第51話 消える灯火
なにを言っているのか、分からなかった。
「てん、か…?」
こいつ、今なんて言った?幼馴染で、いつも俺たちのことを助けてくれた琴音に、なんて言ったんだ?
「え…?あ…」
かけるべき言葉を見失い、呆然とする俺を見て、天華もようやく自分がなにを言ったのか気付いたらしい。
目を見開いて愕然とした表情を浮かべている。
だけど、それがどうした。お前、なにショック受けたみたいな顔してんだ?
お前の本音聞いてしまったこっちのほうが、よっぽどショックなんだよ。
「ち、違うの!さっきのは、違うのよ!!」
違うって、なんだよ。
なにが違うんだよ。
あんなに大声上げて、俺に向かって叫んでたじゃねぇか。
違うもクソもないだろ。
それがお前の、本心なのか?
あんなものがこれまで俺たちをずっと助けてくれてきた、幼馴染に対する本音なのか?
さっきまでグルグルと目眩がするほど頭の中がグチャグチャになっていたのに、急速に冷えていくのを感じる。
バラバラになったピースがはめ込まれていくような感覚。
指向性ってやつなんだろうか。ひとつの方向に向かって考えがまとまると、案外冷静になれるものなんだな。
なにに向かってだって?そんなもの聞くなよ、分かりきってるだろ。
俺は今、天華に、怒っているんだよ。
それもこれまで感じたことがない、強い怒りを抱いていた。
俺を馬鹿にするのは構わない。実際俺はこれまでどうしようもないところばかり見せていた。
ガキっぽくて、天華の挑発にすぐ乗っかって、すぐ喧嘩して。
天華から見て、俺は男としてではなく、ただの幼馴染。せいぜいストレス発散相手としてはちょうどいい、ただの喧嘩友達くらいだったのだろう。
それでも俺は天華が俺にしか見せない顔を見せてくれることが嬉しかったし、それが間違った方法であったとしても、俺たちにとっては一種のコミュニケーションでもあったんだ。
加減を間違えることもあったけど、そんなときは琴音が間に入ってくれて、仲直りを何度もしてきた。
そうして俺たちはこれまでつかず離れず、幼馴染としての関係を保ってきていた。
俺は勝手に天華に劣等感を抱いたけど、それでも幼馴染としての関係は対等なのもので。
琴音にはいつも頭が上がらなくて。
それでも三人同じ高校に入って。高校生になってもこうして出かけたりするくらいには、まだ互いに繋がっていて。
関係を変えようとして、失敗はしたけれど。
そうやって紡いできた絆と思い出は、間違いなく本物だったはずで。
そう思っていたのに。この気持ちは天華だって、同じだと思っていたのに…!
こいつは、天華は。
ずっと昔から友達を。俺たちの恩人を。思い出を分かち合ってきたもうひとりの自分ともいえるはずの幼馴染を。
心の中で、ずっと見下していやがったんだ…!!
そう思うと、心の中に残っていたなにかが、次第に小さくなっていくのを感じた。
それはもう僅かに揺らめく灯火ほどになっていたけど、それでもまだ煌々と燃えていたなにか。
いくら水をかけられようとも綺麗な思い出を燃料に、まだ燃えようとしていたなにかが、勢いを潜めて消えようとしている。
「ねぇ雪斗、違うの。本当に違うんだから!だから、だからそんな目で見ないでよ!」
天華が涙を流して叫んでいる。
天華の目には、俺はどんな顔をしているように映るんだろう。
自分では分からない。取り繕う気もなかった。もはや天華の前で、いい顔をする意味などなにもないからだ。
(ああ、確かにお前は綺麗だよ。天華)
涙で顔がグシャグシャになっても。
悲痛に顔を歪めても。
その可愛さとやらは損なわれない。同じ人間とは思えないほど整っていて、どんな姿でも絵になっている。
まさに神様に愛されて生まれてきた美少女。それが来栖天華だ。
だけどさ、天華。違うんだよ。
別に俺は、お前が可愛いから好きになったわけじゃなかったんだ。
確かにお前は誰よりも可愛いし、その姿を見るだけでドキドキしてきた。
だけど天華。俺はさ…
(ゆーくんは、ずっと一緒にいてくれるよね…?)
俺はお前を放っておけなくて好きになったんだよ
ひとりで寂しそうだったから、一緒にいたいと思ったんだよ
別に可愛さなんて求めてなかった。俺がお前に可愛くあって欲しいなんて言ったことがあったか?
ただ一緒にいたいと思っただけで。
それだけで、良かったんだよ…
「待って、ねぇ待ってよ雪斗!行かないでよ!」
さっきから天華は、なにを言っているんだろう。
俺はここにいるというのに。俺は俺だ。変わってなんていないのに。
「雪斗ぉっ!」
変わったのは、お前なのに。
小さな灯りが、ぱちんと弾けた。
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