第63話 警告
レイチェルお嬢様は数日前、貴族の屋敷で開催されたダンスパーティーに招待されていた。宮廷の茶会で久しぶりに会った貴族令嬢から招待をされていたのだ。
お嬢様は、その日周囲の人間の注目を集めた。優雅に、美しく、そして楽しそうに踊るお嬢様は私の目からみても、あの会場で一番綺麗だった。
芸術について、ディーはお嬢様に教育はしない。だがそれでもディーといるだけでお嬢様は多くを学んでいく。
どうすればもっと綺麗に踊れるのか。どうすればもっと優雅な仕草ができるのか。ディーを見るお嬢様の目は、本を読んでいる時のような好奇心に満ちていた。先日のダンスパーティーはその成果といえるだろう。
「ずいぶんと順調に評判を上げているようだな。小賢しい」
「ええ、おかげさまで」
パッサン卿はおもむろにティーカップを置いた。
「評判が上がれば注目されることも増える。そうすれば危険も多くなるものだ。とくに貴族社会ではな。嫉妬をする馬鹿どもは短絡的に愚かな行動をする。護衛もつけずに出歩いている能天気は早死にするぞ」
お嬢様は唇に人差し指を添えて思案した。
「つまり、騎士もそろそろ必要ということでしょうか」
「レイチェル様、街でも絡まれていましたもんね」
「貴族の娘に護衛がないのも考えものかしらね。今まではリーフがいてくれたから、そこまで気にしたことはなかったのだけど」
「リーフさん強いですからね」
お嬢様とエマの視線が私に注がれる。お嬢様が信頼してくれるのは大変ありがたいし喜ばしい。だが、なんとなくむずがゆい。
しかし、やはり私だけではお嬢様を護り切れないこともあるだろう。
パッサン卿が膝の上に手を組んだ。
「名のある騎士をつければ、それもまた主人の権威となるだろう。これも戦略というものだ」
この国には宮廷が運営する騎士学校が存在する。
貴族や宮廷につかえる騎士を育成する学校だ。そこには代々貴族に仕える騎士の家柄の子どもから、田舎の出で腕を買われた特待生まで、年間二百人ほどが通っている。
この学校で優秀な成績をおさめたエリートを雇えるのは上流貴族の証だ。
とはいえ、こちらも例にもれず優秀な者はすでにどこかしらに雇われていると考えていいだろう。
お嬢様は俯いて考え、呟いた。
「騎士――、頼みたい人物なら一人思い当たりますわ。でも彼を騎士にしたところで、権威には繋がらないかもしれません。パッサン卿の意向には添えないと思いますが」
誰のことだろう、と考えるまでもない。私の頭には一人の姿が思い浮かんだ。
パッサン卿はしばらくお嬢様をみてから、ふんっと鼻を鳴らした。
「勝手にするがいい」
「訳すと、レイチェル様に悔いが残らないように自分の意志を貫きなさいってことですね、いたっ」
エマは叩かれた額をおさえ恨めし気に祖父を睨んだ。
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