20-1


 「え……?」



 目の前に広がる景色は...真っ白に染まった何も無い空間。次いで自分の体が存在していることも確認する。


 「お腹の傷が……ない」


 自分はある少年によって無惨に殺されてしまった。声を消されお腹を剣で貫かれてそれが致命傷となって...確かに自分は死んだはずだ。


 「ゆ、め...?」


 「夢ではありません」


 「――っ!?」


 呟くように出た少女の疑問に答えが返ってきて驚き、声がした方へ目を向ける。そこには白い装束を纏う、長い金髪の妙齢の女性がいた。見間違いでなければ、その女性の体は輝いて見えて神々しさを感じる。


 「驚かせてごめんなさい。私は“大女神”。女神族の長を務めており女神界を統轄している者です」

 「め、がみ...!?」


 出会って早々「私は女神だ」と言われたら、相手の正気を疑うのが普通だろう。けれど今目の前にいる金髪の女性...大女神とやらが言ってることはデタラメでは無いと、思わされてしまった。

 この妙な空間、何故か体が無事でいる自分、そして人間を超越して見る神々しい女性。こんな状況下であれば目の前にいる人が女神だと名乗っても。おかしくは思わなかった。

 

 「いや...そうなの、かな...?あ、いえ!何でもないです」

 「?まずは、この状況について説明しましょうか......リリナ・エレック王女」

 

 名乗ってもないのに自分の名前を呼ばれても大して動揺はしなかった。相手が女神なら自分の名前くらい知っていても変ではないと思うからである。


 「まず始めに...自分でも分かっているかもしれませんが、あなたは死んでいます」


 やっぱりか...とリリナは嘆息する。あの最期は忘れられるはずもない。好きな人にあんな憎悪の目で睨まれて、残酷に殺されたのだから。


 「それによってあなたは今、魂のみという状態でここ、 “転生の間”にいます。今のあなたには今肉体が無い状態です。その姿は死ぬ直前のあなたを再現しているだけに過ぎません」


 改めて自分の姿を見ると確かにあの日死んだ時の服そのものだ。大事な日だった為に特に気合い入れたドレスを身に纏った。今もそのドレスを着ている。


 「ここに送られて来る者は誰でも良いというわけではありません。生前に悲惨な最期を遂げた者、報われない人生しか送れなかった者、そしてロクに愛を受けず、愛を感じなかったままこの世を去った者の魂が、この転生の間に連れてこられるのです」

 「悲惨、な......」


 自分で言うのは気が引けるが、私の人生の終わり方はやはり普通の人と比べると悲惨と言えるようなものだったらしい。自分がここに来たのも頷ける。


 「その様子だとあなたは全て憶えているようですね。何故死んだのか......いえ、誰に殺されたのかを」

 「はい......。私は、友聖という少年に殺されました」


 自分で口にして心が痛んだ(魂だから心があるのか分からないが痛みを感じた以上心か何かはあるのだろう)。


 あの世界では勇者として魔王軍と戦い勝利した少年…友聖。孤児院で育てられ、ある日そこで才能を見いだされた彼は、王国に連れられ討伐軍に入隊させられる。

 彼の活躍で魔王は討たれ世界は平和になった......はずだった。


 「私が...あんなこと言わなければ...!普通に最初から......私のせいで......っ!友聖、友聖ぃ......っ」


 今更ながらリリナは悲しみと後悔に苛まれてその場で泣き崩れる。嗚咽を漏らして友聖と何度も呼んで涙を零してしまう。

 大女神はそんなリリナを黙って見つめていた。


 「......申し訳ありません。大女神様の御前ではしたない姿を...」

 「良いのですよ。ここに来る者たちは皆、最初はさっきのあなたみたいに感情を出してましたから。あなたの悲しみと後悔、私に十分伝わってきました」

 

