第4話 そしてアオはギターを弾かない

 晴れた日曜日の午後。

 アオはちょっとおしゃれを意識した感じの服装で、ギターケースを背負って、いつもの通りを歩いていた。

 ジーンズの上着と、英語の白いシャツ。下もジーンズで、そっちにはちょっとダメージが入っている。

「♪~」

 住宅街の壁や屋根や空を眺めるように、気取って鼻歌。

 そんなアオが通りかかった公園で、ブランコに座った四五六が、いつものようにお菓子を食べていた。

「お、アオぉ」

 気づいた四五六が、ギターを背負ったアオに声を掛ける。

「あ…よ、よー」

 声かけに気づいたアオも、ちょっと焦った感じで、挨拶を返した。

 男子中学生の身体には大きいギターケースだから、四五六も一目見て気づいた。

「なに、ギターケース?」

「ま、まーな」

 答えながら、ちょっと照れくさい様子のアオ。というか、表情には軽い焦りが隠せていない。

 できれば早くここから立ち去りたい感が、溢れている。

「ふぅん…中、入ってんの?」

「そ、そりゃー 入ってるよ…」

 四五六は、数日前の、寄り道を思い出した。

「ああ、そいやお前、ギター弾けるって言ってたもんな」

「あ…まあなー。あはは」

 アオの焦りが、隠せないどころか加速している。

「やっぱアレ? 歯で弾くの?」

「弾かねーよ」

 そういうパフォーマンスがあると、大抵の人が知っている歯ギター。

 それ以上の変態的なパフォーマンスが無いからか、ギターに興味がなくても歯ギターだけは知っている人も多い。

「あはは、ジョーダンだよ」

 幼馴染にからかわれて、しかしアオは特に気にする風もなく、とにかく公園から離れたくて、去ろうとする。

「じゃなー」

「あれ? 弾かねぇの?」

 問われたアオは、ギクっとなる。

「き、今日はアレ…ギターのー、ぉ音合わせに…そう、チューニング? それで、従兄ん家へ…な…」

 視線を泳がせながら、冷や汗で話すアオ。

「へぇすげぇな 本格的なんだな。今度 弾いて聞かせてくれよ」

 幼馴染の言葉を、まあどうでもいいと適当に流して、会話を終わらせる方向の四五六だ。

 対するアオも、これ幸いにと会話を終わらせる。

「まー…気が向いたらな」

 片手の挨拶を残して公園から離れるアオは、ホっとしていた。

「ホントは ほとんど弾けねーんだけどな…」

 アオがブラつきを再開すると、後ろからクラスメイトの声が聞こえた。

「あれ、アオじゃん」

 名前を呼ばれて振り向いたアオは、無表情を装いながら、内心でイラっとする。

「あ、よー」

 アオに声を掛けた「絵菱出衣枝夫(えびしで いえふ)」は、休日の今日、自転車男子だ。

 身長は、クラスの男子で一番高く、ガワは平均的だけど温和で優しい。

「あれ? アオってギター 弾くんだ」

「あ、まーな…」

 ギターの事を問われて、焦り、アオの心にイラつきがプラス1。

 イラつきの原因は、気のいい友達である衣枝夫の人柄などではない。

 自転車の後ろに、彼女を乗せている事実だ。

 荷台に乗って、いわゆる二人乗り。

 背後の少女は「牧村ニ子(まきむら にこ)」といい、小柄で内気で、リスとかを想像させるような大人しい、おさげ髪の少女である。

 この二人は、アオたちとともに幼馴染で、中学に入学してから付き合いだした。

 俺にも女の子の幼馴染はいるのに、なぜ–。

 そう思うと、男子だけの時はともかく、カップル姿を見せられるとムカつく。

 二人乗りという事は、デート中だろう。

「そ、そんな事より、二人はどこへ?」

 アオの何気ない質問に、ニ子が恥ずかしそうに、ビクっとなる。

 そんな彼女をフォローするかのように、衣枝夫はサラっと返答。

「ああ、ちょっと喉が湧いたんで、駄菓子屋さんにな」

 喉が湧いただけなら家で水でも飲め–。

 と内心で思いつつ。

「へー」

「アオはあれか? ギター 歯で弾く練習か?」

「いや弾かねーって!」

 つい強めに言ってしまってハっとなるアオに、衣枝夫は裏表なく笑った。

 後ろのニ子は、早く二人だけになりたいらしい。

「は、はやく行こうよ…」

「ん? ああ、。じゃなアオ」

「あー」

 親友は彼女を乗せて、走り去ってしまった。

 二人をボンヤリ見送ったアオは、再び目的地も定めず街歩き。

「…駅の方とか、行く…?」

 人込みを意識するも、あからさまにギターケースを背負っているせいか、目だったりしたら恥ずかしい。とか思う。

 曲がり角に差し掛かったら、同じクラスの女子三人とバッタリ。

「あ、アオくんだ。おはよ!」

 男女の区別なく誰にでも明るく接する子供っぽい少女は「小山ロ子(こやま ろこ)」だ。

「おはようって、もうお昼だよ」

 冷静に突っ込むのは、三人組でも母的な立ち位置の、地味な女子「大田ハ子(おおた はこ)」だ。

「別にいいんじゃない? 相手はアオだし」

 辛辣でクールっぽい少女は「中川 イ子(なかがわ いこ)」である。

「お、あ、あー…」

 三人の弾むような連携に、返答も曖昧なアオ。

 背中のギターにいち早く気づいたのは、子供っぽいロ子だった。

「わ、アオくん ギター弾けるんだ!」

「え、いや…ま、まー…ね?」

 焦った挙句、虚偽返答。

 しかし「ギターを弾けると思われている」気分は、ドコか尊敬されているようでもあり、なかなか悪くない。

 しかし、イ子はやっぱり辛辣。

「アオがギター? あ、歯で弾くの? 気持ち悪いわねぇ」

 更に、ロ子も無邪気に乗って。

「あ、それ知ってる! 歯ギターっていうんでしょ?」

 なぜみなんな、歯ギターばかりが印象に残っているのか。

「だから弾かねーって! 大体なんだよ歯ギターって!」

 つい強気に反論をしたら、イ子がイラっとした表情で、アオの膝を横から蹴り。

「あ、ごめんなさい! 強く言い過ぎました!」

 少なくとも、女子と仲がいいって感じじゃない–。

 でも構われてるだけ、少しマシな気分–。

 複雑な気持ちのアオである。

「いや、いまの蹴りは理不尽だわ」

 ハ子が突っ込みながら、三人は去ってゆく。

「ホ…ギターを追求されなくて良かった」

 アオは心底からホっとしていた。

 それからもしばらくブラブラして、数人、あるいは数組の女の子とすれ違うも、気取ったアオに対して、みんな当たり前に素通りするだけ。

 女子たちを見送り続けたアオは、ギータケースを下し、公園のベンチに腰かけた。

 買ったジュースを一口のむと、ほぅ…と一息。

「…ギターかついで歩いたって、女の子 まともに声かけてこないじゃん……」

 ガックリと項垂れるアオだった。


                         ~終わり~

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