第83話 また友達に

「みくり…」




「あ、うん。あはは、こうして話すのもなんだか久しぶりだねー」




照れたようにポリポリと頬をかくみくり。その姿に、なんだかひどく懐かしい気分になってしまう。




「うん、そうね。一年ぶりくらいかしら」




二年に上がってクラスが別々になり、自然と距離が空くようになったため、こうしてみくりと話すのも本当に久しぶりのことだった。




(……自然にってことはないか)




正確には私のほうから距離を取っていたんだ。一年の後半には、私はみくりから話しかけられることを煩わしいとすら思っていた。


気の合う友人だと思っていたこの子が、雪斗達と楽しそうに話している姿を見て、きっと嫉妬していたのだと今では思う。


一方的に関係を断つことが、あの頃の私には自分を守ることに繋がるのだと、そう信じてた。誰も信用できないと思っていた当時が、今では懐かしくすら思えるようになったことは、成長と言ってもいいのかもしれないとも。




「そうだね。もうそれくらい経ったんだね…」




そう言ってみくりは目を細める。気のせいかもしれないけど、みくりはみくりで、なんだか以前の彼女と少し違うような気がした。


仕事柄、人間観察は多少得意にはなったと思っているけど、私の目から見た今のみくりは少し落ち着いたような印象を受けたからだ。




短めだった髪は肩口まで伸ばしているのが大きいのかもしれない。以前はいくら言っても耳を傾けてくれなかったメイクにもなんだか力を入れているように思う。


アクセサリーまで付けちゃって、洒落っ気も出ているというか…少なくとも一年の頃のみくりから変化しているのは確かだろう。私は今の彼女に抱いた感想を、感じたままに、そのまま伝えることにした。




「……みくり、なんだかちょっと変わったわね」




「へ?え、そ、そう?」




「うん。なんだか大人っぽくなった。身だしなみもちゃんとしているように見えるしね。前は私があれだけ口酸っぱく忠告しても、まるで聞いてくれなかったのに」




ちょっとした意趣返しってわけでもないけど、こうすることがかつての親友とまた話せるようになるために必要な儀式だと思ったのだ。


素直に自分の言葉を紡ぐことがどれほど大事なことかは、もう痛いほどに学んでいたのだから。




「うっ…あ、あの頃は私も素直じゃなかったっていうか…ほら、天華だって意地悪なところあったし、言うこと聞くのなんか癪だなーって…」




みくりは一瞬私の言葉に戸惑いを見せるも、それでも返事を返してくれた。


彼女らしく裏表のない、率直な意見。取り繕う気が微塵もないそれを受けて、私は思わずこめかみを押さえて俯いてしまう。


そう、みくりに今の表情を、見せないようにするために。




「癪って、アンタね…こっちは親切心で言ってあげてたのに、そんなことを思ってたの?」




「あ、そ、それは、若気の至りっていうかぁ…ゆ、許してよ天華ぁ」




みくりが今どんな顔をしているかはわからないけど、声だけでも困惑しているのが伝わってくる。ちょっと涙声になっているあたり、本気で戸惑っているのかもしれない。そんなみくりに対し、私は大きな安堵を抱いていた。




(良かった…)




彼女は、変わってない。


今の私を取り巻く子達とは違う。外側だけを取り繕った綺麗な来栖天華を見てはいない。


どうしようもなく臆病で意地っ張りで、そして馬鹿だった私が彼女の中にはまだいるのだとわかって、それがこの状況であるにも関わらずどうしようもない嬉しさを覚えてしまった。




「ふふっ…冗談よ。みくりは変わらないでいてくれてちょっと嬉しかったから、思わずからかっちゃったの。ごめんね」




意地の悪いことをしたと自覚はある。顔を上げ、私はみくりに心を込めて謝罪した。




「ふぇ…?じょ、冗談?」




「そんなことくらいで今更イチイチ目くじらなんて立てないわよ…まぁ、ちょっとカチンと来たのは確かだけど」




目を白黒させてキョトンとするみくりに今度は笑いかける。


これで安心してくれたらいいのだけどと期待を乗せて。




「ぁ…わ、わっ!」




そうしたら何故かみくりは顔を赤くしてあたふたし始める…なんなんだろう、さっき抱いた印象を前言撤回すべきかしら。今のみくりは、一年の頃一緒に過ごしていたみくりだった。




「どうしたの?」




「な、なんでもないから!…天華、やっぱり変わってない。意地悪なまんまだもの」




私の問いかけに慌てて顔を隠しながら、ジト目でこちらを見てくるみくり。


さっきから私たちのやり取りは他のクラスメイトの注目を集めていることに、この子は気付いているのかな…まぁ別にいいか。それはもう私にとって、大した問題ではなくなっている。




「そんなことないと思うけど…それで、なんの用?なにか言いたいことがあって話しかけてきたんでしょ?」




「ぁ…うー、その、ね…」




再度問いかけると、みくりは今度はもじもじと指をいじり始めた。


その内容にはだいたい察しがついていたけど、私はどうしても彼女の口からその言葉を聞きたかった。




(ここで踏み込めないあたり、私もまだまだ臆病だな…)




「あの!せっかくまた一緒のクラスになれたんだから…前みたいにまた、一緒に話せるように…友達に、なれないかな…」




自分の弱さを改めて実感し、少し顔を曇らせてしまう。


だけどそんな私の自虐めいた思考を消し飛ばすように、みくりは望んだ言葉を紡いでくれた。




「……みくりは、強いよね」




「へ?」




「ううん…なんでもないの」




私が踏み出せない一歩を、みくりは踏み出せる。


それがなんだかとても眩しく見えてしまって、そんな彼女にもう一度友達になりたいと言ってもらえたことがなんだかとても誇らしく思えて。


その気持ちに応えたいと、心の底から強く思った。




「私こそ…あの頃みくりに冷たく当たったこと、ずっと後悔してたから。そう言って言ってくれて、本当にありがとう。私も、みくりとはもう一度友達になりたいな」




「ぁ……うん!」




そう言って嬉しそうに頷いてくれた友人の顔を、きっと私は忘れることはないだろう。


またひとつ。なにかが進んだ音を、私は確かに聞いていた。


































「………ところで早速なんだけど、今みくりは西野くんとどこまで進んだの?」




「え、ぅえっ!?」




あ、でも。仲直りしたのはいいけど、好奇心には勝てなかったことをここにひとつ明記しておきたい。


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