another character magicians
間堂実理果
プロローグ 最終決戦
仲間のほとんどは、もう
ついさっきまで一緒にいた人間が、命を失い、地面に転がっているだけのモノになってしまっている。
そんな絶望しかない状況に置かれてもなお、
「まだだ……こんなところで、魔法使いは死なない……!」
諦める気はこれっぽちもない。
眼前にあるのは、巨大な頭。目はない。尖った植物の葉――アロエか何かが近いだろうか。それに酷似した歯が不規則に生えている。肌の質感は大木の根のようだ。そして大きさは3メートルほどあるだろう。今にも飾を一飲みにしてしまいそうだった。そんな頭が1つではない。3つ、4つ、5つ……。多すぎて数えきれない。
彼女の仲間たちもまた、そんな頭と戦っていた。力及ばず薙ぎ払われる者。健闘し、退けている者。無残に捕食される者。応援したくなる光景も、思わず目を背けたくなる光景も、入り乱れていた。
「ハリケーン・ヨーヨー!」
飾は腹の底から技名を叫ぶ。彼女の持つ魔法の杖から生まれた小型の台風が、周囲を飛び回りながら首を切り裂いた。
「ハリケーン・ヨーヨー!」
どこかからか、同じ技名が聞こえる。そして、それは頭や首でなく、飾に襲いかかった。
「ぐあああああああああああっっ!!」
左腕を奪われ、彼女は地を転がる。何度も
「邪魔をするな、デズデモーナ!」
名を呼ばれ、1人の女性が姿を現す。外見は飾と酷似していた。だが色が違う。飾の白い長髪に対し、デズデモーナと呼ばれた女は黒髪。衣装もまるで明暗を反転させたかのような色合いだ。違いらしい違いと言えば、足先に布を巻き、細い筒のような靴を履いている、
「邪魔なのはお前らの方だ。表の魔法使いども」
デズデモーナの吐いた唾が、飾の頬を汚した。
「この力を使い、我々陰が世界を手にする!」
「ふざけるな! こんな化け物を貴様らが手中に収められると、本気で思っているのか!? そんなことをする前に世界は滅ぶぞ!」
どれだけ叫ぼうと、その訴えは届かない。
「できるさ。そしてこいつの力があれば、世界を滅ぼすも創るも容易いことだ!」
一方、デズデモーナたち陰の魔法使いは、この化け物の力を己のモノにしようと目論んでいる。
表と陰が分かり合える日など来ない。永遠に相容れないねじれの関係。
「さぁ……我々に従え、獄世渡龍!」
デズデモーナが宣言する。それを合図に、他に待機していた陰の魔法使いたちが集まって来た。その数、ざっと20人くらいか。
彼女らは化け物の周囲に結界を張る。その中に獄世渡龍を閉じ込め、力を吸い取るつもりだ。
「やめろ! 己を滅ぼしたいのか!?」
飾は必死に説得を試みる。が、
「そんなに怖いのか? 私がお前よりも強くなるのが」
「そうじゃない、そいつの力は他の『災禍の化身』とは桁違いだ。一介の魔法使いが操れる代物ではない。このままだと破滅するだけだ!」
彼女の警告を、デズデモーナは嘲笑う。
「キャッッハハハハハハハハ! 破滅が怖くて魔法使いなどやっていられるか!」
しかし、その笑いも次の瞬間には悲鳴に変わっていた。
「ゴゴココココココココギャアアアアアアアアアアァァァァァァァンンン!!!!」
大木を切り倒したような鳴き声。聞こえると同時に、獄世渡龍は結界を破り、それを造っていた陰の魔法使いたちを食い始める。
陰だけではなく、表の者たちも同様だ。飾とデズデモーナは急いで退避する。
並走しながら、飾は訴えた。
「だから言わんこっちゃない! 無理な行為に及ぶな。世界を救うために、こいつは倒さなければならない!」
「ふざけるな! 私はこいつの力が欲しい。世界を創造し、破壊する、圧倒的な力が!」
デズデモーナは杖を構えた。
