第百十三歩
この瞬間、僕の脳内は天使が支配した。
(男、熱田久二はやりましたよ! もうどうなってもいいや!)
しかしそれも束の間、自身の頬へ張り手と思しき激しい衝撃が!
(パッシーンッ!)
そりゃそうだ。
ド平民の僕如きが男子生徒の憧れである笹島さんの唇を奪ったのだ。それも彼女の同意すらなく。全てが終わったと思われた瞬間だった。
笹島さんから繰り出された張り手は痛恨の一撃となって僕に襲い掛かった。
まるで鈍器か何かで殴られたかの衝撃が頬から頭蓋を伝って脳を振動させる!
「アンタ何してんのよぅ!」
笹島さんではなかった。
攻撃の主はアマゾネス治村さんだった。
「ちょっと芽衣ちゃん、掌底はやり過ぎだからっ!」
それにビンタじゃなかった。
道理で……。
「見て御覧なさい! 熱田君脳揺らされて椅子から転げ落ちてるじゃない!」
「なに言ってんのよ伊歩! アナタこの害無しを装った性犯罪者に唇を奪われたのよ?」
えらい言われようだな僕は。
けれど現在笹島さんに抱きかかえられているから全て許しちゃう。
「いいじゃないの! 私達付き合っているんだから!」
え?
全員同じ顔をする。
先程まで乳繰り合っていた千賀君と委員長も一旦停止状態で僕を見つめたまま。
五平先輩は鼻血を出しながら両目青タンパンダのおめめで。
そして治村さんは僕へトドメの一撃”踵落とし”モーションのまま時間停止魔法にかかった。
「熱田君、もうここを出ましょう!」
「えっ?」
今日一番の”えっ?”は僕だった。
「ちょ、ちょっと伊歩? いぶぅぅっ!」
笹島さんは僕を起した後、ギュッと手を握ってきた。
鼻の骨と同様心も砕かれボロ雑巾同然の僕の手を……緊張の汗でネッチョリグッチョリべとべととなったキモ男こと熱田久二の手を躊躇することなくギュッと握ったのだ。
「ほら、早く行きましょう!」
もしかして彼女は刺激が強すぎるショーを観て脳がバグったのだろうか?
それとも許可なくチューした僕へこの後サプライズ的な仕返しでも企んでいるとか?
考えたくはないが、殺される?
こうして僕も脳がバグった。
――――――――――
「芽衣ちゃんはいつもやり過ぎるのよ。そのせいで私に男性が近寄らないんだから」
僕と笹島さんは今、電車の中にいる。
そして彼女から治村さんの愚痴をネチネチ聞かされ続けていた。
本当に二人は仲がいいのだろうか?
「ここだけの話、私嬉しかったの」
「えっ?」
本日何回目の”え?”だろうか。
もう、何が何やらサッパリである。
「……キス」
「あっ、ゴ、ゴメン! ってか、謝っても許されないよね……ん? 嬉しいだって!?」
改めて笹島さんの顔へ目を向けると、頬を少しだけ紅く染めた菩薩がそこにいた。その姿にはどんな男もイチコロだろう。但し、あの男(三河のボンクラ)を除いて。
「以前形だけお付き合いするって話だったけど、熱田君さえよかったら、その……あの……」
モジモジイジイジ笹島さんらしくない行動。本当に脳がバグってない?
「それともやっぱり私なんかイヤ?」
「めめめめめめめ滅相もない! ぼ、僕なんかで本当にいいの?」
「うん! これからよろしくね!」
ニッコリ笑顔での返答に僕は色々な意味でリアルバグった。
もうすぐ死んでしまうのだろうな僕ってば……。
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