うさぎと椋の木と青い色

ふるふる

「うさぎと椋の木と青い色」

あるところに、うさぎの村がありました。

その村のうさぎは、みんな夕焼けのように赤い目をしていました。

しかし、一匹だけ青い目をしたうさぎがいました。

「どうしてぼくの目はみんなと違うんだろう」

青い目のうさぎは、自分の目を見られるのが嫌で、いつも俯いていました。


ある日のこと、他のうさぎに青い目をからかわれたうさぎは、哀しくなって俯いたまま走り出しました。

そして、全速力で山の中を駆け抜けていました。


どしーんっ。

うさぎは何かにつまづいて、体が宙に浮き、地面に激しく叩きつけられました。

あまりの痛さに、横たわったまま動けずにいるうさぎに声をかけるものがありました。

「大丈夫?怪我はないかい?」

上の方から声がしたので、うさぎは顔を上げて辺りを見回しましたが、誰もいません。

「ここだよ。君の後ろにある木だよ」

その声は大きな椋の木からでした。

うさぎは肘を撫でながらゆっくりと立ち上がりました。

「君が走ってくるのは見えていたんだけど、あまりに早すぎて声がかけられなかったよ。ごめんね。」

と椋の木は言いました。

「大丈夫だよ」

とうさぎは答え、椋の木と話すために上を向きました。

「わぁ……」

見上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっていました。

「空がキレイ……」

うさぎはずっと地面ばかり見ていたので、久しぶりに見る空は、とても明るく美しく感じました。


椋の木と友達になったうさぎは、毎日椋の木に会いに行きました。

背の高い椋の木と話すとき、うさぎは上を向きます。

上を向くと葉っぱ越しに空が見えます。

うさぎは椋の木と話しているうちに、空にもいろいろな色があることに気がつきました。

晴れた日は青、雨の日は灰色。

朝はオレンジ、夜は紫。

夕焼けは赤くて、少しの時間だけ緑も混じります。


「君の目は青空の色に似ているけど、もっと似ている色があるんだ」

そう言った椋の木に、うさぎは「それは何か」と尋ねました。

「ここから君の村と反対方向にずっと進んだところに、海があるんだ」

「うみってなぁに?」

「池のずっとずっと広いやつだよ。世界中に広がっているんだ。僕はいつもここから海を眺めているんだ」

風が吹いて、椋の葉を揺らしました。

「ねえ、君、海へ行ってきてくれないか」

「えっ!?ぼくが!?」

「そう。僕は動けないけれど、君は歩くことができる。海まで行って、どんなところなのか僕に教えてくれないかな」

うさぎはそんなに遠いところまで行けるのか不安になりました。

「君は僕にいろいろな場所の話をしてくれた。

村の洞窟や、森の木のウロ、レンゲの花畑。

君の話を聞いていると、僕もそこへ行ったような気がしたんだ。

僕が一番行きたい場所が海なんだ。君に海を見てきてほしい」

うさぎは少し考え込みましたが、椋の木の想いの強さに、海に行くことを決めました。


家に帰ると、うさぎは大きな葉っぱの風呂敷に、ドングリと薬草とコケモモの実をつめて旅仕度をしました。

次の日、椋の木のところへ行くと、椋の木は鳥に教えてもらった海への行き方をうさぎに伝えました。

「くれぐれも無理はしないようにね。途中にうさぎの村がいくつかあるみたいだから、そこに寄りながら行くといいよ」

うさぎは頷きましたが、目の青い自分が受け入れられるか不安でした。

「それに僕の仲間の木に伝言してあるから、困ったことがあったら、大きな木に話しかけてね」

「うん。いってきます」

「行ってらっしゃい」

椋の木に見送られて、うさぎは旅立ちました。


姿を現さなくなった青い目のうさぎのことを、村のうさぎたちは初めの頃は噂していました。

しかし、そのうち誰も話さなくなりました。

うさぎにとってはとても長い時間でしたが、椋の木にとっては渡り鳥が飛び立って行って再び戻るのを二回繰り返すだけの短い時間でした。

椋の木はときどき鳥からうさぎの様子を伝え聞いて、どうやら元気でやっていることを知りました。


空の高いよく晴れた日、椋の木は自分を呼ぶ声で目を覚ましました。

「たたいまー!!」

「おかえり」

帰ってきたうさぎは、手足が太くなり、たくましくなっていました。

キラキラした瞳はまっすぐ前を向いていました。

「あのね、お腹がすいて泣いてたら、おばあちゃんうさぎが食べ物を分けてくれたの。そのおばあちゃんはね、黒い毛に深緑の目だったんだ。

狼に襲われそうになった時に助けてくれたうさぎは灰色の毛に黒い目だったんだよ。

うさぎにもいろいろな毛の色と目の色があるんだね」

空にいろいろな色があるのと同じだね、と椋の木は言いました。

「そうそう、海の話だよね。海はとーっても広くてね、終わりが見えないの。海の入り口は泡泡しててね、水がザザーンって押し寄せて、サーって引いてくの。波っていうんだって」

うさぎは身体を使って波の動きを真似しました。

海が動いていることを椋の木は初めて知りました。

「海ってお魚みたいなにおいがするんだよ。海にもお魚が住んでいるから、そのにおいが海に付いたのかもしれないね」

飛び跳ねる魚がいるということを聞いて、海面がキラキラしているのは魚が跳ねているからかもしれない、と椋の木は思いました。

「そうだ、お土産があるんだ」

うさぎは葉っぱの風呂敷から白い貝殻を取り出すと、椋の木の幹に当てました。

「これね、耳に当てると波の音がするんだよ。聞こえる?」

「うん。聞こえるよ」

ザーッザーッという音が聞こえました。

絶対に行くことができない海の音を、うさぎのおかげで聞くことができて、椋の木は幸せな気持ちでいっぱいになりました。

「僕も君にプレゼントがあるんだ。実は僕も君の目と同じ色のものを持っているんだよ」

椋の木は自分の木になっている青い実をうさぎにあげました。

その実はとても甘く、とてもおいしくて、うさぎはとても幸せな気持ちになりました。

それから、うさぎと椋の木は毎日おしゃべりをして、幸せに暮らしました。

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