第31話

 私が呆然と立ち尽くしていると


「どうっだった柚希ちゃん? 友也さんのキスは?」


 と沙月ちゃんに声を掛けられた。


「くちびるが……」

「ん? なになに~?」


 お兄ちゃんはいつも通りにしてるし、きっと私の勘違いだよね。


「ううん、なんでもない」

「え~、気になるな~。もしかしてもっとして欲しかったとか?」

「そんな訳ないでしょ! うぅ~、沙月ちゃんのイジわる~」

「ごめんごめん」


 両手を合わせて謝ってくる。

 こっちこそごめんね。

 本当はもっとして欲しかったなんて言えないから。


「それよりも、いつの間にか皆仲良くなってるね」

「友也さんの影響かもね。一緒に居ると楽しくて、それでいて安心するんだよね~」

「ふ~ん、もしかして沙月ちゃんも本気になっちゃった?」

「さぁ~、それはどうかな~」

「え~、何それ~」


 一緒に居ると楽しくて安心するかぁ。

 お兄ちゃんの魅力がどんどん皆に伝わっていくのは嬉しいけど、あまりライバルは増えて欲しくない。


 

 すっかり仲良くなったハーレム組とギャルグループで、今度はゲームコーナーへやってきた。

 ゲームコーナーへ着くなり菜々が


「折角だから皆でプリ撮ろうよ!」


 と提案し、皆でプリクラを撮る事になった。

 

 プリクラコーナーに着き、色々と盛れる筐体を選ぶ。

 しかしここで問題が発生した。


「さすがにこの人数だといっぺんはキツいっぽいね~」

「どうしよっか~」


 二つのグループを合わせると、そこそこな人数になるので仕方ない。

 私はそこまでプリクラは好きじゃないから撮れなくてもいいけど。


「しょうがないからウチ等のグループとソッチのグループで別れて撮るしかないね~」

「それが妥当なところね」


 その分け方だとプリクラ撮る意味あるのかな?

 と疑問に思っていると


「じゃあ先ずはウチ等からね」

「トモっちとゆずきっちも早く来な~」


 と、何故か私とお兄ちゃんも一緒に撮る事になった。


「折角知り合ったんだからふつー一緒に撮るっしょ」


 という理由らしい。

 理由はもっともだけど何で私とお兄ちゃんだけ?

 その折角は新島先輩達には適用されないの?


 と考えている内にプリクラの中に押し込められてしまった。


「う~ん、やっぱ少し狭いね~」

「ゆずきっち、もうちょっとソッチ寄って~」


 ギュウギュウとすし詰め状態になる。

 そして気づけばすぐ隣にはお兄ちゃんの顔があった。

 無意識の内にお兄ちゃんの唇を見てしまう。

 ダメだ! しっかりしないと! あれは私の勘違いなんだから!


 だけど、お兄ちゃんの顔が赤くなってる。

 もしかして私の勘違いじゃなかった?


「おにいちゃん」

「ん? なんだ?」

「さっきのキスなんだけど」

「お、おう」

「えっと、唇に触れたよね?」


 疑問を確証に変えたく、直球で質問する。


「ふ、触れてないだろ!」

「そうかなぁ。触れた気がしたんだけど」

「き、気のせいだろ。そ、それよりもプリクラ撮らないと!」


 確信した! お兄ちゃんは嘘を吐いてる。

 っ!?

 という事は私の勘違いじゃなくて、唇は触れてた?

 それってもしかして――


 私の思考を遮る様にギャル達が騒ぎ立てる。

 だけどそんな事はどうでもいい。

 あのキスが勘違いじゃなかったって事が凄く嬉しい。


「トモちんもっとわらって~」

「ってか顔赤くな~い? もしかして照れてる~?」

「かわいい~」

「照れてないから! 早く撮っちゃおうよ!」

「は~い。じゃみんな撮るよ~」


 パシャッ!


