第31話 恋バナと現実のギャップ

「へ?恋バナ?」




俺の言葉を聞いた西野は目を白黒させていた。


まぁ理解できないのも無理はない。俺だっていきなりこんなことを言われたら、なにいってんだこいつと思うだろう。


神妙な顔をして呼び出したのに聞かされた話が「お前女の子に興味あんの?」とか中学生か。




ここに来てようやく口に出した言葉の頭の悪さを認識してきた俺は、思わず頭を抱えたくなってしまった。




(言葉選びミスった…!)




さすがに直球で「西野、お前天華のことどう思ってる?」なんて聞けるほど、俺のメンタルはまだ強化されていない。


というかそんなことを聞いて返ってきた言葉が「実は僕も来栖さんのことが気になってたんだよね」だったりした日には、その場で絶叫しながら嘔吐する自信さえある。




だから敢えて遠まわしに聞いてみる選択肢を選んだわけだが…あきらかにその選択は失敗していた。


ただでさえ俺は対人経験に難があるのだ。


ロクなトークスキルを持っていない俺が、つまらない見栄なんて張るもんじゃなかった。


直球で聞いてサクッと心に蓋をすれば良かったんだ。そうして精神の荒波をやり過ごすのがベストだったのに…


ギャルゲーの経験値が足りなかったのだろうか。いや、西野は男だけど。


こいつは俺の攻略対象では断じてない。




俺が悶々としていると、急に西野が肩を震わせ、勢いよく机を叩いた。


間近で聞こえてきたバンッという衝撃音に、反射的に俺の肩がビクリと跳ね上がる。


え、なに?実はミスったどころじゃなかったのか。ひょっとして西野は恋愛になにかトラウマ持ちで、俺の無遠慮な言葉で思い出させちゃったから好感度がマイナスになっちゃってたり…?




ツーッと背中に嫌な汗が伝っていくなか、西野の体はプルプルと震え始める。


顔は下に向いているため、顔色は伺えないのが逆に怖い。これ明らかにヤバいだろ…


俺たちの動向を見つめる周りの視線にも、どこか白い目が混ざり始める。


俺ごときが西野を怒らせるなんて何事だ、恥をしれ。


無言でそう言われているような気さえする。被害妄想だと分かっていても、西野がショックを受けているのは事実だ。ここは頭を下げて謝るしかないだろう。


俺はおそるおそる西野に声をかけようとして…




「に、西野。その、ごめ――」




「いいね、それ!」




西野はガバリと顔を上げ、キラキラした目でこちらを見てきた。




「へ…?あの、西野さん?」




「いいね、恋バナ!すごく高校生らしいよ!うん、僕も一度やってみたかったんだ。是非しようよ!」




そう言って西野は両手でガッチリ俺の手を握ってくる。


その手にはかなりの力が篭っており、西野の熱意のほどが伺えるが、正直痛い。




こいつ握力まで強いのかよ…だけどその目は子供のように輝いていて、どうにも手を離せとも言いづらい。とはいえ周りの視線も気になるし、ガッツリ両手を握る行為はそろそろご遠慮願いたいんだが。




「…西野。とりあえず手を離してくれないか?」




「あ、ごめんね。つい興奮しちゃって…」




しょうがないので俺から切り出すと、西野は慌てて手を離した。


…周囲の視線の一部に残念そうな色が混ざっていたのは、きっと気のせいだろう。




「てか、やたら食いつきいいな。この手の話って、お前らなら散々やってるんじゃないのかよ」




「…いや、確かによく話題にはでるんだけどね。向こうで話すともっと即物的というか、性欲に直結してるというか…」




声を潜めながらも若干呆れた声を上げた俺に、西野は気まずそうに言葉を返した。




「え…」




「こう、クラスメイトだと誰とヤリたいとかこの前街で大学生ナンパして引っ掛けたとかそういうさ…なんていうか、こう…違うんだよ。甘酸っぱい感じがなくて、彼らと話してると青春って感じがしない…いつでも手が届くから、付き合うことにまるで抵抗がなくってさ。顔がいいだけで女の子取っ替え引っ替えって、そんなの不誠実だよ…人生舐めきってる感じがする…」




急激に負のオーラを出し始めた西野に対し、俺はかける言葉が見つからない。


自分を変えるためにリア充になった西野には、生粋のリア充の生態系にはまだ理解が追いつかないらしい。やはり天然と養殖では、こういう時に差がでるのだろうか。




理想と現実の間で苦しむ西野のことを、俺はしばしの間慰めることになるのだった。

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