第40話 楽しくない乗馬2

 ジルはわずかに声のトーンを落とした。


「パッサン卿はうまく味方につけたようですね。首尾よく動けているようで何よりです。ライラお嬢様も喜んでいらっしゃいますよ。あなたに相談してよかったと」

「それはよかった。――本館の方は何か変わったことはございませんか?」

「今のところは何も。旦那様もまだ口出ししてくる様子はございません。ですが、今後どうなるかは分かりませんので、ご注意を」


 旦那様はライラ様を后の座につかせたいと思っている。レイチェルお嬢様が動くことは好ましく思っていないだろう。


 誰にもひけをとらない完璧な貴族令嬢になって、旦那様にその姿を見せつければきっと認めてもらえる。レイチェルお嬢様はそう考えているようだが、果たしてうまくいくだろうか。旦那様の反感を買って、さらに親子の溝が深まるだけなのではないだろうか。


 考え込む私をジルは横目でみた。


「俺もできる限りの協力はするつもりです。何かあればご相談くださいね」

「旦那様の意志に背くことになっても、ですか?」

「俺の主人はあくまでライラお嬢様ですから。お嬢様が望むのであれば、それも厭いませんよ」


 ジルはにこりと微笑んだ。


「――そういえば、この前ライラ様が体調崩されたって言っていましたが、大丈夫だったんですか? 私、ライラ様のお体が弱いなんて知りませんでした」


 ジルは「ああ」と遠くを見つめて、少しだけ間を置いてから話し出した。


「俺は幼い頃よりライラお嬢様にお仕えしてきましたが、もともとはこれほど弱い方ではなかったと思います。体調を崩されるようになったのは、バルド家に迎え入れられてからですね」

「え?」


「ライラお嬢様の母上であるアンナ様は、バルド家に来てから体調を崩し亡くなりました。そしてそれは先妻の呪いだと言われた。ここでライラお嬢様まで体調を崩しているなんて言ったら、また噂を呼ぶでしょう。それを恐れて、ライラお嬢様はご自分の体のことは話さないようにしているのです。旦那様にだって話していません」


 ジルは自嘲するように眉を下げて笑った。


「お嬢様は、呪いなんかではないのだと言っていらっしゃいます。環境が変われば体質が変わることだってあるのだろうと。――でも俺は、時々これは本当に呪いなのではないかと不安に思います」


 ジルが似合わない表情をしたのはほんの一瞬で、すぐにいつものように微笑を張り付けた。そのあともジルから茶々を入れられながら馬を走らせ、私たちは王宮の門をくぐった。

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