 リリナの謝罪に対し大女神は慰めの言葉をかける。そんな彼女にリリナはありがとうございますと頭を下げるだけだった。


 「それに......私にも、この件に関して責任があるのです...。はっきり言いましょう、友聖という少年は、あなたがいた世界の人間ではないのです」

 「―――っ!?」


 大女神の思わぬ告白にリリナは驚いて顔を上げる。


 「それって、どういう......」

 「友聖という少年...本名“杉山友聖”は、あなたがいた世界とは別の世界...日本という国で生きていました。

 そして彼は、そこで一度死んでいるのです」

 「―――――」

 「彼もまた......報われない、愛をロクに与えられないまま命を散らしました。故に今のあなたがいるこの場所に移送され、あなたがいた世界へ転生したのです」

 「友聖は転生者...!?」


 リリナは啞然とした様子で今の大女神が話した内容を思い返す。

 友聖はもともとは自分とは異なる世界の人間だった。彼は一度死んでおり、転生して自分がいた世界へやってきた...。


 「思い出してみて下さい。彼は...何か、目立つことをしていませんでしたか?例えばあなたがいた世界では全く思いつかなかったことの実現や、何かを発明したとか。 

 前世の記憶を持ったまま異世界に生まれ変わった者は大抵その世界の人間には考えもしなかった発明をするものです。杉山友聖もそういうことをしていませんでしたか?」

 

 大女神の問いにリリナは今さらながら気付く。確かに友聖は私や王国の人間が知りもしなかった知識を披露して目立ったことをしていた。「銃」という遠距離の武器や、電気でより便利な発明品を考えついてみせたり...言われてみれば確かに友聖はどこか別世界じみた発想をしていた節があった。


 「そう、だったんですか...。友聖は、一度死んでいて......それも私みたいに良い最期を遂げられずに...。だから私がいた世界来た。孤児だったのも、転生者だったから...」


 色々得心した様子のリリナに大女神が話を続ける。


 「前世の彼は酷い虐めに遭い、それに対し家族や他の大人たちには全く助けてもらえず、社会に出てからも理不尽を強いられ続けて...ついには彼の心は折れてしまい、病んでしまい、全てを諦めました......自分の命さえも。そんな人生しか送れなかった彼に、私は彼に今度は良い人生を送る機会を与えました。

 元いた地球に転生させるかどうか迷ったのですが、記憶を持たせたままあの世界へ帰すのは彼にとって良くないと思い、他に転生させるところが無く、彼には負担が重くなることになって申し訳なかったのですが、魔王軍の討伐を目的にあなたの世界へ転生させることにしたのです」


 だけどそのお陰で自分は友聖に逢うことが出来た、とリリナは内心大女神に感謝する。それに彼の活躍で魔王軍は討伐され世界は一時的に平和になったのだから彼が来た意味はあったと言える。しかし......


 「ところが知っての通り、彼はまたも理不尽な仕打ちを受けることになってしまいます。

 そのせいで彼の倫理や理性、人の道など…何もかもが壊されてしまった。そうして彼は全てへの復讐を決行したのです」


 父の国王や貴族、冒険者たちに国民、さらには孤児院の者までもが、命を懸けて世界を救った友聖に、何の礼も感謝もすることなく冷たく突き放して用済みだと切り捨てた...。

 彼らが本心で友聖にそんな仕打ちをしたかどうかについては...恐らく本心だったのだろう。低い身分で孤児だった彼を常に下に見て道具のようにしか対応しなかった彼らだったのだから。


 しかしリリナだけは違っていた。常に友聖の身を案じて、国の平和に貢献している彼にいつも感謝していた。魔王を討った後は、もちろん盛大にお礼をしようと思っていた。


 だが、リリナはとんでもない過ちを犯してしまった。



 「私は...サプライズで友聖を喜ばせる為に、芝居で彼を冷たく突き放してしまった...。それが原因で友聖の人格を完全に変えてしまった...」



 リリナは自身が友聖にとって最後の砦だったということに、気付けなかった。すぐにでも友聖の傍に来て支えてあげて...よくやってくれた、あなたがいてくれたお陰で、すごく感謝している、と言ってあげるべきだったのだ。

 

 「私のせいで友聖を、復讐の化け物に変えてしまった...。もちろんお父様たちや民たちにも非があったけど、私が気付いてあげればあんなことにはならなかったはず、です」


 「......杉山友聖は前世での忌まわしい出来事を引きずったまま異世界での生活を過ごし、そこでも彼は不遇な扱いを強いられて、多くの人たちから冷たい対応を受けてしまい、結果彼は...崩壊してしまった...。

 私も彼がああなってしまったことは想定していませんでした。彼が復讐に走ったのは、私の配慮が不足していたせいでもあります...。本当にごめんなさい...っ」


 リリナが自分のせいだと主張する一方で大女神もまた自分の至らなさについて謝罪する。お互いに頭を下げ合うという妙なやり取りの後、大女神が姿勢を正して話を切り替える。



 「さて...リリナさん。ここからが本題です。あなたにお願いしたいことがあります......


 あなたには私と同じ女神に転生してほしいのです」




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