「シャドウ・スクリュー!」
杖の先を中心に風が渦巻く。それは巨大なドリル状の武器となり、飾に襲いかかる。
「!!」
回避しようとするも、ほとんどゼロ距離。無傷で避けるのは不可能と思われた。
しかしそこへ乱入者が。
「超電回転キック!!!」
凄まじい勢いで、雷撃が回転しながら降って来る。その一撃のおかげで、飾を襲おうとしていた竜巻は消え失せた。
そして場に残ったのは1人の少女。赤髪のボブヘアーで、サイドが獣の耳のように跳ねている。手足にはまるで、グローブとブーツのように電線を巻いていた。
「大丈夫かい、飾!」
「おかげさまで。後は私がやる!」
『ファング モード』
独特の機械音とともに、飾の杖が変形する。先端に巨大な刃の付いた鎌へと。
それを構えながら、彼女は前方へ向け跳ぶ。その先には祭の一撃を受け、後退りしたデズデモーナ。
「ストーム・デス・カッティング!」
刃が風を纏い、更に巨大な刃と化す。それはまるで、巨大な魔物の
避けようと周囲を飛び回るデズデモーナ。彼女は魔法の杖の力で空中を舞うことができたが、飾は違う。今、飾の武器は鎌へと変形している。そのため飛行魔法などは使用できない。物理攻撃、あるいはその威力を高めるための魔法だけだ。
瓦礫などを利用して、飾も飛び回る。が、デズデモーナの動きには追いつけなかった。
「シャドウ・トランポリン!」
デズデモーナが叫ぶと、彼女の足元に巨大な風の渦が生まれる。それを利用し、さらに高く跳び上がった。
「逃がすか!」
飾もその渦を利用しようとする。だが、飛び乗ろうとした瞬間、それは消えてしまった。
舌打ちしながら、遥か上空にいる陰の魔法使いを睨みつける。
そうやって飾たちが戯れている間に、それは起こった。
「まずいよアレ! どうするどうする!?」
祭が上擦った声での悲鳴を上げる。彼女が眺めている方向に、飾も視線を向ける。
そこでは、獄世渡龍が怪しく発光している光景があった。
この時、魔法使いたちの脳裏にはある文章が浮かんでいた。
『ゴクヨトリュウ現レル時、ソレハ世界ノ終ワリノ目前ヲ意味スル。ソノリュウノシンノゾウ光ル時、今在ル世界ハ終ワリヲ告ゲ、新タナ世界ガ幕ヲ開ケル。闇ノ光ヲ浴ビタ者ハ永遠ニ救ワレルコトナク、悠久ノ地獄ヲ生キ続ケル』
不気味な言葉だ。だが今まさに、その伝承通りのことが目の前で起こっていた。獄世渡龍の中心部分が黒い光を放っている。
心の臓光る時。闇の光。話に聞いた通りだ。
「絶対に闇を放出させちゃならない! ありったけの魔力を注いで、結界を張れ! 全員で力を合わせろ!」
飾は他の魔法使いたちに、必死に呼びかける。生き残っている魔法使いたちは慌てて、獄世渡龍の周りを囲んだ。各々が持つ武器を標的に向ける。その先から魔力が放出され、結界が生成されていく。
「ルート・バインド!」
「絶対に壊すな! 世界を終わらせたりさせねぇぞ!」
それは誰もが、心の底で叫んでいる。が、放出できる魔力には限りがある。結界が徐々に弱まり始めた。
飾は絶叫しながら、獄世渡龍の真上に跳んだ。
『ステッキ モード』
鎌を再び杖へと変化させ、結界魔法の力を高めた。
「この命尽きようとも――――私はこの世界の為に、全てを捧ぐ!」
杖の先端に、飾の魔力が凝縮されていく。だが同時に、彼女は吐血。魔力と共に生命力までも絞り出していた。
それに気が付いた聖が、無理をするな! と叫ぶ。
もちろん、飾はやめなかった。命を掛けてでも、守らなければならないものがある。
「私の命で世界が救えるなら、本望! そのために魔法使いとして戦ってきたんだ。こんな所で怖がってはいられない!」
胸が苦しい。目がはっきりと見えなくなっていく。飾は『死』を実感した。
薄れゆく意識の中で、彼女は精一杯叫ぶ。
