第二百二十九歩


 「えぇぇぇぇぇぇぇっ! ダブったあぁぁぁぁぁっ!?」


 僕はこの場にいる全員の鼓膜を破壊しうる大声で叫んだ。それもそのはず、三河君の重大な秘密を知ってしまったから。


 「だからアンジョーってのはアンジョーのことなのよ。アーユーアンダースタン?」


 「そんなんで解るワケないでしょマッキーちゃん。だからオツムがおむつや汚物と入れ替わっているんじゃないのって皆に言われるのよ」


 「…………」


 「あんまり酷い事言うんじゃないわよ小糸ったら。ほら見なさいよ、マッキーちゃん泣いちゃったじゃない」


 「あら愛さん、偶にはいい薬じゃないの? 見てくれだけで世の中渡れるほど甘くないって早めに知ることができて……これも経験よマッキーちゃん」


 「うわあぁぁぁぁん! 豊田さんまでそんなこと言うぅぅぅぅっ!」


 僕は何を見せられているのだろうか?

 嫉妬にまみれた醜いメス同士の罵り合いか?


 「別に皆を騙すつもりはなかったんだよ。同じクラスに年齢が上の生徒だなんて、やりにくいだろうなぁって。だから敢えて言わなかったんだけど……去年と同じくウチの色欲ガールズグループによって苦労が水の泡に」


 などと全身痣(リップマーク)だらけな三河君の口から言われてもまったく説得力がない。この男、どこまで本気なのやら?


 「ごめーんアンジョー君。マッキーちゃんがクルクルパーなばっかりにいつも苦労させちゃって」


 「違うじゃん! 毎度アンジョーが苦労するのは小糸さんの色仕掛けならぬエロ仕掛けのせいじゃん!」


 「まぁまぁマッキーちゃん。小糸もだけれど、やっぱり悪いのは有松先生のアタッシュケース内……」


 {ドゴッ!}


 どこかから鈍い音が聞こえた。

 

 「うぎゃあぁぁぁぁぁっ!」


 ワンテンポ遅れてとても大きな悲鳴が部屋の中を支配する!

 まるで縦横無尽に走るゴキブリみたくキモくオゾマシイ声が壁伝いに駆け巡る!

 五平先輩だ!

 悲鳴というより最早断末魔ではないのか?

 とても胸がスーっとする!


 「それぐらいにしてあげなよ奈瑠美ちゃん。僕としてはモッチーに死なれると困るから」


 「おぉ三河君! い、いや神よ!」


 「へ、へんな呼び方すんなモッチー! 僕は神でも教祖でもないんだからな!」


 この場にいる様々な面々の織り成す群像劇。僕の知っている日常とは天と地……いや、地球と銀河の果て以上にかけ離れている。それでも誰もが楽しそうな顔をしているのが印象的で、それは有松先生から理不尽な暴力を受けてボロ雑巾となっている五平先輩も例外ではない。寧ろ喜んでいる?

 とはいえ、先輩が変態なのは今に始まった事ではないのだが。

 

 そして僕も最近はその中の一人となって劇中に登場を余儀なくされるのだが、果たして熱田久二の役割とは……まぁ、あまり深くは考えないでおこう。今は。


 「とまぁ、こんなワケだけど、これからも同級生としてつきあってよね」


 三河君にそう言われたものの、彼に対して違和感どころか上級生的なは一切なかった。きっと今日まで彼と過ごした日々が僕にとって特別で、夢のような経験をさせてくれた三河君は既にかけがえのない友人、それどころか恩人の一人となっている。恥ずかしいから決して口にはしないけれど。


 「大丈夫だよ三河君。僕からは君が年上って事を言ったりしないから」


 それによってこれまでの関係が崩れたら悲しいし、なにより学校生活がつまらないモノとなるのは間違いない。これまで一緒に過ごして年上と感じたこともないし、寧ろ幼稚で僕よりも低レベルな……これは言い過ぎかな。つまり、何が言いたいかと問われれば、ズバリ現状維持が最適なのだと、


 「別にバラすなって言ってる訳じゃないよ。距離を置かないでねってお願いしてるとでも思って貰えれば」


 三河君は白い歯を見せてニカッと笑いながらウインクをする。

 その表情から、僕の好きにすればいいよと言われたかにも感じとれた。

 

 「ハハハ。三河君がお願いだなんて……今晩嵐でも来るんじゃないの? ねぇ熱田君、キミもそう思わない?」


 かと思えば今度は古屋さんも同じようにウインク。

 仕草があまりにも似ていたせいか、僕は二人が同一人物であるかのように錯覚。年齢も見た目も全く違う二人なのに。


 「三河がアンジョー……」


 あまりの衝撃で治村さんがいるのを忘れていた。


 「あの最強最悪の人間ハプニングバーのアンジョー……」


 これはマズイ!

 僕が黙っていても彼女がばらしてしまったら意味がない!


 「人間ハプニングバー? だれが名付け親か知らないけれど上手い事言うわね?」


 「黙れ小糸! 僕がハプニングバーならばユーはリアルエロサイトじゃないか! いっつも男を誘惑しおってからに!」


 「あらあらあら? アンジョー君は私を見て興奮してるんだ? へー、そうなんだぁ?」


 作製さんは時折足を組み替えタイトなスカートから下着らしきものをチロチロと覗かせる。マジエロいんだけれど……。


 「み、見て見ろゴミッキーを! ユーのパンチラで前屈みとなっているじゃないか! 他の皆も小糸語録のメモなんか取ってないでこのエロマスターを注意しなよ!」


 なんともドタバタと騒がしい家。それでも皆が笑顔で楽しそうなのは間違いない。先程まで小難しく考え込んでいたこの僕でさえもいつのまにやら頬が緩んでいた。

 

 しかしこの状況で笑えない二人の人物。

 そう、五平先輩と治村さんだ。


 とはいえ、五平先輩は既に死に体で語ることさえ難しいだろう。そしてもう一人の治村さんは……


 「ね、ねえ熱田……」


 なんとも言えない複雑な表情で僕に問いかける。

 その内容とは、


 「わ、私、もしかして妊娠したかも? だってアンジョー先輩って目があっただけで女を妊娠させるって噂が……」


 治村さんは僕の心配を遥かに上回るうつけ者であった。

 

 知るか!


 

 


 

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