第43話 神の子

 一八歳という年相応のまだ幼さが残る顔立ち。

 美しい金髪は陽の光を浴びて輝き、そよそよと風に撫でられた。青色の瞳は宝石をはめ込んだように美しい光を持っている。作り物のような端正な容姿だ。


 この国でルイス王子は神の子と呼ばれている。微笑みを浮かべて太陽を背負う王子は、たしかに神に愛された子として相応しい空気をまとっていた。浮世離れしたその美しさに、マリーが息をのむ。


「あまり身構えずに。お座りください」


 王子はにこりと微笑み、お嬢様をベンチに座らせると、自身もその隣に腰を下ろした。私とマリーは少しだけ距離をとって控える。そわそわと落ち着きのないマリーを目で制した。――という私も、急な王子の登場には戸惑っているが。


「レイチェル嬢とは数年前に会ったきりですね。ずいぶんと懐かしい気がします。先程はエリスに振り回されていたようですが、迷惑ではなかったですか? 彼女はマイペースでしょう。ご令嬢方をいつも振り回してしまっているので、注意はしているんですが」


「いえ、王女はわたくしを助けてくださっただけですから、迷惑だなんて」


 ルイス王子はふむと頷いてお嬢様をみた。


「それならばいいのです。レイチェル嬢は何かと噂も立っているようですから、自然と人の目を集めてしまうのでしょうね。大変でしょう」


 ぴくりとお嬢様の肩が揺れた。

 お嬢様の噂は貴族社会には知れ渡っている。それはもちろん王子の耳に届いてもおかしくない。

 后となるためには王子からも好感を得なくてはならないのに、妹をいじめて父から見放されたという話は印象として最悪だろう。


「ああ、勘違いしないでくださいね。私は噂なんてどうでもいいと思っています」


 私たちの表情に緊張が走ったのをみて、王子は穏やかにそう言った。


「王宮も貴族社会も、悪い噂をあることないこと流すのは十八番でしょう。だから私は、そういう噂は信じないようにしています」

「信じていない、ですか」

「はい。私は今目の前にいるレイチェル嬢から得られる情報で、あなたの人格についてを判断したい。誰が流しているのかも知らない噂になど興味はありません」


 実に穏やかな物言いだった。お嬢様をみるその青い瞳にも曇りはない。本当にお嬢様の噂については気にしていないらしい。


 この国で、ルイス王子は容姿も性格も常人より抜きん出ていると評価をされている。だから王子を聖人と呼ぶ人も多い。たしかに、実際王子を見てしまうと聖人と敬いたくなるのも分かる気がした。それくらいの空気をまとった人だ。


 お嬢様は何か言いたそうに王子をみてから小さく頭を振って、気を取り直したように口を開く。


「殿下は茶会の会場に行かなくてもよろしいのですか? 皆さん待っておられるでしょう」

「そうですね、でも私はああいう場が苦手なんです。だから少しだけサボってしまおうと思って、ここであなたと話しているわけなのですが」

「サボる――?」

「はい」


 王子はきらきらとした笑みを浮かべる。沈黙ののち、「そうですか」と気の抜けたお嬢様の声がした。


 王子の后候補が集う茶会だ。いわば王子のための茶会。彼の参加は必須だろう。

 しかし、王子の穏やかな空気は周りにも伝染するようで、「まあ苦手ならサボってもいいか」と思ってしまった。


「私ははあまり婚姻には興味がなくて。そのせいで大臣たちには毎日小言を言われて困っているんですよ。これも職務だとは思っているんですが」


 王子は相変わらず穏やかな笑みを浮かべていて、本当に困っているのか疑わしいほどだった。

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