リオンの故郷再生記

白藤 秀

第一話 故郷からの客人


 俺が前世と呼ばれる記憶がある事を明確に意識したのは、リオンとして生きて五歳の頃、俺は流行り病にかかり生死の境をさまよい、その結果として、俺は日本と呼ばれる法治国家で農業を生業として生きていたことを思い出す。

趣味と呼べるほどの物はないが、好きな事はあった。

 歴史書を読んだり、アニメや漫画を鑑賞したり、うまい料理を作ったり食べること。

 まあ、不幸にも熊に襲われその生涯を閉じ、第二の人生をリオンとして歩み始めた感じだな。

 自分の死に方にもなんというか、呆気なさというか驚きは正直無い。

 それよりも前世は男で今世は女の子として性を受けてしまっていたことの方が衝撃的すぎて前世とかどうでもよくなってしまったのを十年経った今でも覚えている。


 この世界の文明レベルは、前世で言うところの中世ヨーロッパ5〜8世紀、日本で言えば鎌倉時代ほどの生活水準で、この世界には科学技術の代わりに魔法が生活の周りにあふれているから鎌倉時代の生活水準よりも良いかもしれない。わからんけど。

 魔法に魔術、獣人にエルフ、妖精に魔物・・・

 こんなにもファンタジーな世界に俺は子供の頃からワクワクが止まらず暴走し、村では悪ガキどもを従えて魔物退治なんかに繰り出し野山を駆け回った。

 その結果、俺は五年前から男爵家でメイドをしている。

 もう一度言おう、メイドさんだ。

 そもそも、なぜ冒険者にならなかったかって? 

 そりゃ、俺もなりたかったよ。まだ見ぬ冒険、憧れるよな?

 ワクワクしたいさ、でもね、それはさ、あの叔母さんが居なかったらの話だから。

 俺の母・マリンの妹で叔母・ヘレンは男爵家でメイド長をまかされる程の人で、淑女たれを体現したような人だ。

 礼儀作法に厳しく、五歳で前世を思い出してからは、がさつな行動が彼女の目につようになり注意を受けて居たが、十歳の時に引き起こした事件がきっかけというか、引き金となりこの男爵家へ強制就職させられた。

 朝から晩まであの叔母さんの管理下に置かれて今年で五年になる。

 アイツら元気かな? 手紙は時々送るが、返事が返ってこん。

 アイツらもしかして俺のこと忘れてんじゃないよな?

 ま、まさか、俺を置いてアイツらだけワクワクな冒険し--

 いやいや、そんなことないよな。な!


 さて、窓拭きも終わったし、次は薪割りと水汲みだな。

「リオン。ちょっといいか?」

 聞き慣れた声に歩き出そうとした足を止め、振り返る。そこには茶髪に青い瞳をしたにこやかな笑顔を浮かべた青年が立っていた。

「はい。なんでしょうか坊っちゃま」

 この男は男爵家の長男で名をレインという。

 これだけ顔立ちが整っていると人生イージーモードだろう。

 おまけに高身長に筋肉質な体だ。女性が放って置かないだろう。うらやまだわ。

「うん。その坊っちゃまはやめてくれ。普通に名前で呼んでくれて構わない」

「左様ですか。それでは、レイン様。いかがされましたか?」

 俺が出来るだけ丁寧な口調でレインにそう返してみると、彼は呆れたような顔をした。

「うわ、本当に屋敷の中では徹底して猫かぶって生活しているのか」

 そうですね二割り増しましで被っっておりますとも。

 以前は男爵家の方が生活している屋敷ではなく、使用人だけが生活する別館にて仕事をしていたから別にかぶる必要とかなかったのですよ。

 叔母と出くわす事もないしね。

(叔母はメイド長なので男爵様つきの為、別館へは滅多な事ではこない)

「それほどでもありません。メイドですから」

「ヤケクソ感がすごいな。まあライル・メイド長にはよく注意と躾を受けていたが、私よりも酷い者が現れるとそちらのアラが際立つのか、私は安心して日々を生謳歌できているよ。感謝する」