 撮影が終わり、画面に画像が表示される。

 その画像を見てお兄ちゃん以外の全員が噴き出した。


「あはは、トモちんマジウケる~」

「目、目が、あはは」

「これはイジり甲斐があるね~」


 ギャル達はこぞってタッチペンで何かを書きこんでいく。

 お兄ちゃんはと言うと、プリクラは初めてだったのか、自分の顔を見て驚いていた。


 一通りのデコを済ませ、データを受け取る。

 そしてやっとギュウギュウ詰めのプリクラから出る。


「あ! やっと出てきた~」


 思ったより時間が掛かっていたらしく、水瀬先輩に「遅いよ~」と言われてしまった。

 そんな水瀬先輩に向かってお兄ちゃんが「悪い悪い」と謝りながら


「次は南達だな。それじゃあ俺は此処で待ってるから――」

「何言ってんの! トモも一緒に決まってるじゃん!」

「え? 今撮ったばかりなんだけど」


 とお兄ちゃんが拒否しようとすると、今度は新島先輩が


「あら? 菜々ちゃん達とは撮れて私達とは撮ってくれないんだー」

「いや、そういう訳じゃ――」

「やっぱり友也君もおっぱい多き方が好きなんだねー」

「ちがっ! 分かったって、皆で一緒に撮ろう! 折角の記念だもんな」

「最初からそう言えばいいのよ。さ、早く行きましょ」


 そう言ってさりげなくお兄ちゃんの腕を組んでプリクラに入って行く。

 それを見た水瀬先輩も慌てて「ちょっと、楓ズルイ!」と言いながら後を追う。

 相変わらず新島先輩はお兄ちゃんの扱いが上手いなぁ。

 なんて感心していると、不意に腕を引っ張られた。


「何してんの? 早く撮ろう!」

「沙月ちゃん! わ、私も?」

「当たり前じゃん! ハーレム全員集まらないとね」

「はぁ、しょうがないなぁ」


 こうして私とお兄ちゃんは2回プリクラを撮った。


 それから店内を見て周っていると、友華さんがクレーンゲームの前で立ち止まった。

 どうしたのかと思い近くに行くと、景品をずっと見つめていた。

 視線を追うと、そこには大人気アニメの限定ぬいぐるみがあった。

 

 なるほど、これが欲しいのか。

 確かにカワイイし、部屋に飾ってもいいかも。

 なんて考えていると、私と友華さんの所へ皆がやってきた。


「どうしたのお姉ちゃん?」

「沙月、見てコレ! 限定品だよ! それに凄く可愛いの!」

「まぁたお姉ちゃんのオタクスイッチ入っちゃったかぁ」


 沙月ちゃんはこめかみを指で抑えながらため息を吐く。

 ギャル達も「どしたん~?」と言いながら近くまで来ると、一気にテンションが上がった。


「これってサンピースのチョークのぬいぐるみじゃん! めっちゃカワイイんだけど~」

「ホントだ~」

「抱き心地よさそう~」


 ギャル達がこのキャラを知ってるとは思わなかった。

 でもサンピースは十数年続いてる大人気アニメだし知ってても不思議じゃないか。

 

 遅れてお兄ちゃんも合流すると、お兄ちゃんも興奮しだした。

 最近は見た目だけじゃなく、インスタとか始めたけど、根っこのところは変わってないようだ。

 そしてお兄ちゃんはおもむろにお金を入れるとプレイし始めた。


「お! トモちんチャレンジャーだね~」

「トモちんのカッコイイ所みたいな~」


 なんて声が飛んでくるが、集中しているお兄ちゃんには聞こえていないようだ。

 そしてなんの危なげも無く目当てのぬいぐるみをゲットした。

 

「トモちんスゴーイ!」

「ヤバ! 惚れる!」


 取り出し口から景品を取り出すと、何のためらいも無く友華さんに差し出した。


「はい、友華さんこのキャラ好きでしたよね?」

「え? え?」

「まぁ、今日の記念のプレゼントって事で」

「あ、ありがとうございます!」


 出た! 天然ジゴロ!

 そのさりげない事をサラッとやっちゃうからどんどんライバルが増えるんだよー!

 でもソコがお兄ちゃんらしくて好きなんだけどね。


 その後も次々と景品をゲットして皆に配って行くお兄ちゃん。

 ハーレム組は言うまでも無いけど、ギャル達もお兄ちゃんに骨抜き状態になってしまっている。

 もしかしてお兄ちゃんの天職ってホストなんじゃ?


