モヒートを一杯
千
第1話
僕は土曜日が大抵嫌いだ。あんなに楽しみで楽しみでワクワク迎えた土曜日が、昼12時に起きてパンを食べてテレビを見ている間に終わっている。あの絶望ったらない。
偶に予定を入れてみてアラームを7時にセットして、その予定自体は楽しみで楽しいのだけれどスヌーズ機能付きアラームで起こされるのがもう嫌で嫌で仕方ない。充実したはずの1日を過ごして布団の中でスマートフォンを弄っていると、朝のあの苦しみがじわじわ思い出されてすっきり眠れない。
やりがいのない土日を過ごして、僕は、なんだか不幸な人間になっている気分。
「恋をすれば良い。それか子育て」
ゲイの友人はそう言って僕の頬にキスをする。
「それは、僕を誘っているの?」
「あはは。僕はみんなのアイドルだから、君の恋人にはならない」
爽やかに笑った後、右手の親指人差し指で丸を作り、「シモの世話ならコレ次第」と小声で囁く。とんでもなくアバズレだ。
「ジムにでも通えば?筋肉動かすと男性ホルモンが増大して、恋に落ちやすくなるよ」
それは、恋でなくて性欲なんじゃ…と思ったけれど、大人になってそこらへん曖昧になった自覚はあるので、僕は素直に肯いた。
「なるほど。それで当ジムにご興味を持っていただいたのですね」
会費制スポーツジムの受付女史はにっこり微笑む。可愛い。
「ふっ。僕はアナタと出会うためにここに導かれたんです」
人間を可愛いと思ったのなんていつ以来だろうか。
「いくつかプランがあるのですが、下山様はどれくらいの頻度でお体を動かしたいですか?今のお話ですと、土曜日日曜日でしょうか?」
口調はあくまで事務的だが目配せで面白いですねと言ってる。可愛い。仕事モードの声音も甘えた瞳も全て可愛い。
「もちろん、裕子さんの勤怠に合わせますよ。心細くないでしょう?」
「では、早朝プランは如何でしょう?平日午前7時から午前9時まで、マシンとシャワーだけお使いになれるプランです。月5,500円とお得になっているうえに、空いているのでご自分のペースでトレーニングできますよ」
「朝デートですか。裕子さんらしい」
誰もいないマシンルームで頬を染めた男女2人。ランニングマシンの機械音が2人の鼓動をちょうど隠す。いたずらっ子の裕子さんは、時速設定をいつもより少し早くして、「これで5km走れたら、ご褒美あげます」にっこり微笑むーー…
「契約します。ゴールドカード使えますか?」
ヤバイ幸せすぎる。頑張って5km走るんだぞ、僕。
「はい。お使いになれます。申込書をお持ちしますね」
「え、婚姻届?そんな焦らなくても、僕は裕子さん一筋ですよ。新婚の響きも捨てがたいですが、まずは恋人同士の甘い日々を謳歌しましょう」
「でも、ご記載いただかないと、ご利用になれませんよ?」
小首を傾げる姿もかあいいいいい!
「なるほどイチャイチャするなら夫婦になれと。さすがですね裕子さん。その古風な貞操観念、素敵です」
「じゃあ、一緒に書いていきましょう」
初めての共同作業おおおおお!!!
「頑張りましょうね、下山さん」
頑張るうううううううう!!!
「ーーて言う妄想に耽って、先週の土曜日は久しぶりに楽しく過ごしたんだよ。ありがとう友人」
「……それは良かった」
友人はモヒートを一杯奢ってくれた。
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