「それはそれは、おめでとうございます」

 ほんといい笑顔。俺が女性なら惚れてるわ。

 身から出た錆というのか、なんというか、そもそもこの屋敷に強制就職されて間もない頃は娯楽と呼べるものが無かった。

 だから、作ったのよ。リバーシをね。

 そしたら、叔母にみつかってさ、強制就職一ヶ月後には本館へ左遷された。

 今では叔母と行動を共にしていない事の方が少ないほどだ。

 常に気を張っているからホントにね、ストレスも溜まる。

 その溜まったストレス発散の為、本館へ来てからは夜の空いた時間に屋敷内にある訓練場に忍び込み、そこで身体を動かしている。

 ほんとは騎士階級か兵士しか入れないからレインに見つかった時は本当に心臓止まるかと思ったけどな。

「でだ、お前を訪ねてきている者がいるようだ。客間に通している」

「承知しました。それでは失礼いたします」

 俺はレインにお辞儀をしてその場から立ち去った。

 ん? 俺に客? 

 珍しいな。誰だろ。

 それから手に持ったバケツと雑巾を所定の場所に片付けて、客人が待っているという客間へと足を向けた。


 三回ノックして客間のドアを開けて部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋の中央には三人掛けのソファーが二脚対面で置かれ、下座には、青い髪に色あせたシャツに青のズボンを着た男がどカリとだらしなく座っていた。

 服の上からでも分かるほどに彼の体はよく鍛えられているのが見て取れた。

 どこかの騎士か冒険者か?

「お待たせしました」

 俺が男のそばまでいき、声をかけるが反応はなかった。

 何故なら男はうたた寝をしていたからだ。

 普通の庶民が貴族の屋敷で居眠りなんて考えられないのだが・・・

 よほど肝が据わっているのか、相当疲れているのかのどちらかだろう。

 しっかし、この男の顔どこかで・・・

「ん? え!? ま、まさか、た、大将ですか!!」

 俺が男の顔を覗き込んでいると、男は人の気配を感じてか目を覚まし、居酒屋のオヤジを呼ぶように男らしい太い声をあげた。

 そして、俺もこの男の顔と名前を思い出した。

「はぁ? んん! お前、もしかしてギドか!」

「へい! いやー、別嬪になられて、あっしは驚きやしたよ!」

 口角を上げて豪快に笑うギドに俺は若干苦笑いで返しながら、対面にあるソファーに腰を下ろす。

「そ、そうか。ありがとうな。でも俺はお前のトランスフォームにいまだに現実について行けてないよ」

 だってギドって、悪ガキ集団で一番ガリガリでチビだったからな。

「とらんす? なんですかい?」

 キョトンとした顔で訊き返されてしまった。そうだよな。

 この世界にはない言葉だろうから。

 それよりもどうしてギドがここに?

「いや、いい。それよりもどうしてここに来た? たづねて来ないようにおばさんから言われていただろうに」

「それが、そうも言ってられない自体がおきやしてね」

 ギドはここにきた経緯を語り始めた。


 ギドの話を整理してまとめて見るとこうだ。

 俺の故郷が大規模な土砂崩れに巻き込まれ、村の八割以上が土砂に埋まってしまい生活することが出来ずに困り果て、村では復興を諦め別の街に移り住む派と村を復興させる派とで意見が割れてしまい復興も手つかずのまま不毛な言い争いが続いているらしい。

 ここまで拗れてしまったのには訳がある。

それは村長の不在だ。

 村のことは村長が取り仕切り、代官への報告する事が義務となっているが、村長は村の復興を放棄、土砂に飲まれなかった自宅から村の運営資金を持ち家族で行方をくらませてしまった。

 この災害で死者は奇跡的にいなかった。

 悪ガキメンバー達が土砂崩れの前兆を予期して村人を一箇所に避難していたことが幸いしていたそうだ。

 悪ガキメンバーは村の復興で意見が一致しているが、まとめ役を欠いた状態での話し合いは不毛を極め、お互いの主張しかぶつけあわない大人たちに苛立ちを隠せなくなったメンバー達。