 なんて考えていると、斜め前の筐体から大きな音と怒声が聞こえてきた。


「んだよこのクソゲーはぁ! 全っ然取れねぇじゃねぇか!」


 と言いながら筐体を蹴っている。

 恰好は白のジャージに金の線が入っていて、いかにもDQNですといった感じだ。

 DQNが蹴りながら文句を言っている姿を見たミウが


「うわ、ダサ! 取れないのを機械の所為にしてるよ~」


 と呟いた。

 その瞬間、DQNが此方を振り返り、近づいてきた。


「あんだこらぁ! 今なんつったよ! あぁ!」


 あの呟きが聞こえたのだろう。凄い地獄耳だ。

 じゃなくて、これはマズイかもしれない。


「おう! 誰が言ったかって聞いてんだよ!」


 と言いながら近くのゴミ箱を蹴る。

 呟いたミウは恐怖の所為か俯いてしまっている。

 何とかして助けを呼ばないと!

 と思っていると、お兄ちゃんが一歩前に出た。


「すみません、何か怒らせる様な事したでしょうか?」

「んだてめぇは?」

「彼女達の知り合いです」

「あっそ。てめぇには用は無ぇからすっこんでろや!」

「いえ、そういう訳にもいかないでしょう?」

「おめぇ、女の前だからって調子乗ってんじゃねぇぞ! ヤッちまうぞこらぁ!」


 DQNに臆する事無く皆を守ろうとする姿が姿と重なって見えた。

 

「ヤるとかヤらないじゃなくてですね、他のお客さんの迷惑になるので――」

「んなの関係ぇ無ぇんだよ!」


 ドガァンっ!


「台も蹴ったりして壊れたら店の人が困っちゃうので止めましょうよ」

「マジでムカつくわお前。ちょっとツラ貸せよ!」


 マズイ! なんとかしないとみたいになっちゃう!

 慌てて誰かに助けを求めようとすると、後ろから肩を叩かれた。


「菜々! 何? 今助けを呼びに――」

「落ち着けって。今カナが店員呼びに行ってるから安心しなって」

「いつの間に」

「アタシ等こういう出来事には慣れっこだからさ。アイツも店員来れば大人しく帰るっしょ」


 まさか菜々に助けられるなんて思わなかった。

 伊達にギャルはやってないって事かな。


「オラ! 早く来いっってんだよ!」

「話なら此処で聞きますよ」

「ごちゃこちゃウルセーんだよ! テメェは黙って着いてくりゃいいんだよ!」


 そう言ってDQNはお兄ちゃんの肩に腕をまわして無理矢理連れて行こうとする。

 このままじゃダメだ!

 と思い一歩前に出た時、店員が駆け付けた。


「あの、お客様。何かございましたでしょうか?」

「あぁ? オメェはすっこんでろや!」

「これ以上騒ぎを起こされる様でしたら警察を呼びますが?」


 他の店員やギャラリーも増えて、一気にDQNが不利になった。

 そして『警察』という単語が効いたのか、DQNはお兄ちゃんを解放した。


「チッ! こんな店2度と来るかよ!」


 と言って出口に向かって歩き出したが、途中で降り返り


「オメェ、今度見かけたらタダじゃ済まさねぇからな!」


 と捨て台詞を吐いて帰っていった。


 騒動が一段落して、今お兄ちゃんは皆にもみくちゃにされている。


「もう! 友也君のバカ! 心配させないでよ!」

「さすがトモ! カッコ良かったよ~」

「友也さんって意外と度胸あるんですね!」

「友也くん、あまり心配させないでください」

「トモっちカッコよかった~! マジで惚れそう!」

「それね~! トモっちサイコー」


 とミウを覗いた全員から称賛や心配したと声を掛けられている。

 お兄ちゃんは「皆を守らなきゃ! って思っただけだよ」なんて謙遜している。

 

 そんな中、ミウが泣きながらお兄ちゃんに謝った。


「私の所為でごめんなさい!」

「いいって。皆無事だったんだし」

「でも……」

「これからは気を付けてね。怖い人は沢山いるからさ」

「はい……ありがとうございます」


 慰めているお兄ちゃんの姿を見て、昔の事を思い出す。

 昔は私もああやって慰めてくれてたっけ。


 皆を守ろうとする姿は昔と変わらず格好良かった。

 でも、あのまま連れて行かれてたらどうなっていただろう。


 もし、今でもお兄ちゃんがを守ってるとしたら……。



 その後は皆でファミレスで駄弁って解散となった。

 一時はどうなる事かと思ったけど、お兄ちゃんの格好いい姿が見れて満足だ。


 それに――――


 唇が触れたのは勘違いじゃ無かったってわかったしね。

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