第41話 サバサバ王女

 馬車がとまり、扉をあけてお嬢様が出てくるのを待つ。ライラ様は変わらずの笑顔で、レイチェルお嬢様は硬い表情でおりてきた。


「リーフさん、聞いてくださいよ」


 馬車からおりるなりマリーが小声で話しかけてくる。朝よりもずいぶんやつれた表情だ。


「馬車の中の空気が重くて重くて――。帰りも同じ状況かと思うと胃が痛いです」

「ああ、やっぱり? お嬢様とライラ様は会話できていたの?」

「うーん、少し、だけ?」


 マリーは微妙な間をあけながらそう言った。きっと、会話らしい会話はなかったのだろう。


 私はマリーの肩を叩いてなぐさめ、お嬢様のもとに向かった。いつもよりも華やかな赤いドレスを身にまとったお嬢様は宮廷を見上げていた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ――。なんとか」

「そんなに気負わずに参りましょう。今日は様子見ですから」


 ライラ様たちは先に茶会の会場へと向かっていった。私たちもおくれて会場に向かう。今日の茶会は王宮自慢の庭で開催されているようだ。


 三人連れ立って外回廊を進んでいく。さすがは宮廷といったところか、洗練された調度が並びきらびやかな雰囲気に包まれている。


「パッサン卿には、どうしてそんなに緊張するのかと言われたわ。自分にはあんなにしつこく訪ねてきたくせに、王宮の茶会に行くぐらいに何を戸惑うことがあるって」


 庭までの道を歩きながら、お嬢様はため息をついた。


 お嬢様にとって、貴族社会はトラウマのようなものだ。宮廷の茶会という貴族の集いに出ることがどれだけの心労になっているのか私には分からない。

 パッサン卿に臆せず接することができたのは、彼が貴族というより研究者だったからなのだろう。


「お嬢様。どうしても緊張するなら、周りにいる人間を全て芋だと思いましょう」


 ありがちな提案をしてみると、周囲を物珍しそうにみながら歩いていたマリーが噴き出した。そして清々しい笑顔で頷く。


「そうですよ。パッサン卿に比べたら、そこら辺の貴族なんてひょろひょろですぐに折れちゃいそうな方ばっかりです。怖がる必要なんてありません」


 大胆な物言いに、お嬢様も笑った。


 美しい庭を歩きバラのアーチをくぐると、中心の広場にたどり着く。大きく開けた広場には立食パーティーのセットがされていて、すでに多くの貴族が揃っていた。令嬢やその使用人を中心に、貴族の当主もちらほらと混ざっている。ライラ様も他の令嬢と談笑している姿がみえた。


 色とりどりのドレス。華やかな笑い声。

 お嬢様は深呼吸をして、人垣を見つめた。


 そのとき。


「あら、レイチェル嬢ではないですか?」


 新緑のドレスを身にまとった、スレンダーな女性が声をかけてきた。ドレスには黒いレースがあしらわれていてシックな装いとなっている。美しい金髪を男性のように短く切り揃えた彼女には見覚えがあった。


「エリス王女」

「お久しぶりね。ずいぶんと長いこと姿を見かけなかったから、心配していたのよ。全然連絡もくれないし。まあ元気そうで何より――といいたいところだけど、痩せたんじゃない?」


 形のいい眉をひそめるのはエリス・サラ・アルベルト。この国の第一王女だ。

 さばさばとした性格の彼女は、かつてお嬢様とも親しかった。最近は交流が絶えていたが。


 エリス王女の声で、周りの貴族たちもこちらに気づいたようだ。空気がざわつく。数年社交界に顔を出さなかったレイチェルお嬢様の姿に、戸惑いと好奇の目が注がれた。私はつい眉根を寄せてしまう。


 だが、その不快なざわめきを切り裂いたのはエリス王女だ。


「あら嫌だ。陰湿な目線だこと。あっちに行きましょう」


 王女は鼻で笑って、お嬢様の手をひき歩き出した。あなたたちも行くわよ、と声をかけられて、慌ててついていく。

 陰湿、といわれた貴族たちは居心地の悪そうな顔をして目を逸らした。仮にも王女の言葉だ。誰も口答えはしなかった。


「人を見世物みたいにして失礼しちゃうわね。――なあに? 間抜けな顔」


 黙ったままのお嬢様をみて、彼女は首をかしげた。お嬢様はあっけにとられた様子でいたが、しばらくして困ったように笑った。


「そういえば、あなたはそういう人でしたね」

「そうよ。レイチェル嬢も色々大変だったようだけど、私との縁まで勝手に切ろうとしたお考えは理解できないわ。私、そんなに信用なかったかしら」


 エリス王女は腰に手をあててお嬢様を問いただす。お嬢様はやはり困ったような顔をして笑った。

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