「ストーム・プロテクト!!!」
暴風が吹き荒れた。それが獄世渡龍の身体を包み込み、完全に外からは見えなくした。
内側にいるのは、飾ただ1人。
「(この風で闇の光を抑える! 外の皆を傷つけさせはしない。化け物と心中するのは、私独りで十分だ!)」
獄世渡龍の肌が割れ始める。内部から闇が漏れ出していく。あれに巻き込まれれば、永遠に地獄の中を彷徨うことになる。けれど飾は後悔していない。
だってこうして、仲間たちを、世界を、守れたのだから――――。
『ファング モード』
上空より、低い機械音。彼女は咄嗟に音のした方に視線を向けた。
が、気づいた時にはもう遅い。
「シャドウ・デス・カッティング!」
巨大な風の刃が振り下ろされた。自分の持つ魔法と、同じ系統の魔法が。
「ッッ!! デズデモーナ!」
刃によって風の檻は破壊された。仲間を傷つける衝撃波を生みながら霧散する。
次に来たのは直接の暴力だった。
先ほど上空へと逃げたデズデモーナが戻って来て、飾を蹴り飛ばした。咄嗟の事だったので、回避も受け身もできず、飾はあっさりと地面に叩きつけられる。
「ワタシの攻撃も避けられないで、何が世界を救うだ! 本当、口だけは達者だな、表の連中は!」
ふわり、とゆっくり地面に降り立ち、杖に縋りながら歩むデズデモーナ。纏足をしているせいで足が上手く地を捉えない。
もたつきながらも飾の隣に辿り着き、デズデモーナは杖を振り上げる。
「まずはお前から――死ぬがいい」
全身が痺れていて、飾は上手く四肢、否、三肢を動かせない。よって回避行動に移ることができなかった。
ここまでか。そう思ったが。
「飾、危ない!」
双葉椿飾とデズデモーナは、同時に冷たい衝撃を受けて、吹き飛んだ。
氷はこれまで2人がいた位置に立っていた。飾は、ある程度の距離を持ってその光
景を眺めたことにより、彼がなぜ割って入ったのかを理解した。彼女をデズデモーナの攻撃から守るためではない。さらにその上。獄世渡龍の巨大な触手が迫っていた。
「氷ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!」
助けようと動く前に、氷は触手に押し潰される。巻き上がる土煙。それが消える頃には、もう彼の気配は感じられなくなっていた。
舌打ちする飾。また目の前で、仲間を死なせてしまった。
だがその死を悲しむ暇など、一切貰えなかった。戦いというのは非情なものだ。
そして―――――――。
獄世渡龍がついに闇を放出した。
「皆、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
聖が、盛が、祭が、他の表の魔法使いたちが、陰の魔法使いたちが。皆みんな、腹を裂かれながら、そのついでに首を絞められているような、言葉にできないような悲痛な叫びを上げていた。
「そっか…………。失敗しちゃったんだ…………………」
飾の口から洩れたのは、笑いだった。泣く気にもなれない。
「あはは、はは、はっははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!」
狂ったように高笑いをしながら、彼女も闇に飲まれていく。
もう希望はどこにもない。自分たちのやって来たことは全て、無意味だった。結局何も残せないまま無に帰すしかない。
「馬鹿みたいだなぁ、私」
涙を流すこともできなくなった自分を嘲りながら、飾は消えていった。
魔法使いたちは失敗した。
世界は守られなかった。
何もかも、なかったことになってしまった。
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