20-2


 「私が女神に......ですか?」

 「はい。リリナさんをここに呼んだ理由はそのことに関係しています」



 動揺した様子で聞き返すリリナに大女神は落ち着いた声音で返事をして続きを話す。


 「リリナさん、あなたは女神に適した人材です。清い心を持ち、愛に満ちた者のあなたには女神に転生できる資格があります」

 「わ、私はそんな大層な人間では...」

 「いいえ。あなた程の清く優しい女性は中々いません。それと......資格があるとは言いましたが、私にとってはリリナさんには女神になって欲しいのです」


 謙遜するリリナを大女神はやんわり諭す。そして再度リリナに女神への転生をお願いする。

 

 「我々女神族は今...悪魔族という敵勢力と争いをしている状況にあります」

 「悪魔、族」

 「今私たちがいるこの次元――“あの世”には、我々女神族や良心を持ったまま死んだ人間が暮らす『天界』と、悪魔族のような悪しき心を持つ者たちが住む『涅槃』が存在しています。 

 その悪魔族が、天界を堕とすべく我々の領域に侵略を仕掛けてきました。我々は当然抗戦することになり、数百年間争い続けているのです」


 いきなり飛躍した話になったことにリリナは少々呆気に取られるもどうにか話についていく。



 「それで...その悪魔族が近年勢力を増して、我々女神族はやや劣勢に陥っています。私としても今は身を削って半身を戦場へ送っている状態です」

 「え...!?今も女神様たちは悪魔たちと戦っている最中なのですか!?」

 「はい...。しかしあなたとこうして話すことが重要で優先すべきことでしたので、この場を設けさせていただきました...。

 安心してください、今は死傷者は出てはいません。膠着状態が続いているといったところでしょうか。劣勢といっても女神族の戦士たちは皆強いです。一人につき何十人もの悪魔を退治できるくらいに」


 それほどに強いのに苦戦しているということは、敵の数が多いということなのだろう。


 「女神になる資格を持つ者が現れるのは稀ですから。リリナさんのような適合者が現れたのは約100年ぶりです」

 「そ、そんなに希少な存在なのですね女神というのは...」

 「それで......厚かましいのは承知の上で頼みごとを言います。リリナさん、女神に転生していただけますでしょうか...?」


 大女神の真摯な眼差しにリリナは押し黙る。しばらくして彼女はある質問をする。


 「すみません...一つ質問したいのですが。もし私が元の世界へ帰りたいと言ったら、私はあの世界へ転生できるのでしょうか...?そもそも、今あの世界はどうなっているのでしょうか...?」


 自分のことと今のこの状況のことで置いてきぼりにしてしまっていたあの世界の現状のこと。友聖があのまま復讐を続けたのなら恐らくは...と予感はしているリリナだが、それでも確認せずにはいられなかった。


 しかし大女神の答えは、リリナがした悪い予想をさらに上回る悪いものだった。



 「あなたがいた世界は、もう無くなっています。

 杉山友聖が跡形も無く消し去ってしまいました。

 今リリナさんをあの世界へ転生させることはもう不可能です」



 「世界が...無くなった...!?じゃあ、友聖もまた死んで...」

 「いいえ、彼は生きています。彼は空間魔術の応用で彼が元いた世界へ転移したのです。転移する直前に彼はあの世界の各地に破壊爆弾を起動して、それで星を破壊したのです...」


 驚愕過ぎる事実にリリナは絶句する。同時に膝を崩して地面にへたり込んでしまう。

 

 「それと伝え忘れていたことがあります...向こうの時系列についてです。この世次元の時間は、リリナさんが死んでから約7年は経っています。リリナさんがいた世界が消滅したのは少し前になります」

 「そう、だったのですか...てっきりあの日からすぐにここへ来たのだと...」


 「 “この世”から“あの世”へ移る際には時空の歪みが生じてしまい、死んだ時からすぐの時もあれば、数十年経っている時もあります。リリナさんくらいの年月の経過が標準と言って良いでしょう」

 「.........それで、友聖は今...どうしているか分かります、か?」


 リリナは躊躇いがちにそんな質問をする。彼女自身も大体の予想はしているが、やはり事情を知っている人の口から知りたいと思わずにはいられなかった。


 「...あなたが考えている通りです。杉山友聖は、彼がいた世界で憎んでいた人間を次々復讐しています。口にするのも憚れるような手段で、虐殺しています...」

 「そう、ですか......」


 小さくありがとうございますと言ってそのまま力無く項垂れる。

 自分が友聖の心の支えになっていれば、今も復讐に走っていなかっただろうと後悔している。もう、取り返しのつかない事態になってしまっているのだと確信するリリナだった。


 「......大女神様。私が友聖のいる世界へ転生するのは、可能でしょうか?」


 できるなら今すぐにでも友聖のところへ行きたい、彼に会ってちゃんと話がしたいというのがリリナの本心である。

 しかし...あの時見た彼の状態を考えれば、それが困難...否、無理であることを彼女は心の底では理解していた。


 「出来る出来ないかで言うと、可能です。

 可能ですが......たとえリリナさんでも、今の彼とまた対面しても恐らくすぐに......殺されてしまいます」

 「そうですか...」


 躊躇い無く殺すくらいにリリナを憎んでいた友聖のもとに再び現れても、あの時と同様にまた無惨に殺されるに違いない。

 彼はもう取り返しのつかない状態になってしまっていて、魔王をも凌駕する力を手にしている。誰も手に負えない化け物になってしまっているのだ。誰の声も届かない...家族も親しい友でさえも。


 「今、杉山友聖のところへ行ってもすぐに殺されてしまうでしょう...。 “この世”での彼への干渉は、もう諦めるべきと言えます。彼ともう一度接触したいのであれば、彼が“あの世”に来るのを待つ他ありません。

 その時までにリリナさん、あなたも彼と同レベルの戦闘力を身につけるべきだと思います」


 「......悪魔族と戦う為だけじゃなく、友聖とちゃんと話をする為にもなる......」


 リリナの中で女神族に生まれ変わるメリットについて考える。大女神たち女神族の平和の為、そして将来的には友聖との再会の為。力が無ければいくら言葉を並べても意味が無い、ただ彼の力に倒されるだけ。彼と並ぶ力が要されるリリナにとって女神族になることは大きなチャンスと言って良い。

 そして、リリナは―――



 「是非私を、女神に転生させて下さい......っ!!」



 女神に生まれ変わった―――



 転生の間で女神リリナへと生まれ変わり、彼女はすぐに天界へ移ってそこで暮らすことになった。リリナの姿もドレスから白装束へと変わり、背中には白い翼が生えて、頭の上には輪っかが浮かんだ。さらには何か力が溢れる感覚がして、実際彼女に凄い力が宿った。

 女神の適合性が高いと評価を受けたリリナは、他の女神族からモテはやされた。今までの女神族を含め、リリナの素質はトップクラスとのこと。

 天界での生活を始めてから数日後には早速リリナは戦闘の指導を受けて、瞬く間に成長し、悪魔族との争いに加わっていった。


 そして彼女の活躍もあって悪魔族の勢いは徐々に弱まっていった。

 修行と戦いの間も、リリナは友聖がいる世界を見ていた。友聖が笑いながら人を殺している姿を見る度に心を痛め、彼が幸せそうに過ごしているのをいつも複雑な気持ちで眺め、彼が他の女性とアダルトな時間を過ごしているのを見る度に寂しげな顔をしていた...。





そして...リリナが女神に転生してから三十年の時が経った頃、事態が大きく動いた――





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