第21話 おつかい

 その日、私は一人馬車に揺られていた。

 道は踏み固められているとはいえ、でこぼことしていてお尻に揺れが伝わってくる。ときどき大きな溝があったのか、がたんと大きく揺れて体が浮き上がった。ちょっとしたアトラクションだ。


 屋敷を出ると林があって、そこを抜けると街がある。人が集まる様子を眺めながら市場を通って抜けると、また林。

 そろそろお尻が限界に近付いた頃、馬車は速度をおとしてゆっくり停止した。


「リーフ、ついたぞ」

「ありがとう親父さん」


 親父さんが差し出してきた大きな手にエスコートされて馬車をおりる。

 恰幅がよくてにかりと微笑むクマのような男。親父さんはバルド家の馭者をしている。子どもが好きで、幼い頃はよく私やマリーの遊び相手になってくれた。


「リーフを乗せたのも久しぶりだな。昔はよくレイチェル様もお出かけしていたのに、最近では滅多になくなったからなあ」

「そうですね。――もしかしたら今後、親父さんに頼み事をすることが増えるかもしれません」


 私の言葉にほうと親父さんは顎を撫でる。そして歯をみせて笑った。


「どれだけでも任せな。これが俺の仕事だからな」

「ありがとうございます。ちなみになのですが、やはり馬車を使うと家の中で目立つでしょうか。なるべく人に知られたくないのですが」


 おずおずと聞くと、まあそうだなと頷かれる。


「バルド家の馬車を使うってなれば、どうやっても家の人間にはばれるだろう。なんだなんだ、お忍びのお出かけかい。それなら、一旦街まで歩いて辻馬車に乗った方が家の人間には知られないが」


 お忍びという言葉ににやりと笑う親父さんに、私は冷ややかな視線を向けた。


「辻馬車はあまり使いたくないんですが」

「注文が多いなあ。そうかあ――、どうしてもって言うなら裏技がないこともないが。まあ、本気で困ったときはまた相談してくれ。じゃあ、俺は市場にでも行ってくるから。時間になったら戻ってくるぜ」

「お願いします」


 親父さんは言うが早いか、馬車を操って駆けていった。


 今後、協力者集めのために私たちが出掛けることは増えるだろう。しかしお嬢様はできるだけ目立たず行動したいと言っている。

 親父さんが言うように、家の馬車を使うとなれば他の使用人や旦那様にも外出が知られてしまう。親父さんの言う裏技に頼らせてもらうしかないかもしれない――。


 いや、しかしそんなことよりもまず。


 私は目の前の建物を見つめた。馬車の問題もそうだが、まずは目の前にある仕事をしなくてはと気合を入れる。

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