第85話 優しさの裏側

 バルコニーは会場と比べるとずいぶん静かだ。

 そんなとき、再びガラス戸が開かれた。


「お疲れのご様子ですね。まだ体調は治りませんか」


 柔らかい声がしたかと思うと、さらりと金髪を揺らして王子が顔をのぞかせた。慌てて居ずまいを正すライラ様を手で制す。王子は賑やかな会場内を見つめて困ったように笑った。


「私もすこし疲れてしまいました。一緒に休んでもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん」


 宮廷のパーティーなのだから、王子は挨拶回りや令嬢とのダンスで動き回っているのだろう。私たちはまだ来たばかりだが、王子はパーティー開始からずっと忙しかったに違いない。


「さきほど、ご令嬢たちとはなんのお話を? 困っているようでしたが」

「私、顔に出ていましたか」

「親しくなければ気づかないくらいの些細なものでしたよ。だからきっと、私以外は気づいていないでしょう」

「まあ」


 二人はくすくすと笑った。


「皆さんいい方たちなのですけれど、お姉様について誤解をしているようで。お姉様が悪い人だと決めつけて、まるで私を聖女かなにかのように扱うのですわ」


 ライラ様は眉を寄せて薄い笑みを浮かべた。

 相当疲れているのだろうか。ライラ様のこんな顔ははじめてみた。最近は身体的にも精神的にも疲労しているようだ。


 王子はライラ様をじっとみて、しばらく何かを考えたあと口を開いた。


「レイチェル嬢と同じような顔をするのですね。やはり姉妹は似るのでしょうか」

「え?」

「彼女も今のあなたと同じような顔をしていましたよ。あのときは、色々と思い悩んでいる様子でしたが、私には打ち明けてくださいました」


 宮廷の茶会のときの話をしているのだろうか。


 レイチェルお嬢様が久しぶりに参加した宮廷の茶会。お嬢様は「自分は王子に褒めていただけるほどできた人間ではない」と打ち明けて、今のライラ様と同じような顔をした。


 王子は優しく笑いかける。


「私はあなたと親しくしているつもりですが、未だにあなたの本心に触れたことがないように思います。もし、何か悩んでいることがあるのなら聞かせていただけませんか。民の声を聞くのも王子である私の仕事ですから」


 ライラ様はわずかに視線をさまよわせた。王子を見つめ、私とジルをみて困ったように俯く。しばらくの沈黙ののち、意を決したようにそっと口を開いた。


「ありがとうございます――、決して楽しい話ではありませんが聞いていただけますか。ジルとリーフも。とくにリーフには、聞いていてほしい」


 エメラルドの瞳で私を見つめて、


「私は、そんなにできた人間ではないのです」


 静かに呟いた。

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