第44話 懺悔

「興味はありませんが、后という座がどれだけ重要なものかは分かっています。后となる女性を選ぶことの重大さも。ですが今の私は政務で手一杯でして、そちらにまで気が回らないんです」


 王子は文武両道だが、とくに政務に関しては歴代王子よりも優れているとされていた。彼が経験をつみ王位について国政を行えば、未来は安泰だと信じる人が多い。


「殿下は今、西部地方の税改革を担っていると聞いています」

「よくご存知ですね。まだまだ私一人では難しくて、色々な方に力添えをしてもらっています。その中でもパッサン・リアル卿の助力は大きいです。レイチェル嬢は、最近パッサン卿と交流があるそうですね」


 王子はふふっと笑った。


「パッサン卿は気難しい方でしょう。彼は昇進や財に目がくらんだ人間の話は聞きませんから。そんな彼と親しくできるのだから、あなたは心根が綺麗な方なのでしょうね」


 誰もが見とれる美しい微笑みだ。その微笑みとともに褒められたのだから、小躍りしてもいいくらいの状況だろう。


 ――しかし、お嬢様は王子の言葉を聞くとわずかに眉をひそめた。


 些細な表情の動きだ。だが王子はそれを見逃さず、微笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「どうかされたのですか?」

「あ、いえ――」


 お嬢様の態度は煮え切らない。私はマリーと顔を見合わせた。


「何か、レイチェル嬢の気に障るようなことを言ってしまったでしょうか?」

「そんなことはございません、ただ――」


 視線をさまよわせて、お嬢様は観念したように息を吐いた。


「わたくしは――、殿下に褒めていただけるほどの人間ではないと、そう思っただけです」


 王子はきょとんと青い目でお嬢様を見つめる。


「先程殿下もおっしゃった貴族社会に飛び交っているわたくしの噂ですが、全てが全て嘘というわけではございません。よくない噂を流される原因はたしかにわたくしにございます」


 マリーが不安そうに私の袖を引っ張った。私も、急に何を言いだすのだろうかとお嬢様を見つめることしかできない。

 お嬢様は膝の上に重ねた自分の手に視線を落とした。


「殿下に褒めていただけるのはとても嬉しいのですが、わたくしにはもったいないお言葉ですわ」


 王子はわずかに首を傾けて、お嬢様をじっと見る。沈黙のあと、王子はその瞳を細めた。


「あなたは心根の優しい方だと思いますよ」


 王子は軽やかに立ち上がって太陽を背に笑った。


「噂や過去がどうあれ、今のあなたはとても誠実なようです。自分の過ちを認めて受け入れようとしているのですから。だから、そう卑下する必要はありません。きっとレイチェル嬢に必要なのは、これからどうするかではないでしょうか」

「わたくしが、これからどうするか、ですか――?」

「あなたが胸をはって社交界を歩けるようになることを願っていますよ」


 王子は「そろそろ茶会に出なければ大臣に叱られますね」と穏やかに言った。


「后候補は多い方がいいでしょうし、また顔を見せてくださいね。ああ、そうだ。今日はライラ嬢もいらっしゃっていますか?」

「ええ、来ていますが」

「挨拶をしないといけませんね。それでは――」


 にこりと微笑んで立ち去る王子を、私たちは頭を下げて見送った。

 ゆっくり顔を上げたお嬢様は息を吐く。


「流石は歴代トップといわれる殿下。神々しいというか、なんというか。彼を前にしていると、教会で懺悔をしている気分になるわ」

「だから、あのようなことを?」

「ええ。殿下に褒められると、見栄をはる自分が醜く思えて。あなたたちのことも驚かせてしまったわね、ごめんなさい」


 マリーは首を横に振る。


「ちょっとだけ驚きましたけど、今の殿下のご様子からすると、好感触でしたよ。これからどうするかが重要っておっしゃっていましたし、素敵な令嬢になるために頑張りましょうね!」


 お嬢様は表情をゆるめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る