第84話 噛み合わない会話
「あら、ライラ様。ご機嫌よう」
何人かの令嬢がライラ様に微笑んだ。ライラ様はにこやかに挨拶を返す。私とジルは下がって会話を見守った。
令嬢は儀礼的な挨拶のあと、レイチェルお嬢様が踊る様子をちらりと見た。
「最近レイチェル様を社交の場でよく見かけますわ。昔は滅多にお見かけしなかったのに。ダンスのお相手は天才芸術家のディーテでしょう。どうやってお知り合いになったのかしら」
「羨ましいですわ、名のある貴族が招待をしても断るという噂の芸術家と懇意にできるだなんて――、でもライラ様はこれでよろしいのですか?」
そう言われて、ライラ様は首をかしげる。令嬢たちは「だって、ねえ?」と顔を見合わせた。
「レイチェル様に酷いことをされていたのでしょう? そんなレイチェル様が評判を集めるなんて、お辛くはないのですか?」
多分、彼女たちに悪気はないのだろう。だがライラ様は一瞬顔をしかめた。
「誤解ですわ。お姉様はそんな酷い人ではありません。私はこうしてお姉様が社交界に戻ってきてくれたことが嬉しいのです」
「ライラ様は本当にお優しい方ですわね」
令嬢たちが感心したような声をあげる。どことなく、会話がずれている。
「リーフ、皺、寄っていますよ」
ジルが自分の眉間を指先でとんとんと叩いた。
「すみません、つい――」
「パーティーでそんな顔をするものではありません。にこやかにしていなさい」
にっこりとジルは微笑んだ。彼お得意の鉄壁の笑顔だ。私も無理やり口角をあげてみたが、「下手ですね」と笑われた。
そうこうしていると、ライラ様が令嬢たちとの会話を切り上げたようだ。
「すこし外に出るわ」
「はい」
人の間をぬって、ガラス戸を開けバルコニーに出る。戸を閉めれば中の音楽がかすかに聞こえるものの、ずいぶんと静かになった。ライラ様は手すりにもたれて息を吐く。夜風が栗色の髪を撫でて遊んだ。
「ダンスもまだしていないのに、疲れてしまったわ」
「お飲み物をお持ちしましょうか」
「ううん、大丈夫。すこし風にあたったら会場に戻るから。――ねえ、私そんなに優しい人に見えるかしら」
ライラ様が庭を見つめながら呟く。その横顔は何事かを憂いていて、私はどう声をかければいいのか分からなかった。
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