば奇跡といってもいいくらいだ。

「あの《パラダイス・オー》に生存者がいて、メッセージを送ってる? そんな馬鹿な」

 警察の発表によれば、犠牲者のほとんどはコロニーの従業員だった。身元はすべて判明しており、行方不明者の存在は確認されていない、とされている。

「あれから何ヶ月経ってると思ってる? 第一、それなら広域に救難信号を発信すればいい。わざわざこんな暗号をオレのところに送ってくる必要なんか、どこにあるんだ?」

『サアナ。俺ニハ分カラナイ。デモ、コレダケハ分カルゼ。――DJれおん、りすなーガイルッテコトサ』

 咄嗟に何か言い返そうとして、耳障りな警告音アラートに邪魔される。もうすぐ曲が終わる合図かと思いきや、どうやらそれだけではないようだ。

『広域れーだーニ反応アリ。アンタノ熱烈ナふぁんガ押シカケテ来タゼ』

「ったく、人気者は辛いよなぁ!」

 切なく繰り返すサビが終わり、後奏に差し掛かったことを確認して、マイクのスイッチを入れる。


「さあて、もう一曲――といいたいところだが、うるさい連中が近づいてきてるみたいなんで、今日の放送はここまでだ! またいつか、星の海でオレ様の声をつかまえてくれよ! じゃあなー!」

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