第64話 美しいフォーム

 宮廷図書館からの帰り道、私たちは屋敷に戻る前にいつもの街で馬車をとめた。もう日暮れ間近だ。どこかの家から晩ご飯のいい匂いが漂ってくる。

 広場で遊んでいた子どもたちが家に向かって走っていくなか、見知った金髪の少年が歩いていた。


「あ、レイチェル様、リーフさん。こんばんは」


 レオンは私たちを見つけるとぱっと表情を明るくさせた。腕にはパンパンに膨れた麻袋が抱えられている。中からはこぶし程の大きさでオレンジ色の果実がのぞいている。


「お二人は今日も図書館に行ってらっしゃったんですか?」

「そうよ。レオンはまた収穫のお手伝い?」

「はい。今日はいっぱい取れました」


 オレンジ色の果実はナツフグの実というそうだ。街を出たところにある森の奥に群生しているようで、この時期に一斉に実をつけるらしい。芳醇な香りがして、その実を噛むと果汁があふれて甘みが口いっぱいに広がるという。


 レオンは麻袋から三つ実を取り出すと私に手渡した。


「よかったらどうぞ。お留守番をされているマリーさんの分も」

「いいんですか? ありがとうございます」

「いえいえ。ナツフグはあまり貴族の方は食べないと思うんですけど、レイチェル様はこういうのお好きですよね」


 人懐っこい笑みを浮かべるレオンにお嬢様は笑ってお礼を言った。


「ありがとう。見慣れない食材にはつい興味がわいてしまうの」


 ありがたくいただくわ、とお嬢様がいう。レオンは照れくさそうにはにかんだ。


 そのとき。


 和やかな空気を切り裂くように、きゃあっと女性の悲鳴が響いた。

 声のした方をみると、一人の婦人が倒れており、側を走り去る男の姿が見える。その男の手には不似合いな婦人用の巾着。私の巾着が、と女性が叫んだ。


「リーフさん、すみません、ちょっと持っててください」

「え、ちょっと、――おもっ!」


 男の姿を目でとらえるなり、レオンは私に麻袋を押し付けた。あまりの重さに落としそうになりながら踏ん張っていると、レオンは袋の中から一つの実を取り出して男めがけて投げた。


 美しいフォームで投げられたナツフグの実は、ゴンっと鈍い音とともに男の頭部に命中したようだ。

 レオンはすばやく走り寄って男の腕を捩じ上げ、地面に押し付けた。巾着を取り返すと婦人に渡して、騒動を聞きつけてやってきた街の自警団に男を引き渡す。あっという間の仕事だった。


「相変わらずの身体能力ね。手際もいいわ」

「ええ。ここにディーがいたら、美しいってまた騒いでいたでしょうね」


 実際、レオンの身のこなしには無駄なところがなくて、見ていて爽快なほどだ。芸術、といえるのかは分からないけれど美しいとは思う。


「わあ、リーフさんすみません! 重いですよね」


 戻ってきたレオンは私を見るなり平謝りしながら麻袋を抱えた。ふっと手から重みが消える。小柄な体型ながら、レオンは麻袋を軽々と抱えてみせた。


「そろそろ腕が限界だったので助かりました。ご婦人は大丈夫でしたか?」

「怪我はないようです。荷物も取り返しましたし、男は自警団にお任せしたので、あとはどうにかしてくれますよ。――レイチェル様、どうかしましたか?」


 お嬢様は私たちのやり取りをじっとみて、何事か思案していた。そして改めてレオンをみると、一つ頷いて微笑んだ。


「やっぱり、騎士はレオンにお願いしたいわ」


 突然の言葉にレオンはぱちくりと目を瞬いた。

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