 ここは統率してまとめる人間がいるという結果になり、俺に頼る事にしたそうだ。

 結果、彼は三日間寝ずにここまで走ってきたらしい。

「・・・むり」

 俺はきっぱりそう断わった。

 災害の普及とか復興とか考えると割に合わない。

 何よりあの男爵様が金を出すわけが無い。

 あの人はどちらかと言うと商人よりの考え方をされる。

 そこに資金を投じていくら儲ける事ができるかを、そういう考え方の方だから男爵領は王都から離れていたとしても第二の王都と呼ばれる程に栄えているのだろう。

 それに屋敷の外には魔物がいる。今の俺が行っても役には立てない。

「いやー、大将ならそう言ってくれると思っていやしたよ! ささ、あっしも付き合いやすから荷物をまとめて下せえ」

 右手で頭の後ろをかきながら、笑顔でそういうのは勝手だがな。

「いや、おい。俺の話を聞け。今の俺は自分で行動する事や判断することの全てを伯母の魔法で制限されている。魔力もだ。もし下手に行動でもしてみろ。この首輪から全身に電撃魔法が地味に死なないレベルで流される事になるんだ。だから・・・」

「ご安心下せえ、もう男爵様の方にも話は通してやすので。いやー、ここまで話のわかるお方とは思ってもいやせんでした!」

 あっけらかんと言ってのけるギドに、俺は思考が停止していた。

 は? 何それ。まるで男爵様と話した的な言い方は。

「だからむりだってば」

「誰がむりだと決めつけているのでしょう? 他ならぬ旦那様がリオン、あなたに復興の責任者に付けた事がそんなにも不服ですか?」

 声と共に姿を表したのは、メイド服を美しく着こなす女性でこの男爵家のメイド長にして俺の叔母・ヘレンだった。

 相変わらず表情筋が死んでるのかってほど無表情で音階が一定の声色が余計に怖い。

「な、なぜ。っていうかいつからそこに!?」

 驚き過ぎてソファーから立ち上がってしまった。

 そんな俺をよそに彼女は俺の前まで無表情で歩み寄ってくる。

「あなたが部屋に入って来る前からです。まだまだ修行が足りていないようですね。こんなにも未熟なあなたを旦那様の命とはいえ、解き放つことになるとは」

 彼女は俺に向けて手をかざし、詠唱を開始する。

「我、ヘレンが命ずる。我が名示すは鎖、我よりくくられし鎖をほどき、かの者・リオンへ干渉と制限を解除する」

 俺の周りに三重の魔法陣が展開されそれが弾けて消失した。

「これでここでの修行は終わりです。これからはここでの経験を生かし、思う存分にその英知と力を振るいなさい。ただし、キケンなことをしていいということでは無いですよ?」

「わかってますって!」

 俺は能天気にそう答えた。

 叔母さんは言うことは言った。そんな表情をしている気がする。

 相変わらず無表情だけどね。

「リオン。あなたにこれを渡します」

 叔母さんはどこから取り出したのか、少し大きめな革袋をドサリと机の上に置いた。

 置いた時の音からして、お金なのだろうが、一様ここはセオリー通りに。

「これは?」

「中には五百万ゴルドー入っています。これで急遽必要な物を揃え、復興に必要な金額を算出し、その結果を今月中に伝えにくるように」

 五百万ゴルドーか。四人家族が四十年は余裕に暮らせる額だ。贅沢などをしなければ五十年は暮らせる。

「今月末って二週間切ってるじゃん! も少し伸ばしてよ!!」

「今月末です」

 この国にも四季があり、一年は三百六十五日で、十二ヶ月の暦を元にするのなら今は春を待ち望む二月。その下旬で残り八日しかない。

 移動と行き帰りで六日消費すると考えれば・・・

 あれ、そういえば! ギドは寝ずに三日走ってきている。つまり、俺も寝ずに走って三日で村に戻り、一日から二日で村をまとめて復興にかかるものの準備を終わらせて、また三日走りっぱなしで戻ってくる感じか・・・死ねるわ!

「荷物ももうまとめていますから、すぐに取り掛かるように。無駄な時間を浪費しないようにしなさい」

 そう言い残し、叔母はこの部屋から退出して行った。

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