日本語教育を2時間しか受けていない著者でも小説が書けました!夜王はブランコがお好き

里中サトル

第1話 ホスト「DOGRA MAGRA」

花輪町は特別な街だ。そこにいる人間はどうやって街に入ったのか誰にも分からないし、花輪町からどうやって出たのかも誰にも分からない。ただ、誰もが街の中で経験したことだけはいつまでも忘れない。記憶の中で。または夢の中で。


花輪町にやってきた人間は大抵が一晩の内に出ていく。たった1人でやってきて、たった1人で出ていく。ただ、時折、街に残り続ける人間もいる。狂夜はそんな変わり者の1人だ。1夜限りのはずの花輪町で翌日を迎えることそのものがあり得ないことなのだが、狂夜以外にも花輪町に居続ける人間はいて、全ての人が何らかの水商売を営んでいる。


花輪町のお客さんは1夜限りで出ていくが、花輪町でお客さんを迎えるホストやホステスはそうではない。だからこそ、花輪町にはあり得ないほどの一体感があった。あり得ないことを経験して、あり得ないことを経験し続けている。それが街の人間同士の信頼を醸成していた。


ホストクラブは狂夜が在籍する「DOGRA MAGRA」以外に4軒あり、互いにライバル関係にある。ライバル関係とはいっても、引き抜きがあるわけでも、ホストクラブ同士の抗争があるわけでもない。あくまでも、売り上げを競っているだけの健全な関係だ。


狂夜がいつものように「DOGRA MAGRA」へ向かっていると、「CLUB JOOY」のホストである死神が歩いてくるのが見えた。死神はずっと下を向いて歩いているから、こちらから声をかけない限りは狂夜に気付くはずもないが、一応狂夜は死神に声をかけた。「よう」


びっくりしたように死神は狂夜を見る。見て、数秒経った後、まるで別人のような表情になって狂夜に挨拶を返す。「おう」


「なに、お前相変わらず1人の時はずっと自分の世界に入り込んでいるの。相変わらず寂しいやつだね」狂夜はからかうように言う。


「それが分かっているから他のヤツはわざわざ声をかけてこないんだよ。未だに律儀に声をかけてくるのはお前くらいだよ、狂夜」死神は一律のトーンを保ったまま発声するマシーンのような人間だった。ずっと自分の世界に入っているのも、店での対応をシミュレーションし続けているのだった。自分のシミュレーションを完璧にこなす。だからお客さんからの評判はいい。実際に「CLUB JOOY」では常に売り上げ上位をキープしている。


「まあ、頑張れよ」狂夜は死神の肩をポンと叩いて、「DOGRA MAGRA」への歩を進める。


さあ、今日はどんなことが待ち受けているんだろう。毎日が違う客で、客が来ない日はない人気ホストクラブ「DOGRA MAGRA」。


「DOGRA MAGRA」、開店します!



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